第748話 謎ばかり
「へっ??」
里村、何だ、その顔は?
「……どういうこと?」
「だから、通信教育で学んだと言ってる」
「もう、やめてよ」
「……」
「こんな時に笑わせようとするなんて、有馬くん……」
笑わせる、俺が?
里村を?
「えっと……冗談なんだよね?」
「いや」
本当だ。
前回の人生で身につけた多くの武道と違い、短剣術の指導者は見つけることができなかったからな。
「間違いなく本当のことだぞ」
そう言って短剣を一振りしてやる。
と。
「ぷっ、ぷぷぷっ」
江良?
「ぷぷ、ぶはっ、はは、ははは!」
「「……」」
「はは、はははは!」
「あいつ、笑ってるよ」
「……だな」
「はは、ははは……はあ、はあ……」
ただ笑ってるだけじゃない。
腹を抱えた大笑い状態だ。
「おまっ、通信教育って……ぷっ、はは、ははは……はあ、はあ……」
さっきまでの能面は完全に消え失せ、希薄だった気配も濃厚なものに変化している。
「その動きも……おまえ、どこの芸人だよ!」
動き?
これのことか?
自問するように軽く一振り。
「ぷぷ、ぷっ!」
二振り、三振り。
「やめ、ぷっ、くはっ、はは!」
また爆笑が始まってしまった。
「はは、はははは!」
戦闘時の姿なんて、もうまったく残っていない。
こいつ、冷静冷酷な暗殺者じゃなかったのか?
いや、まさか、笑って俺を誘ってる?
「はは、ははは……はあ、はあ……」
さすがに、それはないか。
「……」
しかし、何がそこまでおかしいんだ?
「ほんとに分からないの?」
首を傾げる俺を見て微妙な表情を浮かべる里村。
「有馬くんって、天然キャラだったんだね」
何言ってる?
俺が天然だなんてあり得ないだろ。
と否定しかけたところで。
「はあ、はあ……」
江良の大笑が止まった。
「あ~あ~、やっちまったかぁ」
ただし、表情は崩れたまま。
濃厚な気配も残ってる。
「しっかし、あの状況から笑わせにくるとはよぉ」
「……」
「やるじゃねえか」
もちろん、そんなことは考えていないが、江良が俺を見て大笑したことは明らか。
「おまえに興味が沸いてきたぜ」
ということは。
「けどまあ、気配も漏れちまったし」
想定外が上手く転がって結果的に正解になったのかもしれない。
「しょうがねえ」
「……」
「今回はあれだ」
口の端を大きく上げた江良が半身を返す。
「負けといてやるよ」
その言葉、その体勢は。
「じゃあな」
「待て!」
ここで逃がすつもりはない。
即座に脚を強化し江良を追う。
が、飛び出した先に姿はなし。
それでも気配は捉えたまま、手放してはいない。
「有馬くん!」
里村の声を背に駆ける。
江良の気配はすぐそこ。
なぜか分からないが、まだ消えてないし薄まってもいない。
はっきり感じとれてるんだ。
動きが止まった。
位置はロビー中央、っ!
まずい!
すぐそばに武上がいるぞ。
ダンッ!
床を蹴り再加速。
一気に廊下を走り抜ける。
下手に仕掛けないでくれよ。
近接特化の武上でも容易に戦える相手じゃないんだからな。
見えた。
武上と江良だ。
戦闘はまだ、武上は手を出してない。
それどころか、江良に背を向けてる。
完全なる無防備状態。
まさか、気づいてないのか?
「武上、後ろだ!」
「あ?」
やっぱり気づいてない。
今の江良は静止しているものの気配は健在。
濃厚なそれを垂れ流しているのに。
「後ろがどうした?」
「敵がいる!」
「なにっ……って、誰もいねえ」
振り返っても気づけない。
見えてないんだ。
これも江良の異能なのか?
いや、神速はそういうものじゃないはず。
なら、何だと?
くっ!
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「有馬ぁ、やっぱおまえ変だぞ。ほんとに平気なのかよ?」
こっちの心配は無用。
問題なのはそっちなんだよ。
けど、もう大丈夫。
俺が間に合ったからな。
「俺は平気だから、武上は少し離れててくれ」
「離れろだあ?」
「ああ」
「武上くん、こっち来て」
「……里村」
武上の背後で止まったまま手を出さなかった江良。
つまり、武上はこいつの標的じゃなく。
狙いは俺だけ。
その可能性が高いはず。
「数分でいい」
「……」
なら、何でここで立ち止まったのかという疑問は残るが、今はそんなことより武上優先。何度も命を落とした武上を敵が見えてない状態で傍には置いておけないだろ。
「武上!」
「……わあったよ」
ようやく武上が離れてくれた。
「里村、頼むぞ」
「うん、任せて」
ロビー入り口に立っている里村に一声かけてと。
さあ二回戦といこうじゃないか、江良。
「なっ!」
また遁走。
「江良!」
どうして逃げる?
俺が来るまで待ってたのに?
意味が分からない。
狙いがまったく読めない。
登場からここまで本当に謎ばかりじゃないか。
と考えながらも、足は動いている。
「有馬、おい、何だ? どうした?」
江良を追って駆けている。
ロビーを出て、宿の玄関を抜け。
門も通りすぎ、車道へと足を踏み入れ……。





