第770話 王命
俺の秘密を知っているのは2人。
幸奈とセレス様だけ。
こちらの世界でもあちらでも、俺は幾度となく露見の危機にさらされてきた。それでも、これまでは何とか紙一重で切り抜けてきた。だから、点滅の増減はあっても確定が増えることはなかった。
なのに、この鑑定表示は……。
<クエスト>
1、 人助け 済
2、 人助け 済
3、 魔物討伐 済
4、 少数民族救済 済
5、 貴族令嬢救出 済
6、 兇神討伐 済
7、 神山守護 済
8、 貴族令嬢救命 済
9、 領主令嬢救命 済
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定改 多言語理解 アイテム収納
時間遡行(2刻)0
<露見>
地球 1/3 、 5(点滅)/3
エストラル 2/3 、 2(点滅)/3
相変わらず邪神討伐クエストは消えたまま。時間遡行も0。
このやり直すことができない状況で……イヴに露見してしまった。
エストラルの確定が2になってしまった。
文字通り、異世界間移動が使えなくなるまでの猶予は1。
今この館で他の者に知られてしまったら。
「……」
イヴが俺についてどこまで知っているのか、理解しているのかは定かじゃない。
それでもだ、確定に値する情報が頭に入っていることだけは確か。
つまり、結界の外に出て他言すれば……終わり。
すべてが終わる。
もちろん、彼女が秘してくれるなら問題はない。
さらなる露見を防ぐべく今以上に慎重に慎重を重ねる必要はあるものの、俺の活動自体に大きな支障はないと考えてもいいだろう。
ただ、彼女が秘密を守ってくれるのかというと……。
「あなたがニッポン出身ということで、万事腑に落ちました」
「……」
「痕跡不明も、過ぎたる功績も、各所との関係も」
駄目だ。
イヴの眼が最前より和らいでいるとはいえ、これまでの俺たちの関係を考えると期待も楽観、安心もできるわけがない。
「ただし、納得しただけです」
ならば、どうする?
「懸念は完全には消えてませんので」
まずは、落ち着こう。
そして、今できることを……。
「イヴさん、あなたは日本を知っているのですね?」
「ええ」
「異世界の存在も?」
「当然、そうなります」
「……秘密にしてもらえませんか?」
「何をでしょう?」
「私の出自についてです」
無理は承知だが、頼む。
聞き入れてくれ。
「冒険者コーキ殿が異世界ニッポンからの来訪者であることを秘密に?」
「はい」
「ふっ、ふふ」
「イヴさん?」
「あなた次第」
「はい?」
「あなたの行動次第、になりますかね」
いいのか?
俺次第で黙してくれるんだな!
だったら。
「続きはあとにした方が良さそうです、家人が近づいてきましたので」
……確かに。
「イヴ様、コーキ様、急な話ではございますが、出立のご用意をお願いいたします」
結界を解除した室内に入ってきたのは、オルドウ伯の騎士。
動揺を隠せない顔つきで、こちらを急き立ててくる。
「それは、湖畔の館を去るということでしょうか?」
「はい」
強く頷く騎士の表情は硬く強張ったまま。
「イヴ様、コーキ様、お急ぎください」
既に決まっていた今夜の予定。
それを直前で急遽変更され、さらにはこの異様な雰囲気。
どう考えても、ただ事ではないだろう。
「何が起きてるのです?」
「……」
正直今の俺は自身のことで手いっぱい、余裕なんてあったもんじゃない。
けど……そうも言ってられないようだ。
「教えてもらえませんか?」
「……シャリヌ」
シャリヌ家?
あいつら、また何をしでかした?
「シャリヌ家の者どもが、こちらに向かっています」
ん?
「向かっている、だけ?」
その程度で慌てる必要はないはず?
相手は庭園への不法侵入やら待ち伏せやらを平気でするような家門なんだぞ。
「王命を受けてのことだと」
「……」
なるほど。
シャリヌ家の独断ではなく、キュベリッツ王の命を受けての行動なんだな。
これは確かに些事とはいえない。
しかし、そうすると。
「この館を去るのは我々だけでしょうか?」
「おふたりと共にササリーシャ様もオルドウに向け出発する予定です」
「伯爵様は?」
「館に残られます」
やはり、留まるか。
「王命は無視できませんので」
「……」
まあな。
王命持ちを放置なんてできないよな。
「では、イヴ様、コーキ様、ご用意を」
とはいえ、昨日今日のこの状況で俺たちだけが去るというのも少しばかり気が引ける。
「その必要はございません」
などと躊躇する俺とは対照的に、傍らからは迷いのない声。
「私はすぐにでも出られますし」
イヴが横目で俺を促してくる。
「……こちらも大丈夫です」
数本どころじゃない後ろ髪を引かれてしまうが、だからといって王命に対し俺にできることがあるとも思えない。それに今は、すべきこと考えることが多すぎる。
仕方ない。
ここはオルドウ伯の頑張りに期待するとしよう。
それほど理不尽なことにはならないはずだしな。
「イヴ様、コーキ様」
先行するササリーシャ嬢が向かうのは正門とは逆。
「あの扉を出ればすぐに出発できますので」
どうやら、裏に馬車が用意されているらしい。
「オルドウに向かうのは、ここにいる者だけなのですね?」
「はい、まずはそうなります」
ということは、馬車は2台で充分。
準備が早いのも頷ける。
「さあ、こちらへ」
「はい」
扉をくぐり裏へ出たその時。
正門の方から怒号のような声が聞こえてきた。
さらには、剣呑不穏な空気も。
「お父様?」
ササリーシャ嬢の足が止まる。
皆も同様に動きを止め、顔を正門方向に向け固まってしまった。
「……」
「……」
「……」
沈黙の中、急ぎ聴力を強化。
耳をすましながら、感知もオルドウ伯の周囲に集中させてやる。
これは……まずいかもしれない。





