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第749話 健在?



 ビーチへと続く車道の上に江良の姿は見えない。

 気配は……左。

 そっちか。


 車道を海とは反対の方向へと曲がり続いて右へと曲がる、と。

 見えた。

 江良の後ろ姿だ。

 距離は20メートルほど。

 あっちの速度がこのままなら追いつける。

 ただし、もう数段上げられたら。


「……」


 道の上には俺と江良だけ。第三者の目はないし気配もなし。

 ということは、魔法もありなのか?

 邪狼狗を仕留めたように?


 駄目だ。あいつは異形じゃないんだ。

 できるなら生け捕りにすべき。

 そんな相手に魔法は見せられないだろ。

 ならば、今は駆けるのみ。


「っ!」


 まずい!

 速度が上がった。


「……」


 が、大丈夫だ。

 まだこっちの方が速い。


「ちっ!」


 距離も10メートル。

 もうすぐ攻撃に移れる。


「しつっこい野郎だなぁ」


「……」


「逃げる相手を追い過ぎると嫌われるぞ」


 8メートル。


「ちょっと早いが、しょうがねえか」


 7メートル。

 6メートル。

 5メー……ズレた!?

 また、あのズレだ。

 それも半歩の距離じゃない。

 2歩の距離を右にズレたんだ。


 とはいえ、特に問題はない。

 少しばかりバランスを崩したが、江良はそこにいるんだから。


「ピィィィ」


 笛?

 呼び笛のような音が江良から?

 ここで、どうして?

 と思った次の瞬間。


「!?」


 空間が裂けた。

 さらに、中から手が伸びてくる。


「……話が違うぞ」


「わりい」


 その手を江良の右手が掴み、そして。


「ってことで、今度こそおさらばだ」


 左手を振りながら、裂け目の中に消えてしまった。


「……」


 裂けていた空間の痕跡は綺麗に消失している。

 もちろん、江良もいないし気配もない。

 車道には俺ひとりだけ……。






「あっ! 有馬くん、大丈夫だった?」


 とりあえず皆のいるロビーに戻ろうと宿の門を潜ったところに里村と武上。


「ああ」


「よかったぁ。それで、どうなったの?」


 里村が心配そうに見上げてくる。


「……逃げられた」


「そう、なんだ」


「……」


「オレは見てねえがよ、野良の異能者がいたってか?」


 武上は状況を理解できていない表情。


「だから、そうだって何度も言ってるでしょ」


「おめえの説明は長すぎだ、で、よく分かんねえ」


「違うよ、それは武上くんの頭のせいだからね」


「なわけねえだろ」


「そんなわけあるの」


 疑問は多いし、考えなくちゃいけないことも尽きない。

 決断もしなきゃならない。

 それでもこの2人のやりとりを見てると、すこし落ち着いてくる。


「ちっ! 里村の話なんかより、有馬、いったいどうなってんだ?」


「……」


 鑑定上のステータスを超越する力を見せつけてくれた江良。日本刀を振るう技量も速さも驚異的だったが、それ以上にとんでもなかったのが神速の異能。単なる速度系じゃない謎の異能、それを駆使する戦いぶり。戦いが終わった今も正直驚きしかない。


 次はあいつに勝てるのか?

 剣も魔法も使わず、この短剣だけで?

 捕らえられるのか?


 そんな敵が空間の狭間に消えてしまった。


「有馬?」


 亀裂から伸びてきたあの手。

 あの声。


 間違いない。

 俺の知る空間異能者のものだった。


 けど、どうしてだ?

 空間異能者に憑依していた邪狼狗は倒したんだぞ。

 邪狼狗が消えて、あいつだけ助かったと?

 それとも、邪狼狗が生きている?


「……」


 いずれにしても厄介なことに変わりはない。

 江良ひとりの相手をするだけでも大変なのに、空間異能者と組んでるとなると、いつどこから襲ってくるのか全く読めないのだから。


 離島滞在中に再襲撃があるのか?

 旅が終わった後なのか?

 俺だけじゃなく、武上も狙ってるのか?


 駄目だ。

 このままじゃ後手に回り続けてしまう。

 なら、やはりもう一度……。


「おい、有馬! オレの話聞いてんのか?」


「……ああ」


 そうだったな。


「ちっ! 今日のおまえ、おかしいぞ」


「……」


「で、異形じゃなく野良の異能者がいたって、ホントなのかよ?」


「……本当だ」


「オレには見えないってのも?」


「ああ、気配消去や認識阻害系の類だろう」


「すぐ近くにいても見えねえなんて、神技レベルじゃねえか」


「そうだな」


「……その異能者について、詳しく教えてくれ」






「グギャアァァ!」


 断末魔の叫びのような声を上げる邪狼狗。


「ァァァ……」


 地に落ちた四肢はピクリとも動かない。

 完全に息が絶えている。

 そうとしか思えない。


「……」


 これで生きてる?

 いや、いや、あり得ないだろ。


 けど、それは前回の4度目も同じだったはず。

 なのに、空間異能者は生きていた。

 ということは、この状態から分離でもすると?


「……」


 そう思って眺めてみるも、何の変化も見られない。


「……」


 見られないが、このまましばらく観察すべきなのか?


「……」





「功己、どうなってるの?」


 邪狼狗を見下ろす俺の背に幸奈の声が響いてきた。


「怪我してない? 大丈夫?」


 戦闘が終わって数分。

 無音の状況が続いたんだ、崖下にいる幸奈が不安に思うのも当然だな。 


「ねえ、功己?」


「……今すぐ迎えに行く」


「えっ、うん」


 さすがにこのまま留まって観察を続けるわけにはいかない、か。


「問題ないんだよね?」


「ああ、こっちは問題ない」


 問題なのはこの後。

 武上たちの安否確認、襲ってくるであろう江良への対策。

 そして何より……5度目の今回はやり直せないのだから。



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