第745話 誘い
「おい、おまえら、何悠長にしてんだ、外は大変なことになってんだぞ」
「大変なこと、ですか?」
「これが大変じゃねえってかよ?」
「「……」」
「機関の人間なら分かんだろうが」
いきり立つ武上に困惑の色を浮かべる三隅さんと美藤さん。
そこに古野白さんが入ってきた。
「落ち着きなさい、武上くん」
「オレは落ち着いてらあ」
「いいから、少し黙ってて」
「……ちっ」
「三隅さん美藤さん、おふたりとも外の様子は見られましたか?」
「外は、上階の窓からでしたら、はい」
窓からじゃビーチは見えない。
何より、この時点で彼らは現状をまったく把握できていないんだ。
「異常の認識はあります?」
「いえ、特には」
「外で何か起きてるのでしょうか?」
「ええ」
強く肯定する古野白さんを見て、2人の表情が目に見えて変わっていく。
「詳しいことをお聞きしても?」
「もちろんです。ですが、その前にひとつ。先程こちらは揺れましたか?」
「揺れ……地震ということでしたら、揺れなど感じてません」
「なるほど」
あの揺れも沈下も局所的なもの。
宿にいた彼らは何も気づいていないし危険も感じていない、というのが前回同様の現実。そして、ここからも前回同様。状況の説明と事実のすり合わせが始まる。
「シャワーでその汚れを落とさなきゃならないのに、1時間後の集合でいいのかしら?」
「はい」
異形の体液やら何やらで酷いありさまだが、1時間もあれば問題ない。
それに、今はこんな汚れなんかより……。
「それじゃあ、1時間後にロビー集合ということで」
「了解しました」
何の進展もなかったことが問題だ。
三隅さん美藤さんとの話し合いのあと、数時間かけて宿舎全体を捜索し、ビーチに戻っての調査までしたのに、何も得るところがなかったのだから。
「古野白さん、一応警戒は続けてくださいね」
「分かってるわ」
とはいえ皆が無事なのはありがたいこと、心からそう感じている。
武上があの時間を抜け、死の強制力から逃れられたと思うと、一息つくこともできる。
ただ、武上と里村の症状の原因もそれを作り出した者も分かっていない。
俺を襲った相手も不明のまま。
これで、この先気楽に過ごせるわけないだろ。
「武上くんもひとりで出歩かないようにね」
「ああ」
要は問題を先送りにしただけ。
何も終わっちゃいないんだよ。
「功己?」
「……大丈夫だ」
俺ほどではないが、それなりに事情を察している幸奈の表情も曇ったまま。
「アレの方は?」
露見か。
「そっちも問題ない」
朝から色々と不審な行動を続けている俺に質問は集中したけれど、特に武上からは厳しく追及されたけれど、とりあえず何とかごまかすことはできたからな。
「俺のことより、幸奈は古野白さんから離れるなよ」
「うん」
もちろん、皆が心から納得しているとは思えない。
それでも、露見に変化がないのなら今はこれで充分だ。
幸奈、古野白さんと別れ男3人で部屋に戻る、その前に。
「武上、里村、ちょっと待っててくれ。トイレに行ってくる」
「んなもん部屋で済ましゃいいだろ、って、おい」
武上の声に背を向け。
「有馬ぁ」
「悪い、急いでるんだ」
トイレへと走り出す。
「何だあいつ、腹でも壊したのかよ」
「まあ、色々あったからねぇ」
違う、けど、それでいい。
「……」
小走りに駆けた先はロビーの西方。
2人のいる場所からは見えない奥まった位置にある男性用トイレ。
「さて」
中や周りに気配は感じない。
もちろん、感知にも反応は皆無。
危険も不穏な空気もまったくの状況だが……。
とりあえず、試しておきたい。
ここで隙を見せたら、どうなるのか?
敵が現れるのか、襲ってくるのかを。
「……」
トイレの中に足を踏み入れる。
警戒心を隠し何気ない素振りで。
「……」
待つ。
「……」
ただ待ち続ける。
が、現れない。
「……」
神経を研ぎ澄まし、感知も最高のレベル。
それでも何も感じない。
これはもう……。
今回は襲ってこないのか?
「……」
前回、前々回とは明らかに異なる時間を迎えた今回。
それはもちろん俺がそう仕向けたからではあるが、だからといって標的の姿がまったく見えないこの状況を望んでいたわけじゃない。
毒を回避し、武上を救い、襲撃者を迎え撃つ。
ロビーで決着をつける。
そう考えて動いてきた。
若干のずれはありながらも大筋の流れには沿って進めることができた、と思う。
なのに、ここまで襲撃の兆候がないとは……。
「仕方ない」
ロビーに戻るか、と諦めかけたところに。
気配!?
こっちに近づいてくる!
入ってくる!
誰だ!
「……里村」
おまえか。
「えっ、どうしたの?」
殺気もなければ刃物もなし。
当たり前だ。
こいつが襲撃者だなんて、あり得ないのだから。
「……なんでもない」
「そんな感じじゃないけど?」
「今さらやって来たおまえに少し驚いただけだ」
「あー、なるほど」
「……」
「けど、ボクも急にもよおしちゃったから」
「……そうか。先に出るぞ」
これ以上ここに留まる必要もない。
「ちょっと待って」
出口に向け足を踏み出した俺を呼び止める里村。
「どうした?」
「有馬くん、何か抱え込んでない?」
「……」
「朝からずっと様子がおかしかったし、今もアレだし」
「気のせいだろ」
「そうかなぁ」
「ああ」
「うーん……でもさ、何かあるなら話してほしいかな。異能も持ってないボクだけど話くらいは聞けるからさ」
出口手前に立つ俺に里村の言葉が続く。
「それに、異能者じゃないボク相手の方が話しやすいこともあるでしょ」
「……」
「何より有馬くんはボクの大切な友達だし」
思いが伝わってくる。
その優しさに複雑な感情が込み上げてくる。
「里村……」
すべては話せない。
が、ある程度なら。
ガッ!
「っ!?」
ガリッ!
背中に衝撃!
これは!





