第二十七話
息づかいが分かる。女の子の顔がこんなにも近くに・・・
甘い匂い。それに肩から伝わる柔らかさ。そして寄り添う彼女は
俺の肩に頭を寄りかける。
あぁ・・・なんだか・・・ここまで頑張ってきて良かった。
「ねぇ・・・」
彼女は静かに俺に声を掛ける。その声に、そっと彼女の顔に目線を向ける
向けた目線の先、彼女は俺を肩ごしから見つめている。
静かに閉じた唇は、なんとも形容しがたい、色気を感じる。
そして彼女の顔は俺の顔へと近づいてくる。
これは
求められている・・・・・・・
間違いない!!
ここで答えない理由はない。俺はすこし体を彼女の方へ向け、
彼女の肩に手を回す。彼女はゆっくり目を閉じ、軽く上向く。
俺は彼女の唇にそっと自分の唇を・・・・
「兄さんを・・・・・・・・
・・・・・・殺したなッ!!」
!!!!
その瞬間、時間が止まったかのような感覚が俺を包む。殺した・・・!?
俺が・・・君のお兄さんを!!?
時間がまた、鈍く流れ始める。なんだ・・・俺に・・・
考えが上手くまとまらないが、今は危機的状況であることは分かる。
俺は彼女の右手に視線を送った・・・
彼女の右手。その右手にはアイスピックだろうか。鋭利な物が握られている!
その手が俺に近づいてくる! 狙いは・・・俺の喉元! まずいッ!!
俺は左手を彼女の右手の前へ、覆いかぶせるように出した。
うぐぁあああッッ!!!
俺の左手の甲から、鋭利な針が突き出ているッ!! じわじわと感じ、やがて
意識が集中できなくなるくらいの大きな痛み。 早く引き抜かなくては!!
だが、彼女は俺に覆いかぶさる様に体を乗せ、喉元に押し込もうとしている!
「まて・・・待ってくれッ!! 一体何を」
「うるさいッ! お前が殺した・・お前が・・・おまえがああぁぁぁッ!!!」
駄目だ・・会話にならない。なんとか落ち着かせなくては! 俺は
右手で彼女の顔を抑えるように突き出すが、それでも彼女の行動は止まらない!
そしてこの行動が裏目に出た。彼女は俺の右手の小指に噛み付いたのだ!
凄まじい痛みだ。それに引こうとしても、離れない。このままでは小指を
食いちぎられてしまう! 俺の喉元には体重のかかった大きな針が迫っている
だめだ・・・腕の力だけでは押し返せない・・・・針の先端はもう喉元に軽く
刺さっている。
うああああああああッ!!
俺は渾身の力を込めて、彼女の腕をずらした! 俺の鎖骨あたりに大きな引っかき傷を
つけながら、針は俺の左肩上の地面に突き刺さる! 上手く喉に刺さらなかった事に
動揺したのか、彼女は一瞬、体位を反らした。チャンスだ!!
彼女の腹部に俺は足を掛け、押し出すように蹴りを入れた!!
ガラガシャアァァアアアアアアアアッ!!
・・・・・・
ダンボールと空の缶詰を巻込みながら、彼女は壁に背中を打ち付ける。
そして行動が止まった。彼女は呆けた様に瞳孔が開いている。
何が起こっているのか、俺もよくわかっていない。
ほんの数秒、静かな時が訪れ、彼女は自分の体へと目線を落とす。
俺も釣られて、彼女の視線を確認した。
彼女の右腹部、そこから大きな鉄の棒が突き出ている。おそらくむき出しになっていた
鉄筋の一部だ。 気がついて彼女の表情が険しくなる。そして口から何かがこぼれ落ちる
・・・・・!?
俺は自分の右手に恐る恐る、視線を向ける。 嘘だろ・・・彼女の口からこぼれ落ちた
のは、俺の右の小指だ。ちょうど第二関節から上が無くなっている。
ポタポタと落ちる血。まずい・・・早く止血しないと! 俺はひっくり返った
ダンボールの中から、古びた布を手に取り、小指の断面を覆うように巻きつけた。
襲われた理由・・・仇と言った彼女の目に涙が浮かぶ。襲われた理由に心当たり
が無い訳じゃないが、確証が欲しかった。話を聞きたい。もしかしたら
誤解かもしれない。まずは治療が先だ。彼女を助け起こそうと手を伸ばしが
彼女は興奮し、アイスピックを振り回す!
「落ち着いてッ! 動くと傷が広がる!」
だが、彼女は俺を睨みつけ、警戒を解こうとはしない。
仕方がない。このまま話を聞くしかないな。
「・・話を聞いてほしい。俺が、その・・君のお兄さんを殺したって・・」
話を続けようとする俺を遮る様に、近くにあった石を握り、俺に投げつける!
が、彼女の投げた石はあらぬ方向へと飛んで行く。
「うるさいッ! お前が・・お前が兄さんを殺したんだッ!
絶対にそうだッ!! その銃で兄さんを撃ち、車を奪ばった!!
覚えていないなんて言わせないぞッ!」
・・・駐車場での一連の行動。それをあの場所のどこかで見ていたという事なのか・・?
そして、俺が撃った二人の内の一人が彼女の兄さん。いや、二人共の可能性もあるか。
兎に角、俺には人に恨まれる理由がある。こういった「報復」も考えて今後は
行動しなければならない訳か。近づく人間には最大限警戒しなければならない。
彼女にどう言おう・・・誤ったところで済む話ではない。そしてこの状況、おそらく
話をまともに取り合ってもらえるような状態ではないだろう。俺は自分のカバンを
肩に掛け、ドアの前に立つ。
「・・・・・・その・・・・・・・・・・・
・・・・・・ごめん・・・・・・・・・・・・・・・」
かける言葉が見つからなかった。どのような言葉も、
俺の口から出た言葉は、彼女の耳には届かないだろう。
ドアを開き俺は振り返ることなくこの場を去った・・・
ドア越しから聞こえる怒号がビル全体に響く・・・
「殺してやるッ!! 絶対に殺してやるからなッ!! 兄さんを殺したお前をッッ!!
一生追い掛け回してやるッ!! どこにいても必ず見つけて殺してやるからッ!!
お前だけはぜっっっったいにゆるさぁなああぁぁぁぁいッッッッ!!!!!!!!」
ビルの外にも響く彼女の声は、暗い夜の中をざわつかせた・・・・
このまま放って置いて良いのだろうか? 助けるべきだったか? いや・・・
動けぬ今に止めを刺すべきだっただろうか? どれが俺にとっての最良の選択肢だったのかは
わからないが、ここを去る時、また彼女に会うだろうと・・・・
そんな気がしていた。




