第760話 安心?
<古野白楓季視点>
いえ、まさかじゃないわ。
こんなこと考えたくないし、仲間を信じたいけれど。
「……」
内通者の存在については前々から危惧していた。
それがもう、ここ最近の研究所や異能家門の動きを見れば懸念の段階を越えている。充分あり得ると思えてしまう。
実際、これまでも武上くんとは何度か話し合ってきた。この離島に来てからも一度だけ。
でも、だからといって……。
これは異能界の末端に過ぎない武上くんと私には大きすぎる問題だし、何よりすぐに解決できることじゃないから。
そんな難題を有馬くんはひとりで。
「有馬、さっきはすまねえ」
「……」
「頭を下げて許されることじゃねえが、それでも……詫びさせてほしい」
武上くん。
「本当に悪かった」
あの武上くんがらしくない声で謝罪を。
「けど、オレは裏切り者じぇねえ。ぜってえ違う! そこだけは、そこだけは信じてくれ」
「……分かってる」
「っ! ほんとか?」
「ああ、武上はそんな器用な男じゃないだろ」
「そう、そう、猪突猛進で考えなしの馬鹿正直武上くんだよ」
「里村、おま!」
「内通なんて腹芸ができないことくらい、分かってるよ。それにボクは信じてるから。きっとみんなもね」
「はい、わたしも信じてます」
「……」
有馬くん、里村くん、幸奈さん、誰ひとり武上くんを疑っていない。
もちろん、私も。
「同じくよ」
「おまえら」
ただ。
「裏切り者じゃないとしても、利用されたという事実は消えないけど」
「……ああ」
「この島に武上くんを操った者がいる、これはまず間違いないことでしょうね」
「異能者かな? それとも、高知能の異形かな?」
異能者、異形、加えて可能性は低いものの普通人の線だってある。
とはいえ、現時点では。
「分からないわ」
「だよねぇ。でも、放置はできないでしょ?」
「ええ、当然よ。それでも、今ここで結論を出せる問題でもないから。今は内通者よ」
できることから先に。
「有馬くん、内通者は誰なの?」
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「それでは、鷹郷さん、このあとのことは」
「ああ、万全を期す。古野白は部屋に戻ってゆっくり休むように」
「はい……よろしくお願いします」
深く頭を下げる古野白さんの横には強張った表情を貼りつけたままの武上。
もちろん、縄は解かれていない。
「武上は休めないぞ」
「分かってますよ」
「ならばよし」
捕らえた空間異能者や内通者ほどではないにせよ、武上も今夜は厳しい取り調べを避けられないだろう。
「有馬くん、里村くん、和見くんも安心して身体を休めてほしい」
「「はい」」
「ありがとうございます」
「ふむ」
「ところで、鷹郷さん、取り調べは別館で?」
「そうする予定だ」
やはり、東京には戻らずこの島で調査を続けるんだな。
「武上くんのことは心配だけど、これで一段落ついたって考えていいのかな」
「一応は……。とはいえ、まだ全てを終えたわけではないわ」
「功己を襲った剣士のことですか?」
「あいつなら、どこかに飛ばされたんでしょ?」
「有馬くんの話ではね」
鷹郷さんたち研究所員と別れ、男部屋に集まった古野白さん、里村、幸奈、俺の4人。全員が空腹なはずなのに、用意してもらった夕食をテーブルに放置したまま手に取ろうともしない。
「となると、今すぐに再襲撃ってことにはならないでしょうけど、それでも、その異能者が生きていることに変わりはないわ」
「島を出てからも油断できないってことですね」
「ええ。それに問題は他にもある」
「ビーチの大揺れと異形の群れ?」
「その通りよ、幸奈さん」
安心するようにと気遣ってくれた鷹郷さんの言葉を古野白さんたちが信じていないわけじゃない。ただ、そうはいっても、朝から続く異変の数々に3人の心と体の疲弊は限界を迎えつつある。これもまた疑いようのない事実。
「でもさ……」
つまり、今の彼女たちは通常の精神状態ではなく。
空腹も感じない状態にあるんだろう。
「鷹郷さんがもう大丈夫だと言ってたよ」
「それって、揺れも起きないし異形の群れも現れないってことですよね?」
「あくまで可能性の話に過ぎないけど、異形の群れはそう。明日の朝までは警戒する必要は……まずないと思う」
研究所が最近開発したばかりの機器を使って調べたところ、12時間以内に異形が大量出現する確率は極めて低いと。そういうことらしい。
「ただし、それは群れについてだけ。異形単体にはあてはまらない」
「単体なら研究所の警備班が対処してくれるでしょ」
「それは……そうね」
「だったらさ、今夜は安心していいんだよね?」
「……」
正直、今夜の安全がどれほどのものなのかは分からないが、鷹郷さんが自信を持って保証してくれたんだ。ほぼ問題はないと考えたい。
「ということは、古野白さん?」
「まだ問題は解決していないし、明日以降また警戒しなきゃならないけど今夜は……ええ、少しゆっくりしましょうか」
「うん、うん。まずは夕食だね」
「あっ、わたし飲み物用意します」
「俺も手伝おう」
部屋を出る幸奈を追うように席を立つ。
「ありがと、功己」
「当然のことだろ」
「それでもだよ」
古野白さんと里村から離れたところで、笑顔を見せてくれる幸奈。
「で、今夜はどうするの?」
「……」
「あっちも大変なんだよね?」
そんな笑顔を消して真剣な表情。
「功己、こっちは大丈夫。夜中の数時間なら離れても問題ないから」
確かに、湖畔の館のことが気にならないと言えば嘘になるが。
「行っていいんだよ」
「……」





