第746話 達人級
ガッ
背中に感じる確かな衝撃。
記憶の中と同じ、鋭く精確な刺突が心臓の裏を叩いてる。
「っ!」
また察知できなかった。
ずっと警戒していたのに、また隙をつかれて。
ガリッ!
だが、同じなのはここまでだ。
ガリッ!
さすがに、三度も同じ手を喰らうほど愚かじゃない。
今回は初撃を防ぐために背中に仕込んでおいたんだよ。
最硬の蒼鱗をな。
「有馬くん!」
「問題ない」
「でも、刀が」
大丈夫、簡単に貫けるような代物じゃないからな。
っと。
背中への圧が消えた。
つまり、次の仕掛けだ。
キィン!
振り向きざま、飛び込んでくる白刃をはね上げてやる。
想像通り、いや、想像以上の速さとキレ。
それでも、あっちの達人ほどじゃない。
キィン!
軽く魔力を纏わせれば、こんなナイフでもいなすことができる。
キン!
キン!
キィィン!
少々心許ないが、連撃も封じきれる。
「……」
必殺であったろう刺突を防がれ、奇襲を諦めたのか。
襲撃者の手が止まる。
仕切り直すように無言のまま後退していく。
その姿形、顔は……記憶にないな。
「……」
右手に日本刀を持つ、ジャージパーカーの長髪男。
おそらくは20代後半であろう容姿すべてが初見、のはず。
「有馬くん、だれ? 異能者?」
「……だろうな」
初見であっても、その動きが尋常じゃないことだけは分かる。
まず間違いなく、こいつも異能持ちだ。
「ってことは、野良の異能者? それとも、研究所と敵対している家門の?」
詳しいことは分からない。
が。
「味方じゃないことだけは確かだな」
「……そうだね」
どこの異能者だろうと敵であるならすることは同じ。
まずは。
「里村、しばらくはそこを動くなよ」
「えっ」
「必ず護ってやるから」
里村はトイレの奥。
出口付近にいる俺の後ろにいる。
充分に護りきれる立ち位置だ。
「うん……でも、そんなナイフで?」
さっきから使っているこのナイフ。
護身用に厨房から借りてきた料理用ナイフだが。
「ああ」
魔力を纏わせれば充分戦える。
「敵は日本刀だよ」
「分かってる」
もちろん、使えるものなら俺も剣を使いたい。
けど、ここで収納から愛剣を取り出すわけにはいかないだろ。
「……」
さて、里村が大人しくなったところで。
「一応聞いておく。なぜ俺を襲った?」
「……」
数歩離れて沈黙を保つ長髪ジャージ男。
刀の冴えとは裏腹に殺気を微塵も感じさせない。
殺気どころか、こうして正対して感知しても僅かに気配を感じるばかり。
どう考えても尋常じゃない相手だ。
「答える気はない、か?」
「……」
だろうな。
けどまあ、時間をくれたおかげで鑑定もできた。
あとはもう、おまえを倒すのみ。
江良 匠
レベル 3
31歳 男 人間
一般人だろうと異能者だろうと、そのほとんどがレベル1のこちらの世界。複数レベル表示を目にすることはめったにない。異能機関幹部級で戦闘経験豊富であろう鷹郷さんや五感強奪のダブル異能者吾妻でようやく2レベル。実年齢不詳の怪童壬生伊織ですらレベル3なんだ。ここでレベル3持ちがくるとは、正直驚いてしまう。
けどまあ、前回、前々回の襲撃を考えると納得できるというもの。
そして当然、その襲撃を支える実力も尋常じゃない。
HP 162
SP 201
STR 155
AGI 178
INT 161
鑑定のギフトを得て以来少なくない数の人や魔物、異形を鑑定してきた俺の個人的感覚からの推測だが、各数値が100で一流、150で超一流、200を越えると達人級、こんな風に考えている。
この襲撃者江良は全てが150越えの超一流。
中でもAGI(敏捷性)とSP(異能力)が凄まじい。
SP値は壬生伊織や俺のMP値には及ばないものの達人の領域に到達しているし、AGI値は俺の知るどの異能者よりも高い。少し前のノワールとほぼ同等で邪狼狗のやや下ってところか。ただし、実戦闘の体感的には邪狼狗より素早く感じられた。
あの動きは……彼の持つ異能の効能かもしれない。
<異能>
神速
初めて見る神速の異能。
鑑定で調べても言葉通りの内容が表示されるだけで、速さについての詳しい言及はなかった。
このAGIと神速でどこまで動けるのか?
さっきの刀速が上限なのか、さらに上があるのか?
「……」
数歩先の長髪神速の江良はいまだ無言で無表情。
殺気もなければ気配も希薄。
とても、やる気があるようには見えない。
それでいて、余裕のようなものが伝わってくる。
まあ、上はあるんだろう。
ひょっとしたら、俺のAGI値を越える可能性も。
「……」
ちなみに気配消去系の異能は持っていないようなので、彼の無気配無殺気は単純に技量によるものだと思われる。ただ、気配を消してもロビーの奥まで誰にも気づかれず侵入するのは相当な難事のはず。これひとつ取っても達人級の暗殺者だな。
とはいえ姿を現した今はもう、そんな技量なんてどうでもいい。
「有馬くん?」
「ああ、襲撃理由を答える気はないようだ」
「……」
「それに」
トイレの出口は江良のすぐ後ろ。
脱出するには絶好の位置。
通常の暗殺者なら逃走を図ってもおかしくない、が。
「逃げるつもりもな」
「……」
「なら、再開といこう」
宣言とともに地を蹴って跳躍。
ナイフを真正面から叩き込んでやる。
シュン!
シュッ!
シュン!
スナップをきかせて高速で振るうも届かない。
あと僅かのところで躱されてしまう。
ならばと、間合いを詰めての連撃は。
ガン!
キン!
ガン!
すべて完璧に弾かれてしまった。
「……」
やはり、上があるようだ。





