第767話 普通
「そうそう、あの5人についても心配は無用です。今頃騎士たちが捕えているはずですから」
曲者すべてに対応済みだと。
「つまり、5人を止めたのも、他の曲者に対処したのもあなただってことですね?」
あの穏やかな散策中、ササリーシャ嬢のもとを離れることなく全員に処理する腕前は驚嘆の一語すらはるかに超えている。それでも、イヴが超絶のあいつなら。
「いいえ、少し違います」
ここでも首を振るのか。
「すべての対処を完了したわけではありませんので」
「すべて、というと?」
「言葉のままです」
「詳しく話してください」
「5人だけ」
「……」
「私が手を下したのは5人だけなのですよ」
そこは認めるんだな。
「つまり、まだ終わってはいない」
「ですが……心配ないとさっき口にされましたよね」
「ええ」
「他の曲者が潜んでいるのに?」
「ええ、ええ、あなたが懸念することではありません」
「イヴ様が捕らえるからですか?」
「ふふっ」
何だ、その意味深な笑みは?
「その曲者はどこに潜んでいるのです?」
「すぐ近くですね」
近く?
「屋敷内ではないですよね?」
「いえ、この中にいます」
何だと!
「だったら、今すぐ捕らえるべきでしょ。伯爵やササリーシャ嬢に害が及ぶ前に!」
「心配無用だと申し上げておりますが」
「意味が分からない。さっきから何を言ってるんです?」
「ふふ、ふふっ」
「イヴ様!?」
何を考えてるんだ?
「曲者はここにいますよ」
「ここ? まさか、この部屋にいると?」
「ええ」
なっ!
嘘だろ?
「間違いなくこの室内にいます」
どこだ?
どこにいる??
「……」
だめだ。
視認できない。
感知にもかからない。
不穏な感覚すら皆無。
「本当にここに潜んでいるんですか?」
「ええ」
「どこです、教えてください」
「ですから、ここですよ」
相変わらずの意味深な笑みに余裕綽綽の眼差し。
その眼はまっすぐに俺をとらえている。
「……」
「さっきからずっとここにいます」
もしや。
「その曲者は?」
「ええ、あなたです。冒険者コーキ殿」
微かに目を細めたイヴの指が鳴る。
瞬間、音もなく空間が傾いだ。
と同時に平衡感覚に狂いが。
「っ!」
耐えられずよろめいた足でたたらを踏むも、転倒は紙一重で逃れることができた。ただ、この状況は。
「違和感は最初だけです、数瞬で慣れますので」
その言葉通り、感覚の齟齬が消えていく。
「……どういうことです?」
何をした?
いや、そもそも俺が曲者とは?
「どうもこうも、あなたの進言に従ったまでです」
「進言?」
「曲者を捕らえるべき、という助言ですね」
「曲者? 私が?」
俺が湖畔の館に侵入した曲者でオルドウ伯爵家に仇なす者?
あり得ない。
が、イヴは迷いなくそう断定していて。
「その私をあなたが捕らえる、ということでしょうか?」
「ええ、正確には囚えた、ですけど」
既に捕獲済み、虜囚状態だと。
いや、すべてがすべて考えられないことだ。
無論、俺は伯爵家に害意など持っていない。
捕らえられたという俺の身に異状はないし、室内の様子にも特別な変化はなし。
さっきまでとまったく同じ、一瞥した限りではそうとしか思えないのだが?
「……」
そうか、そういうことか。
「結界を張ったんですね?」
依然として違和感は皆無。
ただ、感知が淀んでいる。
室外への感知が上手く通らない。
これはつまり、イヴの結界に阻害されているから?
「そんなところです」
「……」
おそらくは、さっきの指鳴り。
空間が傾いだあの時に発動したんだろう。
「状況は理解しました。ですが、明らかに間違ってますね」
「何がでしょう?」
「私は曲者じゃない」
「ほう」
「曲者が深夜に忍び込んだ間者を捕らえますか? ササリーシャ嬢のために調薬しますか?」
「しませんね、普通なら」
「私はその普通です」
「いいえ、普通じゃない」
「……」
「あなたのことを少し調べさせてもらいましたが、なかなかでしたよ」
調べた?
いつの間に?
「おかしなところ、あやしいところがこれでもかと」
「……どのようなところです?」
「まず、オルドウに現れる前の足取りが欠片も掴めません。どこにも痕跡が残っていない」
「それは……あなたの調べが足りないだけでは?」
そもそもの話、イヴとは今朝顔を合わせたばかり。
初対面から間もない彼女が俺の過去を知っているはずがない。
「なるほど。では、オルドウ入街後はどうです?」
だというのに、この自信は何なんだ?
「ギルド登録をした後のあなたの活動、一般的な初級冒険者の枠を大きく逸脱してますよ」
「……運が良かっただけです」
「確かに強運もあったのでしょうね。ですが、それだけで説明がつくものではありません」
「……」
「ダブルヘッドの討伐にはじまり、目を見張るほどの大変な活躍を色々と」
こいつ、本当に調べているのか?
なら、どこまで?
「それに、ワディンやレザンジュとの複雑な縁なども」
っ!?
「通常では考えられないことですよね」
「……」
セレス様やワディンのこと、エリシティア様との関係やレザンジュ軍との戦闘など、簡単に知れる内容じゃない。ましてや、イヴとは出会ったばかりなんだぞ。
けど、ここまでの言及に彼女のこの目。
何もかもお見通しと言わんばかりの空気が突き刺さってくる。
「正直なところ、あなたの諸々は私の想像を超えていました」
「……」
「とはいえ、尋常ならざるその身を考慮すれば、まあ充分にあり得ることなんでしょうが」
「……尋常ではない身、ですか?」
「ええ、あなたは違う」
「……」
「この世界の尋常一様凡常たる人の身ではありませんね」
まさか、まさか。
イヴは異世界を知ってる!?





