第三十三話
月明かりが僅かに差込み、舞うホコリがキラキラと輝いて見える。
そんな不衛生な埃っぽい部屋で、首吊り死体と俺は夜を明かすことになる
この男が持っていたカバン。こいつを拝借する。中は・・・
缶詰、携帯用のライト、それに手帳だ。新人ビジネスマンが使ってそうな
安っぽい革の手帖。それ以外に入っていたのは拳銃だ。U・S 9mmと、
銃本体に刻まれている。グリップのところに、家門のような彫り込みがおしゃれだ。
マガジンに弾も入っているようだ。
・・・・・・・・
これはこいつの持ち物だよな? 俺は死体を見上げる。
おかしくないか? 拳銃を所持しているのに、首吊り自殺?
こいつがどういった心情だったかは分からないが、わざわざ首吊りなんて
面倒な方法を選ぶだろうか? 俺なら持ってる拳銃を咥えて引き金を引くが・・・
・・いや、よそう。そういう気の滅入った状況なら、人間の行動は突拍子もなかったり
してしまうものだ。
そんなことより、缶詰が中に入っている。これを食べて、今日を終えるとしよう。
缶詰はスイートコーン。それと白桃の二つだ。まずはこのスイートコーンからだ。
容量はたっぷり400gある。まるで業務用みたいだ。俺は缶を開ける
とうもろこしの甘い匂いが、空腹に訴えかけてくる。俺は手で掴み、
口に放り込む。シャキシャキとした歯ごたえ、とうもろこしの優しく、程よい甘さが
口の中に広がる。歯ごたえは良く、しっかり食べた感覚が残る。
また一口、もう一口と後を引く美味しさ。これだけでも満たされる。
しかし、人間の舌というのは贅沢なもので、最後の方まで食べると、味に変化が欲しくなる。
あぁ・・ここにバターやベーコンなんかがあれば・・・
さて、一応の腹は満たされた。あとはデザートとシャレこもう。
俺は白桃の缶詰を開けた。半分に切られ、真ん中の種の部分が凹んだ状態の切り身が
四つ入っている。まずは一口・・・
うん。甘い。やさしい果物の甘さ。シロップに付けられているが、甘すぎない
歯ごたえもしっかりしており、手で持っても崩れることはない。
久しぶりの果物。なんか本当に長いこと食べて無かった気がする。
これは本当においしい。普段なら飲まないかもしれないが、浸かっていた
シロップも飲み干した。
・・・・・・
これはやりすぎたか・・・喉に甘さが張り付く・・・・
とはいえ、美味しかった。満足だ。俺はその場で寝転び、天井を見つめる
視界に入る首吊り死体。ふと、手帳の事を思い出した・・・俺はカバンの中にあった
手帳を取り出し、月明かりで照らす。そして初めのページを開いた。
ビジネス手帖らしく日付時刻など、見開きでわかりやすく書き込みやすそうな
作りをしている。俺は何げにペラペラとめくっていた。
はじめの方こそ何かの会社のスケジュールなのだろう。予定が書かれているが
急に途切れ、行間などを無視した、文字が現れる。明らかに最初の筆記ではない
ここから別の人間、おそらく今首をつっている、人間の文字だろう。
「ここが何処か分からない。俺は誰だ?」
そんな書き出しだ。しかしそんな事を手帳に書くのか?
ずいぶん筆まめな性分なんだろうな。俺ならこんな手帖があっても無視するが・・
「三日目、食料を手に入れた。これで少しは空腹を凌げる」
どんな物が手に入ったか。どう食べるか
何日分とするのか。そんなことまでメモられている。ほんと・・・
繊細すぎるんじゃないか? さらに俺はページをめくる
「今回は気さくに近づいてきたおじさんを騙し、気がそれている内に食料を
横取りした。初めて人を騙した・・・罪悪感でいっぱいだ・・
俺は恨まれたりしていないだろうか? 追われてたりしていないだろうか?
不安で不安で、いてもたっても居られない」
そうだな。初めはやっぱりみんなこんな感じなのかな。まぁその内慣れるんだけどな
ページをめくる、そこには地図が手書きで書かれていた。
かなり鮮明に書かれている。おそらく通った今までの道をここに書いているのだろう。
そこには何やら見覚えのある地形。それは初めに訪れた街。給水塔や路地の記載もある
あの時この人もあの場所にいたのか?
「ヘリが飛んでいる。ここ毎日、何回も目撃している
助けてくれと大きく手を振っても、素通りされる。何か妙だ。
あのヘリは助ける為ではなく、違う意図があるんじゃないか?」
・・・ヘリを目撃しているのは俺だけじゃなかった。しかも何度も?
ヘリは救助や支援目的じゃない? 偵察? ・・・分からない
確かな事は何処かに社会基盤や秩序、公的機関は今もある。
でなければヘリが飛んでいたり、航空機の残骸に遭遇することはない。
そこまで辿り着く事ができれば助かる。問題はどこに向かえばそこに行けるのか。
俺は他に何か書かれていないか読み進めていく。
「一人の少女に出会った。可愛らしい少女。ほんの小一時間程度の会話
敵対する様子は無かったので、銃を使うことはなかったが
どうやらかなり凶悪な人間が付近でうろついているらしい。
彼女は兄を殺され、車を奪われ、腹に重症を負ったと言う。警戒しないと」
・・・なにか・・・・・・嫌な予感がする。まさか・・・・・な・・・・・・
「なにか変なものを吸い込んだようだ。 喉に違和感がある。
ほどなく違和感はなくなったが、あれはなんだったんだろう。
ともかく、宙を舞う白い小さな綿には注意しないと」
・・・・? 宙を舞う白い綿? まぁ・・・なにかあったのかな?
「喉に痛みがある。どうしたことか。水を飲むのもためらってしまう」
「喉が熱い。いや、喉から後頭部にかけてひどく熱い。私はどうしてしまったんだ」
「熱い。兎に角熱い。たまらない。熱い
熱い熱い・・・・・・・・・・・・・・・熱い熱い熱い熱い
様子がおかしい。手帳に書かれている文字は徐々に乱れてきている。
そしてはじめの繊細さはそこにはなく、ページをめくるたびに、ただ感情を書きなぐる
言葉が続く。
「死にたい・・・もうだめだ・・・・・死ななきゃ・・・
死ぬ・・死ななきゃ 死だ・・・死・・・・
死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ
俺は思わず手帳を部屋の片隅に投げ飛ばした。
何があったんだ・・・




