第772話 変調
「お父様!」
正門から飛び出し、父のもとへ駆け寄ろうとするササリーシャ嬢。
様子見だけという話はどこいった?
「お父様、お父様!!」
「「「お待ちください!」」」
「「「お嬢様!」」」
数歩遅れで追うのは侍女と騎士6人。
ササリーシャ嬢を止めようと必死の形相、だが。
「そこまでだ」
「うっ」
止めたのは敵の剣。
突き出されたそれを前にササリーシャ嬢の足が静止してしまった。
「ササリーシャ?」
「お父様」
「どうして? オルドウに戻ったのではなかったのか?」
「はい」
「なぜだ?」
「……助けるため」
「何?」
シャリヌの包囲越しに言葉を交わすふたり。
となると必然、囁くような声は聞き取れない。
「ササリーシャ?」
「助けるためです!」
「……」
「シャリヌの凶行からお父様を!!」
「っ」
「今すぐ傍に」
「駄目だ、ここを離れなさい」
「嫌です!」
「ササリーシャ!」
「離れません!」
「「「「「「……」」」」」
「「「「「「……」」」」」
オルドウ伯、彼を包囲するシャリヌの手勢、囲みの外にはササリーシャ嬢と侍女、騎士の7名。微妙で絶妙な均衡と緊張の空間が図らずもできあがってしまった。
そこに流れてきたのが。
「ふふ、ふふふ」
シャリヌの指揮官らしき男の笑声。
包囲網から10歩程度離れた辺りに立つ彼の顔には嫌らしい笑みが浮かんでいる。
「シャリヌ!」
「ふふ、茶番はもう終わりかな?」
「っ! この包囲を解きなさい!」
「包囲を解く? 馬鹿なことを」
「馬鹿なことをしてるのはそちらです!」
「どうやら親娘そろって常識に欠けているようだ」
「常識がないのはあなたたちシャリヌでしょ!」
「その上、判断力もない。この状況で飛び出して来たかと思えば、ただ喚くだけなのだからな」
「喚いているのではありません、違法なシャリヌ家を糾弾しようとしているんです」
「糾弾? ふっ、こちらは陛下の命を受けているというのに呆れた言いぐさだな」
「……本物とは限らない」
「ん?」
「その王命が本物と決まったわけじゃないと言ってるんです」
「王命を疑うのか?」
「疑っているのは陛下ではなく、あなたたちのことです」
「……」
「王命があるなら、なぜ我が屋敷に忍び込んだのです? 昨夜と今日のこと、どう考えてもおかしいでしょ」
ササリーシャ嬢の言う通り。
そこについては俺も不審に思っている。
「取るに足らぬ小娘の戯言だな」
「戯言だというなら、はっきりと証拠を見せてください」
「……話にならん」
指揮官のまとう空気が変わった。
「不敬罪だ、その娘も捕えよ」
「「「「「はっ」」」」」
「もちろん伯爵もだぞ。親娘共々捕らえよ!」
「「「「「「「「承知しました」」」」」」」」
シャリヌ家指揮官の号令で止まっていた時間が動き出す。
オルドウ伯を包囲していた者たちが整然とその輪を縮め、さらなる手勢がササリーシャ嬢に近づいて来る。
「逃げるんだ、ササリーシャ! 屋敷へ、裏へ!」
「お父様は!?」
「こっちは何とかなる、いや、何とかする。だから早く中へ!」
「……」
「おまえたち、ササリーシャを連れて急げ!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
伯爵の命を受け、ササリーシャ嬢を無理やり連れ出そうとする騎士と侍女。
「「「お嬢さま!」」」
「「「こっちです!」」」
「うぅっ!」
ただ、追手がすぐそこに迫っている。
この危機的状況を注視しているイヴと俺は正門の後ろ。
なのだが……俺はともかく、あのイヴが動こうとしない。
ササリーシャ嬢に対して並々ならぬ好意を見せていたのに?
いまだ黙したまま。
「……」
ならば、仕方ない。
俺がと、一歩踏み出したところに。
「セット」
響く声音。
泰然悠々たるイヴのあれが耳に入ってきた。
「アイソレーション」
瞬時に張りつめる空間。
明確に数度下がったと分かる空気。
ただし、それは2、3秒にも満たぬ寸瞬のこと。
ほとんどの者が気づけぬであろう変調だった。
だからこそ、おそろしい。
魔法ともスキルとも判別しがたいイヴのこの術が。
ドンッ!
ドガッ!
「「「なっ!?」」」
「「「何だ!?」」」
ササリーシャ嬢に近づこうとしていたシャリヌの手勢の足が完全に止まっている。
おそらくは透明な隔離壁でも創出したのだろう。
「進めない、進めないぞ!」
「何が起こってるんだ?」
ガンッ!
ガキッ!
「剣も通用しない!」
「これは、いったい?」
予想外の事態を前に茫然自失の追手たち。
そのどよめきに振り返った包囲網の連中も目を見開いたまま動きを止め。
残りのシャリヌも困惑状態。
「おまえたち、何をしている!」
そんな中でも指揮官の口は止まらない。
「早くしろ!」
さすがというか何というか……。
「「「「「「……」」」」」」
一方、ササリーシャ嬢たちも事態を飲み込めていない様子。
シャリヌ同様に放心状態で足が止まったままだが、その身は既に正門近くまで達している。であれば、まあ。
「ササリーシャ様」
「あっ、えっ?」
この異常な状況下でも近距離からなら耳に入るというもの。
「こちらです」
「……はい」
イヴの声に誘われた7人が正門に戻ってきた。
「イヴ様が? これを?」
「ええ」
「すごい、です!」
全員が感嘆の息を漏らしながらイヴに熱い眼差しを投げてくる。
そんな空気を無視するように。
「さあ、裏にまいりましょう」
ここでも静々と言葉を返すイヴ。
「イヴ様!」
このササリーシャ嬢とはまったく対照的だ。
「父を! 父をお救いください!」
「……」
「お願いです、イヴ様!」





