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第三十一話


・・・・・


一瞬、意識を失っていた。

額から頬に伝う血。俺は両脇を何者かに支えられ、引きずられている。

立って抗おうにも、足に力が入らない。視界がぼやける。


ズキズキと痛みが伴い始め、目の前の視界がハッキリしてくると、

そこには老婆の姿があった。祭壇で人肉を切り分けていたあの老婆だ。

俺はカバンを取られ、中を一人の男が確認している。

そしてカバンをひっくり返し、揺すり始める。

カバンの中に入っていた物が無造作に落ちる。そして周りを囲む信者らしき

人間たちからどよめきが起こる。驚き・・・いや、恐怖かもしれない。



何て事を・・・そういった感じだ



「護符を・・・バホエ様がお造りになられた護符を・・・」



集団の中の一人が震えた声で語ると、周りの人間も口々に護符が護符がと

言い始める。 護符・・? 理解するまでに少し時間がかかったが、どうやら

ここに来る道中に木々に貼り付けてあった小汚い紙切れの事を言っているらしい。


「聖域が汚されたッ! この男が・・・この男が聖域を・・・ッ!!」


耳をつんざく叫び声がこの空間一体を包む! やがてその叫びは、怒号に変わる

口々に浄化だの。血で清めるだのと・・・俺には全く状況が理解できない。

だが、この状況は俺にとっては、非常にまずい事は分かる。

なんとかこの状況を切り抜けなくてはいけない・・・



「皆の者! 静まるのだッ!!」


祭壇中央にいた老婆が集団をなだめ、俺の傍まで歩いてきた・・・

そして俺の顔を凝視した後、振り返り、大きく両腕を広げた


「この者は外から汚れを運んで来たッ! じゃが、まだ方法はある!!

 この者の汚れを、皆の聖血と一つとし、汚れを浄化するのだッ!!」


一つ・・・は? ちょっとまて・・・何を言っている・・・


この老婆の答えに、集団は歓喜を上げる。まるで救われたって表情を浮かべている

何が何だかわからなかったが、状況を整理していく中でやっと気づいた。





これってつまり・・・



俺を食べるってことだよな・・











じょ・・・





















冗談じゃないッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!















なんとかしないと! とりあえず話を・・なんとか思いとどまってもらわないと!!


「ま・・待ってくれ! その・・その紙・・いや、その護符が大切なものだ

 なんて分からなかったんだ。 謝るよ・・・本当に・・・」


俺の言葉を最後まで聴き終わる前に、目の前の老婆は再び集団に向かって

声を掛ける


「皆の者! 耳を塞げッ! この者が惑わす、呪いを込めた言霊じゃッ!

 この者は皆を騙そうとしておる!! 耳を傾けてはならぬッ!!!」


駄目か・・・聞く気すらないって訳か。だがこんな状況で引き下がれない!


「お願いだ・・あんた達が何信じてるかなんて、俺には関係ないだろ?

 ここで見た事は誰にも言わないッ! ここの場所だって・・・

 俺はすぐにここを出て行く! 二度とあんた達の前に姿を見せない!!

 頼む! 殺さないでくれッ!! 俺なんか食ったって旨くねぇよ・・・

 頼む・・・・・・・・・・頼むよ・・・・・・・」


上手く言葉が出てこなかったが、今精一杯の命乞いをしてみせる。

だが案の定、言葉は届かない。老婆はナイフを右手に持ち、ゆっくりと

俺の方ににじり寄ってくる。














万事休す・・か・・・
































ドォゴオオオオォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!









幸運と呼んでいいのだろうか? 

少なくとも俺の運は尽きていない・・・そう感じた。




俺の胸に老婆が握るナイフが突き立てられる瞬間、轟音が響き、この場所全体が

大きく揺れた!! 一同が体制を崩す。 



チャンスだ! 



両脇を抱える男達の手の力が、一瞬弱まった隙をついて、振り払い、そして老婆の

ナイフを奪うと同時に背後に周り、老婆の喉元にナイフを当てた!

