第二十六話
しばらく無言のドライブが続いた。助手席には先ほど会ったばかり、見ず知らずの
女の子が一人。こういう時どういった話題を振るべきだろうか・・・。
何やら気まずい空間になっている。とりあえず名前から聞いてみるか。
「君・・・名前は?」
・・・恥ずかしがっているのか、話したくないのか、俺の声に帰ってくる返事はない。
もしかしたら名前がわからないのか? 俺みたいに。 過去の記憶が曖昧になっている。
だとしたらこの話題はまずかったか・・・
「・・・ご・・」
俯きながら小さな声でなにか聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・・・ちご・・・・・・・ほしのみやきいちごって言います」
・・ほし・・ん? なんだか返答に困る名前だな。かなり偽名臭い。が、まぁ仮に
偽名だったとして、支障は無い。俺なんて偽名すらない状態だ。俺は笑顔で答えた。
「へぇ~、かわっ・・可愛い名前だね。」
彼女はこちらを向き、ニコッと可愛らしい笑顔を向ける。・・・・いいね。これ!
運転しながら、俺は気分が少し高揚していた。こんな殺伐とした中にあって
こんな嬉しいことがあるだろうか。
いや、無い!!
彼女をよく見ると服のあちこちに血がついている。
「その血、何処か怪我してる?」
彼女は首を横に振る。怪我をしている訳ではない。となると返り血か何かか?
まぁここまでの経緯は想像に固くはない。俺もいろいろあった。危険の一つや
二つを回避していれば、それくらいはあるさ。
「一つ、お尋ねしてもいいですか?」
「うん! なんでも聞いて!」
彼女は俺に質問があるようだ。
「この車、あなたのですか?」
一瞬、彼女の声のトーンが低くなった。
なんだってそんな事を聞くんだ? と、一瞬思ったが
この荒廃した世界で、車を運転してるってのは、確かに珍しいだろうな。
ただでさえ移動には苦労する。聴きたくなる気持ちは最もか・・・
・・・だがまずい。 真実は言えない。 なんとか誤魔化さないと。
「あ~、この前、地下の駐車場に行った時に偶然見つけたんだ。鍵もつけっぱなし
だったし、ガソリンも少し入っていたから・・まぁ・・運が良かったんだよ!」
嘘は言っていないよな。うん。一人納得しつつ、彼女の顔を見る。
彼女は優しい笑顔だ。これは彼女も納得してくれたようだ。良かった。
しばらく他愛のない談笑を彼女とした。なんというか、久しぶりの人間との
まともな会話。しかも可愛い女の子だ。これはテンションが上がる!
夜も随分遅い。俺は何処か安全に宿を取れる場所はないかと、辺りを見回しながら、
運転を続けていた。そこに見えるひとつの建物、あそこはどうだろうか?
車を止め、中の安全を確認しに行く。
「俺が安全かどうか見てくるよ。きいちごちゃんはここで待ってて!」
彼女は頷き、車の助手席に座ったまま、俺に手を振ってくれた。
あぁ・・胸が高鳴る。 よし! 気合も入った! しっかり確認して
安全を確保するぞ!! 今までにない気持ちで、俺はビルの中を進んだ。
・・・どうやら何も居ないらしい。
打ちっぱなしのコンクリート壁、工事途中だったのか、所々鉄の配管や骨組みが
露出しているが、雨風は防げる。これなら寝ても、凍える事はないな。
俺は車に戻り、彼女を呼んだ。
俺は食料品の荷物を抱え、ビルの中に彼女を案内する。
俺はその中の一室。荷物を置けば、すこし狭目の場所だが、扉ある部屋だ。
ここでとりあえずはいいだろう。
「あの・・・私、ここの所、あまり食べ物を口にできていなくて・・・」
自分は空腹であることを俺に言ってきた。元より、俺がこの食料をここに
運んで来たのはその為だ。
「ちょうど良かった。ここに缶詰があるんだ。よかったら食べてよ!」
俺は意気揚々と缶詰をダンボールの中から取り出す。そして彼女の前に
二個、三個と並べていく。それを見た彼女は笑顔になり、いただきますと言った
後、缶を開け、頬張り始めた。 食いっぷりがよく、かぶりつき、口で引きちぎり
ながら食べている。どうやらよっぽど飢えていたらしい。
「あ・・水も・・」
俺が差し出すと同時に、俺の手からペットっボトルは消えて、彼女の口元に
流れ込んでいた。慌てなくてもゆっくり食べても、構わないのだが。
そうこうしている間に、彼女の手元にあったパンの缶詰はなくなっていた。
食べ終わった彼女だが、まだ物欲しそうにダンボールの中を見ている。
「足りなかった? だったらもう少し・・・」
「ほんと!? ありがとう!!」
俺が言い終わる前に、彼女の感謝の言葉が遮り、ダンボールの中に手が伸びる
パンの缶詰だけでなく、他の取っておいた缶詰、そして卵スープのフリーズドライ
された塊すら、まるで麩菓子のように、パリパリかじり始めた!
正直唖然としてしまい、しばらく彼女が食べ終わるのを見ていた。
「・・・ぷは~~~・・・・・・・・・お腹いっぱい!」
そりゃそうだろうな。ダンボールにあったパンの缶詰、他の缶詰、それに
卵スープの元まで、ほとんど残っていないくらい食べたんだから・・・
水以外の全てを食べ尽くされてしまった。明日の食料どうしよう・・・
そんな事で、すこし肩を落としていた俺に、彼女が立ち上がり、そして
俺の隣に寄り添うように座った! 彼女の肩が、俺の肩に触れる。
厚手の服の上からでも、微かに伝わる暖かさ。柔らかい感触。
あぁ・・・・これは・・・もぅ、あれじゃね?! いけるんじゃね!!?
そんな邪な考えが、よぎりながら、俺はこの瞬間に幸福を感じていた。
この後の展開なんて・・・
想像すらしていなかった。




