第769話 胸騒ぎ
即席の風の刃を頭上に放出。
並のものなら断ち切れるこの風刃も、イヴの鎖に対してはどうだ?
魔力の塊が薄らいでる?
これは上手くいったのか?
塊が消えた。
よし、間違いない!
これなら、動けなくても対処できる。
なのに。
次撃が襲ってこない。
沈黙が流れていく。
「……」
「……」
「……」
「……」
イブが何を考えているのか、何をしたいのか?
正直、俺にとっては想像の埒外だ。
まったくもって見当もつかない、がそれでも、この沈黙は助かる。
ありがたく使わせてもらうぞ。
空白の時間は2、3分のこと。
けれど、これで充分。
活動不全への処置なんてものは、この数か月で何度も経験してるんだからな。
っと、いいタイミングだ。
「風刃! 風刃!」
ファッ!
ファシュッ!
ガシュッ!
ガシュン!
沈黙を破って飛来したのは、これまで同様の透明紐と鎖。
全方位から向かってくるそれらを、風刃と剣で切断してやる。
と同時に立ち上がって、イヴに向かって剣を振るう。
ガンッ!
もちろん、深手を意図したものじゃない。
軽く皮膚表面を狙ったものだが、壁のようなものに遮られてしまった。
となれば、ひとまずは後退がよし。
剣を引き数歩退く俺に対し、イヴは動かない。
また動きを止めている。
こちらといえば、四肢の動きは回復したものの薄闇と遮音は残ったまま。
最前と変わらず感知頼りの動きのままだ。
「……」
「……」
数メートルをおいて対峙する時間が続く。
と、気が変わった。
乾いた空気が頬を撫でてくる。
この微風は?
っ?
魔力膜が消えた!
イヴの姿が目に入ってくる。
「……どうして?」
解除した?
何が?
なぜ?
「確認できましたので」
確認だって?
「何をです?」
「色々ですよ」
俺が魔力膜に捕らわれている間。
さっきの沈黙の時間に調べたのか?
そんなことが可能だとしたら、イヴは調査系のスキル持ち?
まさか、鑑定的な力を使える?
「……」
こちらの世界に数多存在する魔法、魔道具、宝具、スキルの類。
俺自身が直接目にした数はそれらの一部にしかすぎないだろうが、それでも決して少ないわけじゃない。また実際に経験せずとも情報自体は俺の耳に頻繁に入ってきてもいる。
俺が知るそれらの多種多様な存在の中、鑑定に近いものと言えばたった1つ。
魔眼だけだった。
イヴがこの希少な力を持っていると?
「魔眼、ですか?」
いまだ疑心は拭えないものの、もしこれが事実なら。
そう、色々と納得できてしまう。
「これはまた珍しいものをご存じで」
そんなことより。
「答えてください?」
「ふふ、魔眼ではありませんよ」
違う。
「では、魔道具や魔法の類?」
「まあ、そんなところでしょうか」
魔眼ではないが、やはりイヴは鑑定系の力の持ち主なんだな。
「その力で私の潔白に気づけたということですね?」
「潔白かどうかはさておき……」
「何です?」
「……」
ここで黙んまりはないだろ。
「イヴさん?」
「……害意ですよ」
害意がどうした?
「今のあなたに害意が無いことだけは分かりましたので」
いや、いや。
「それについては私が強く口にしましたよね」
「本人の言など信じられるわけがありません」
それはまあ……。
しかし、このイヴの力。
害意の有無まで分かるということは鑑定に感知が備わった感じなのか?
ん、待てよ。
「先ほどは、色々と確認できたと?」
口に出しただろ。
「害意以外も調べたんでしょ?」
何をどこまで調べた?
ひょっとして異世界のことも!?
……大丈夫だ、露見に変化はない。
とはいえ。
「他にも調べたんですよね?」
「現時点で私が断言できるのは害意の有無だけ」
違う。
それは絶対に違う。
「ただし、あなたへの疑念が完全に消え去ったわけではありません。そこはお忘れなきよう」
こいつ。
色々と調べておきながら。
「まだ疑うと?」
「ええ」
「何度も言いますが、私はただの冒険者です。オルドウ前の足取りをあなたが掴めないのも、私の出身が遠国のニホンだからというだけです」
「ニホンなどという地は存在しません」
「いいえ。ニホン、ニッポンは確かに存在します」
「ニッポン!?」
「私の故郷はニホンともニッポンとも呼ばれる場所なんです」
「……」
イヴの顔色が変わった。
若干緩んでいた空気も変質し始めている。
「イヴさん?」
「ニホン、ニッポン……」
ずっと平静冷徹だった鉄面に困惑の色?
「ニッポン、あなたはニッポンから来た、と言うのですか?」
「……まあ」
「間違いなく?」
ころころと変わる空気感に口調。
その上、この執拗な確認は?
「冒険者コーキ、コーキ殿?」
「……」
何度も打消した嫌な感覚が蘇ってくる。
いや、むしろ、今はその予感ばかり。
胸騒ぎばかり。
「はっきりと答えてください」
否定したい、が、今さらそれが通るはずもなく。
「……そうです」
もう、頷くしかなかった。
「……ふぅぅ」
そんな俺の返答に対してイヴは、深く吸った空気を中空にゆっくりと吐き出し。
「理解しました」
微笑を投げてくる。
それも、まがい物じゃない。
最前までの冷気や困惑の色を綺麗に消し去った、偽りのない笑みだ。
「……」
ますますざわつく胸を抑えながら開いた鑑定の先。
俺の目に入ってきたのは……。
点滅ではなく。
確定した数字だった。





