第768話 膜の中
「あなたは、いったい何を?」
イヴが異世界を認識している?
ひょっとして、日本の存在も?
いや、しかし、この世界でそんな話は聞いたこともない。
異世界の一片を匂ったことすら絶無。
それに、イヴが口にしたのは普通ではない、尋常ではないという言葉だけ。
だったら……。
「とにかく、あやしいあなたが普通ではない経緯でササリーシャ様に近づき、信頼を得て、こうして同じ館に滞在している。これはまごうことなき事実です」
そうだ。
露見はどうなってる?
「曲者という一語には若干齟齬がありますが、私があなたを疑うには充分かと」
点滅。
明らかに点滅が1つ増えてる、が、確定はしていない。
「さて、話はここまでにして」
よかった。
俺が異世界人だと気づいてるわけじゃないんだ。
「直接的な拘束に移らせてもらいましょうか」
なんて安心してる場合じゃないぞ。
イヴが威圧感を増して近づいて来る。
「待ってください」
スキルや魔法的には格上であろうイヴ。
手の内もまったくの未知。
そんな相手に先を取られるわけにはいかない。
ここはまず時間を稼いで、さらに可能なら。
「セット」
おい!
「ストリング」
問答無用かよ。
ヒュッ!
魔力のこもった透明の紐が現出。
紐全体で宙に円を描き始めた。
ヒュン、ヒュン!
これはスキル?
いや、魔法か?
「……」
おそらく、ここはイヴの結界の中。
簡単には部屋の外に出られないだろう。
なら魔法で防ぐか、それとも?
きた!
シャキッ!
収納から剣を引き出し即抜剣。
そのまま向かってくる透明な紐に振り下ろす。
ファシュッ!
不思議な感触だが、手応えは間違いない。
紐切断に成功したはず。
「剣を出してあれを斬る、か」
「……」
「では……ストリング、ストリング、ストリング!」
現出した透明な紐3つが最前同様に円を描き。
首、胴、脚と狙いを分けながら同時に迫ってくる。
ファッ!
シュッ!
ファシュッ!
手のひらに残るのはまたしても不可思議な手応え。
「ほう」
感嘆の声とは裏腹に氷のような冷笑を浮かべるイヴ。
となれば必然。
「セット」
次撃だよな。
「チェイン」
紐に替わり現出するのは透けた鎖。
といっても、全貌を目視できているわけじゃない。
感知と強化眼で何とか認識しているだけだ。
それでも。
ガシュッ!
狙いを違えることなく切断も可能。
「なるほど……一味違うか」
泰然とひとり頷くイヴ。
この余裕、佇まい、気配。
透明な紐も鎖も彼女にとっては力の端くれに過ぎない、そう思わされてしまう。
「セット、マインド……フィアー」
と感じた次の瞬間には、膜?
透明な薄膜のようなものが迫ってきた。
ファッ!
シュッ!
ファサッ!
縦横斜めと剣刃を走らせるが、紐や鎖ほどの手応えはなし。
その感覚通り、完全には断ち切れなかった薄膜が俺を包み込んでくる。
シュッ!
ファッ!
さらに剣を振るうも、既に薄膜は俺の眼前。
「……」
覆われてしまった。
目の前の光が薄れ、俺の身は仄暗さの中。
イヴの声が聞こえない。
まったくの無音。
これはもう、一部の隙も無く捕らわれてしまったんだろう。
あの魔力で作られた膜のようなものに。
ただ、手足を動かし剣を振るっても支障は感じない。
感知も通る。
膜と言っても、特別な阻害効果はないのか?
薄闇に閉じ込め、遮音するだけ?
「……」
で、イヴはどう出る?
まさか、このまま放置じゃないよな?
「こんなことをして、どうするつもりです?」
膜外の音は拾えないが、こっちの声はどうだ?
「オルドウ伯家に対してはもちろんのこと、あなたにも害意など抱いてないのですよ」
少なくとも今はイヴに対しどうこうする考えなど持っていない。
誤解が解ければそれで充分……って、違うか。
イヴが昨夜の超絶の侵入者なら、それこそ看過などできないからな。
あの樹頭に立って何をしていたか、オルドウ伯家への邪心はないのか?
とにかく、彼女の狙いを知る必要がある。
そのためにも、まずは。
「これを解除してください!」
「……」
「イヴさん!」
「……」
イヴは動かない。
俺の声が届いているのかいないのか、不動の彼女からはそれも読み取れない。
ただそこにいる、その現実を感知が教えてくれるのみ。
「聞こえてないのですか?」
「……」
駄目だ。
まったく反応してくれないぞ。
こうなれば仕方ない。
俺が動くしか、っ!?
前方に魔力の塊。
音は聞こえないが、この魔質はさっきと同じ。
透明な鎖だ!
ガシュッ!
さらに、左。
ガシュッ!
右。
ガシュッ!
また前方。
ガシュッ!
次は……終わったのか?
「……」
今はもう魔力の塊を感じない。
感知できるのはイヴの存在と魔力で作られたこの膜だけ。
ん?
膜の質が変容している?
俺を覆っていた膜が肌を刺して……。
内部に入ってくる!?
「!?」
痛い。
激痛じゃないが、とんでもなく不快な鈍痛だ。
この痛みは、いったい?
……あっ!?
全身から力が失せていく。
体勢を維持できない。
膝をついても耐えられない。
ドサッ。
倒れてしまった。
「イヴさん……」
言葉は出る。
柔らかな絨毯の感触もある。
俺の五感は消えてない。
ああ、少しなら手足も動くな。
けれど、それもほんの僅かなもの。
上手くは動かせない。
「……」
マリスダリスの刻宝とは違う感覚。
壬生伊織の揺魂とも違う。
吾妻の五感喪失でもない。
ある意味で緩い拘束だが、これまでに経験のない異質さがある。
どれよりも弱く、それでいてどれよりも強力な。
「……」
イヴが近づいて来る。
倒れ伏す俺の一歩手前で足を止めた。
ここでまた透明の鎖!
今は剣を使えない。
なら……魔法だ。
「風刃!」