周りの人間が呆気に取られ、なすすべなく立ち尽くしている。


「動くなッ! 誰ひとりッ! 動くとこのババアの喉を掻き斬るぞッ!!」


まるで悪役だ。老人の喉元にナイフをあてがい、脅しているんだからな。

しかしこうでもしないと、人間バーベキューになって、こいつらの

腹の中に入ってしまう。なんとしても・・・どんな汚い手段を使ってでも

ここを切り抜けるッ!!


「下がれッ! お前も! お前もだ!! いいな!? 動くなよ・・・」


暴れんなよ・・・暴れんなよ・・! 小柄な老人だが、暴れられては面倒だ。

体を密着させ、胸元に抱え込むように腕を回す。

「おい! お前ッ!!」

近くにいた男に声を掛ける。男は動揺しているのか、眼をしきりに動かしている。

「そこの緑の・・・瓶を取れッ! 早くしろッッ!!!」

地面に広げられた小瓶を男に持ってくるように命令する。

男は動揺し、腰が引けながらも、薬瓶を俺の前につき出す。

俺はその薬瓶を奪い、ズボンのポケットに強引にねじ込んだ。




これだけは手放したくない・・・






数分間のにらみ合い・・・・

この老婆を助けようとにじり寄ろうとしている奴に睨みを利かせ、

動くとこいつを殺すぞ! ・・・と、脅しながら

俺は徐々に出口の方に足を運んだ。もう少し・・もう少しだ!


入口の段差に足を掛けたその時、老婆は奇声を発し、暴れ始めた!

手足をばたつかせる。今にも手を離してしまいそうだ。 

チャンスとばかりに周りの男達が構える。 このままでは

飛びかかられ、押さえ込まれる。そうなってはもう切り返しようがない。

俺は抑えようとするが、老婆は一向に暴れ収まる気がない!




そんな状態だったが、すぐに老婆はおとなしくなった・・・

良かった。これでまだ・・・


何か違和感がある。俺は自分の持つナイフに眼を向ける。

ナイフの刃全体に、血が付いている。


俺は老婆を自分の手から離した。老婆は二、三歩よたよた歩くと、

前のめりに倒れた・・・そして地面に血が広がる。

暴れた際に、俺が喉元に突き付けていたナイフが、誤って刺さったんだ。





まずい・・・





信仰の対象であったであろう老婆を殺してしまった。

罪悪感よりも先に来る「報復」の恐怖。

大切な信仰元に何かあれば、逆上し、見境なく襲って来るのは必死。

この場をどう乗り切れば・・・




「う・・ううう・・・バホエ様・・・・」

「あぁ・・・・なんと・・・・・・・バホエ様・・・」

「駄目だ・・・もぅおしまいだ・・・・・バホエ様が・・・」



意外な反応だった。その場にいた一同は泣き出し、膝を付いている。

怒り出す事も、逆上して襲って来ることもない・・・

ただその場で泣いている。何か行動を起こすでもなく、ただ泣いているのだ。

俺はその状況を呆然と見ていたが、こいつらを見ていると、

襲ってくる心配はないだろうと思えた。まるでCPUのないパソコンだ。

自分で考え、何かに手を伸ばすなんて、こいつらには想像できないだろう

うまく言えないが、目の前の泣きじゃくる集団を見ると、そんな気がした。



俺はこの窖から出て、外の空気を吸い込んだ・・・

薄暗い窖よりは、断然呼吸がしやすい。落ち着く

・・・が、鼻に付く匂い

入る前とは違う臭いがそこには漂っている。

俺は空を見上げた・・・

濛々と上がる黒煙。なにかが燃えている。おそらく窖の中で聞いた

大きな爆発音はあれだろう。まぁ助かったが・・・

あれが何であれ、調べる気は今はない。

俺は再び歩き出した。






カニバリズムなんて言ったかな? 人間が人間を食べる行為

宗教の神聖な行為の一つとして行われたり

あるいは風習の一つとして世界各地にあったりするらしい。

飢餓から死体を食べたなんて例もあるらしい・・

そういった極限状態なら、俺もするかもしれないが・・・







まぁ何が言いたいかっていうと、探せば何かと食べ物が転がっている

今のこの状態で、人間を食べたいなんて感覚は湧いてこない。


・・・て、ことかな。











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