第762話 疑心
このタイミングでの急な来訪ということで、どうにも気になってしまうが、だからといって明確な根拠があるわけでもない。であれば、ここは。
「私は部屋に戻り待機したいと思います」
様子を見るしかないだろう。
「あっ、お待ちください」
「はい?」
「その、よろしければコーキ様もこちらの方に」
伯爵と客人が話している部屋に入れと?
「私とも関係のある方なのですか?」
オルドウ近辺に面識のある貴族などいないはず。
なら冒険者関係、それとも?
「そこまでは私も……申し訳ございません」
「いえ」
突然の訪問なんだ。
彼女が知らないのも当然か。
とはいえ、多少は情報が欲しい。
「訪れている方は貴顕のお方でしょうか?」
「貴顕……そうですね、爵位は持っておられないようですが、高名な方ではあります」
貴族ではない有名人。
「お名前を伺っても?」
「天賢万象の錬金術師イヴ様です」
これはまたとんでもない異名を持つ人物なんだな。
ただ、その名にはまったく聞き覚えがない。もちろん面識などあるわけもない。
「コーキ様の調合の腕に興味を持たれているようです」
「ああ……」
なるほど。
ササリーシャ嬢を治したあれのことか。
「ですのでコーキ様、御入室いただければと」
「……」
高名な錬金術師を満足させるような専門知識など俺は持っていない。
その点については、少なからず気後れを覚えてしまう。
が、ここで入室を拒否するのもおかしな話ではある。それに、直接顔を合わせれば得るものも多少はあるはず。このタイミングという疑念も払拭できるかもしれない。なら。
「承知しました」
とりあえず、部屋に入って。
すべてはそう、それからだ。
「冒険者コーキと申します」
まずは簡単に挨拶を終え。
「錬金術を生業としているイヴです」
彼女の様子を軽く窺ってみる。
「……」
一見すると30代前半の華奢な女性。
なのだけれど、どういうわけか年齢不詳にも見えてしまう。
「イヴ殿には錬金術ギルドを通してササリーシャ治療依頼を出しておったのだが、快癒後も依頼取り下げを失念しておってな」
外見はまあさておき、害意などは……。
「依頼を目にしたイヴ殿が遠方からこの湖畔の館まで足を運んでくれたのだ」
ないな。
害意も殺意も不穏な気配も皆無。まったく問題は感じられない。
「イヴ殿には申し訳ないことをしてしまった」
「いえ……」
オルドウ伯に答えながら、こちらに視線を投げてくる錬金術師イヴ。
「……」
問題などないはずなのに、やはり年齢不詳の感を覚えてしまう。
となるともう、ここは鑑定しかないだろう。
伯爵とイヴに不自然に思われないよう、さり気なく……っ!?
鑑定が通らない!
錬金術師イヴが測れない!!
「確かに私がこちらを訪れる意味はなくなってしまいましたが、そのようなことよりササリーシャ様のお体の方が大切ですから。こうして快癒を確認でき、安堵安心しかございません」
何度試しても結果は同じ。
鑑定が上手く働いてくれないんだ。
「それに、この美しいサヴィラ湖畔の館を訪問できたのも、今回の依頼があったればこそですので」
「イブ殿……」
異世界生活の初期から使っているこの鑑定。
表示内容が説明不足で要領を得ない経験はこれまでも少なくないが、それでも鑑定不通に陥ることはほぼなかった。特に人物や魔物に対しては完璧に近い性能を誇っていた。
なのに、ここ最近は問題ばかり。
不通ばかり。
鑑定に不具合が生じているのでは、という疑心を頻繁に抱いてしまう始末。
けど……。
違うか。
鑑定に難があるんじゃなく、問題は対象。
兇神エビルズマリスも、邪狼狗も、昨夜の謎の超絶侵入者も。
単に傑出していただけと考えるべきなんだろう。
ただ、そうすると。
この錬金術師イヴ。
害意なく不穏な気配も感じさせない彼女が、鑑定を防ぐほどの卓越した技量の持ち主ということになる。
「……」
今朝というタイミングでの来訪、面識ないはずの俺に興味を抱いた理由。
ともに今は、それなりに納得もできる。
それでもこの鑑定防御だけはだめだ。
まったく理舞できない。
いかに高名な錬金術師とはいえ、高度な魔法を使えぬ者にそんなことが可能だとは思えないのだから。
であるなら、彼女は。
錬金術師であると同時に魔法も使えると?
熟練の気を微塵も感じさせない彼女が上級魔法使いだと?
「ということで、ササリーシャ様の容態も確認できましたし、私はそろそろお暇を」
用は済んだとばかりに立ち上がる錬金術師イヴ。
「いや、我が依頼を受けここまで足を運んだイブ殿をこのまま帰すわけにはいかぬ。どうだろう、しばらくこの館に滞在するのは?」
「いえ、それは……」
「イヴ様、どうかご一考ください」
俺の入室後ずっと口をつぐんでいたササリーシャ嬢の一言と低頭を受け、イヴの動きが止まる。
「イヴ様?」
「……分かりました。では1日だけ」
「ふふ、ふふふ」
「ご機嫌ですね、ササリーシャ様」
「ええ、またこうしてサヴィラ湖の古道を散策できるんですもの。とっても幸せだわ。数日前のことを考えたら、ほんと夢のよう」
侍女に返した言葉通り。
ササリーシャ嬢の全身からは喜びが溢れている。
「それに今日はコーキ様とイヴ様も一緒ですし」





