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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第13章 オルドウ編 2

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第766話 棘




 ここで目を閉じる?

 敵に背を向けているこの状況で?


 もちろん目を閉じていても対応はできるし、薄目を開けておくことも可能だろう。というか、言われるままに目を閉じる必要もない。ただ、ササリーシャ嬢の爛漫に輝く笑顔を見ていると、どうしても……。


「ササリーシャ様、よろしくお願いします」


 躊躇する俺とは対照的に迷いなく目を閉じ手を差し出すイヴ。


「お任せください。あっ、コーキ様も」


 潜む気配を感知しておきながら、両目を閉じ素知らぬ顔で通り過ぎろと?

 だめだ、どうしても本能が拒んでしまう、が……。


 気配が動いた時点で目を開ければいいか。


「お願いします」


「はい! では、ここからは私が先導しますね」


 ササリーシャ嬢が俺の手を取り、ゆっくりと歩き出す。


「イヴ様もコーキ様も、さっき申し上げましたように合図するまでは目を開けちゃだめですよ」


 そう言った彼女の足が若干速まる。

 5人の気配から遠ざかっていく。


「ここ、少し坂になってますから、お気をつけください」


 背後に意識を集中させるも、変化はなし。

 既に10メートル以上離れているのに、依然身を隠したまま動こうともしない。


 あいつら、襲撃狙いじゃないのか?

 まさかの様子見だけ?


「「……」」


 なかなかに信じがたいものがあるとはいえ、現実に状況はそうなりつつある。

 であれば、こっちは……とりあえず放置か。




「着きました!」


 ササリーシャ嬢が声を弾ませたのは間者との距離30メートルあたり。

 これだけ離れていれば対応に困ることもないと思える位置だ。


「イヴ様、コーキ様、どうぞ御目をお開けください」


「っ!?」

「!?」


 近づく芳醇な香りからある程度想像はついていた。

 それでも、息を呑んでしまう。


「今の時期はほぼ満開に近い姿を見せてくれますので、おふたりにも喜んでいただけるかなと思いまして」


「……」


 目を閉じていて正解。

 正面に広がっているのは、そう思えるほどに見事な庭園だ。


「雅趣と野趣がここまで美しく調和しているとは……本当に素晴らしいですね」


 イヴの言う通り。

 手を加えられたであろう楚々上品な花々と自然のままの力強さを誇る草花が渾然一体となって、これ以上ない魅力を訴えかけてくる。その蠱惑的とも思える引力に惹きつけられ、言葉も忘れて見惚れてしまう。


「気に入っていただけましたか?」


「ええ、もちろんです」


「……はい」


 新道の眺めは古道に劣ると話していたササリーシャ嬢の一言で油断していた。

 このレベルだとは考えてもいなかった。

 だからだろう、こんな状況なのについ我を忘れてしまった。


「……」


 心を奪われていたのは数秒か、十数秒か?

 いずれにしろ、無防備な時間を作ったことに違いはない。

 その間にあいつらは?


「コーキ殿?」


 動いていない。

 こっちが隙を見せてもなお潜んだまま?


「ササリーシャ様が案内してくださったこの素晴らしい花園、存分に満喫されてはいかがです?」


 イヴ……おまえ、何か知っているな?


「……」


 散策開始当初から変わらぬ柔和な表情の中、ほんの僅かに姿を見せる冷淡な棘。

 今の俺にははっきり感じ取れる。

 イヴの言葉に言外の意が含まれていることを。

 そして、おそらく、彼女は現状をこの上なく理解している。

 すべて分かった上で、花園を堪能している。


 ということは……。


 5人の間者が動かないこの状況を作ったのは?


「せっかくですので、雑事など忘れてはいかがでしょう?」


「……そうですね。ここは穏やかで心配事もありませんしね」


「ええ、何の心配も要りませんよ」


 その笑み。

 やっぱり、おまえか。

 おまえが5人に何か仕掛けたんだな。


「私もイヴ様のように花園を楽しませていただきます」


「それがよろしいかと」


 魔法、スキル、それとも魔道具の類?

 詳しいことは分からないが、まずイヴの仕業と考えていいはず。

 なら、あれか。

 目の前の虫を払うよう手を振った動き。

 あの空気が歪んだ瞬間に術式を発動したんだろう。


「イヴ様、コーキ様、何か問題でもありましたか?」


「いえ、少し話していただけですので」


 不安そうにこちらを覗き込むササリーシャ嬢に返答するイヴの表情は偽りない温もりに溢れてる。 俺に対する作り物のそれとはまったくの別物だ。


「問題などございませんよ」


「それならよいのですが、うーん……」


 今なお正体不明、真意不詳のイヴだが、ササリーシャ嬢に対する好意に限っては、見たままに肯定していいのかもしれないな。


「とりあえず、奥に入りましょうか」








「では、少し休憩して1刻後にこちらに集合ということで?」


「「はい」」


 頷く俺とイヴに軽く手を振りながらササリーシャ嬢が広間を出て行く。もちろん侍女や騎士たちも一緒だ。


 残されたのはイヴと俺の2人。

 ササリーシャ嬢は侍女数名を残そうとしてくれたのだが、このあとは自室に戻るだけとイヴがやんわりと辞退してしまった。


「さて、続きを始めます?」


 そう、ティータイム前の話の続きだ。

 が、その前に。


「まずは1つ確認させてください」


 イヴの話す内容次第ではあるけれど、場合によっては即座の対応が必要かもしれないからな。


「あれをしたのは、曲者の動きを止めたのはあなたですね?」


「曲者?」


「花園前に潜んでいた輩のことですよ」


「ああ……」


 その反応は何なんだ?


「なるほど、なるほど」


「……」


「彼らが曲者だと」


「他にいないでしょ?」


「そうでしょうか?」


 なっ?


「他にも侵入者が?」


「侵入という言葉は相応しくありませんね。湖畔への出入りは自由ですので」


 そんなことはどうだっていい。


「潜んでいる者がいたのですか?」


「潜むと言えば、まあ、そうかもしれません」


「どういうことです?」


「曲者には心当たりがある、ということですね」


 やはり、俺の感知をくぐり抜けた者が存在したのか。


「どこにいたんです? 今はどこに?」


 現状、ササリーシャ嬢にもオルドウ伯家にも明確な害は見当たらない。

 ということは、今も潜んで機を窺っている?


「あなたが心配する必要はありません」


 何だと?




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