第742話 検査
いや、これは?
足音が聞こえ。
気配も感じられる。
前回と違い、はっきり知覚できてる。
ってことは犯人じゃない?
それとも、前回の俺が呆けていただけ?
「……」
背後2メートルに近づいたところで振り返る。
「っ」
そこにいたのは三隅さん。
勢いよく振り向いた俺を見て若干怯んでいるものの、その様に不穏なものは感じられない。刃物も見当たらない。とはいえ、隠し持っている可能性も。
「三隅さん、少しいいですか?」
不躾だとは分かっているが、ここで見逃すわけにはいかない。
刃物の有無を調べさせてもらおう。
「はい……これは?」
「状況が状況ですし、一応」
「……承知しました」
俺の言い訳を受け入れてくれたのか、こちらに身を任せてくれる。
そんな彼を素早く調べるも……。
「もう、よろしいのですか?」
「ええ」
結果は穏当な気配通り。
刃物など、どこにも存在しなかった。
「納得していただけたようで、安心しました」
非礼とも思える突然の検査に戸惑いがあるはずなのに、それを感じさせない三隅さん。さすが、異能関係機関からの派遣組。美藤さんと同じくただ者じゃない。
「ところで、有馬様」
この三隅さん、宿では雑務全般を担当しており、今回の旅では色々とお世話になっている。もちろん、今日までの滞在中あやしい所なんて微塵もなかった。それゆえ、検査の結果は必然だと思えるし、俺にとっては好ましいものでもある。
「美藤が戻ったら席までお持ちしますので、よければそちらの方でお待ちいただければと」
「ありがとうございます」
おそらくは、ロビー奥で立ち尽くす俺を気遣って話しかけてくれただけなんだろう。ありがたいことだ。ただ、その心遣いは承諾できない。
「ですが、美藤さんもすぐに戻って来るでしょうし、ここで待ちたいと思います」
席に戻ると流れが大きく変わってしまう。
今はここを離れるわけにはいかないんだよ。
既に前回とは異なる状況だが、これ以上の変化は避けたいところだから。
三隅さんと離れ待機すること数分。
警戒を続けるも変化はなし。
ただ、ただ、ひとり立っているばかり。
「……」
少し遅いんじゃないかと感じ始めたところで、ようやく美藤さんの気配がロビーに。
視線を幸奈と里村に向けたままの俺の右後方から近づいて来る。
当然、振り向きはしない。
美藤さんの動きを感知しながら待つ。
あと5メートル。
足音はほぼ無音も、気配は消えてない。
3メートル。
殺気はなし。
気配も変わらず。
1メートル。
ここで振り返ってやる。
「お待たせして申し訳ございません」
「……」
「冷茶をお持ちしました」
お茶の入ったグラスを片手に穏やかな表情を浮かべる美藤さん。
「こちら冷やした棒茶になります」
いきなり振り向いた俺にまったく動揺していない。いつも通り、平静そのものの佇まいだ。
「どうぞ、召し上がってください」
その手にあるのはグラスだけ。
刃物もなければ、殺気、襲撃の気配も皆無。
「……ありがとうございます」
それでも、一応検査だけは済ませておきたい。
ただ、俺が直接触れるのは……。
「有馬様」
躊躇している俺に気づいたのか、三隅さんが近づいて来る。
「美藤には、私の方から」
ありがたい。
ということで、無事に終えることができた美藤さんの検査。
予想通り、あやしいところは全く見られなかった。
「では、続けましょう」
さらには、三隅さんの提案で他のスタッフの検査も行われることに。
「これでよろしいでしょうか?」
「……ええ」
結果は三隅さん美藤さんと同じ。
刃物どころか凶器になりそうなものすら見つからなかった。
もちろん、毒物らしきものも。
「有馬様、他に調べることは?」
「いえ、もう十分です」
これ以上は無駄だろう。
「三隅さん、美藤さん、皆さん、ありがとうございました」
彼らの調査はここで終了。
それでも数歩は前進した、と考えたいところだが……。
今は大きな手掛かりへの道が途絶えてしまった状況。
俺に刃物を突き刺した襲撃者と毒を使ったであろう者。
彼らが何者で今どこにいるのか、全くもって分からない。
「功己、みんなを調べるって、まさか?」
これは、前進以上の後退かもしれないな。
「さっきも何も口にするなって言ってたし」
「……」
「ねえ、功己?」
三隅さんたちから離れ、里村のもとに戻った俺に幸奈が表情を曇らせながら尋ねてくる。
「いや、そうとも限らない。けど一応な、調べておいた方がいいだろ」
「それは、まあ……でも問題なかったんだよね?」
「ああ」
「だったら、皆さんのことは信用しても?」
絶対とは言い切れないものの、ある程度は信じていいと思う。
「よかったぁ」
頷く俺に安堵のこもった声を漏らす幸奈。
その気持ちはよく分かる。
ただ、こっちはそれに浸っている余裕はない。
遡行前の残された時間内にこの場で当たりをつけておかないと、次回も手掛かり無しで一からやり直すことになるのだから。
とはいえ、ここまで大仰に調べてしまったんだ。
しばらくは犯人が潜む可能性が高いだろう。
なら、遡行を先延ばしにして、こちらで動き続けるか?
「……」
いや、駄目だな。
やはり、4度目も朝食の前から始めたい。
そのためには、もうすぐ遡行を使う必要がある。
先延ばしにする時間なんてない。
だから今はこの場でできるだけのことをして、それで糸口を何とか。
そんな思いで調査を続けたものの、結局状況は変わることもなく。
時間になってしまった。
仕方ない。
戻るか。
「……時間遡行」
時間遡行の発動に時間はかからない。
ただし即座というわけではなく、僅かばかりの間が存在する。
おそらくは時間にして1秒か2秒だろう。
この秒の時間に。
気が緩んだ些少な間に。
ドスッ!





