08. くまさんと別れ そして…
みぃちゃんの家に無事に帰ってこれたくまさん。しかし、みぃちゃんは出掛けたきり帰ってこないようです…
月明かりで目が覚める。
「…あれ?」
みぃちゃんは、夜になっても帰ってこなかった。というか、家に人気がなかった。
「みんな、帰ってこないの?」
そういえば、みぃちゃんのお父さんはどこに行ったんだろう。昨日も帰ってこなかった。
それに、昨日のみぃちゃんのお母さんの電話の相手は誰?
クローゼットの中で過ごした数年のうちに、何か大切なものが変わってしまった気がした。
よいしょ…っと。
床に降りて、クローゼットを開けた。
「おーい」
他のおもちゃたちに声をかける、が返事はない。
「誰か、他の付喪神はいない?」
しーん。やっぱり僕以外に付喪神はいないようだ。外では二人も付喪神に会ったのに。
また机の上に戻って、眠りについた。
※※※
ドタドタドタッ
大きな足音で目が覚めた。バンッとみぃちゃんの部屋の扉が開けられる。
窓の外はまだ暗かった。というか、何日か経ったんじゃないだろうか。
入ってきたのはみぃちゃんのお母さんだった。怖い形相をしている。
「…っ、忌々しいぬいぐるみね…」
僕を見るなりそう言って、首をがしっと掴まれる。痛い。
「これも燃やしてしまいましょう」
え、燃やす?僕、燃やされるの?やばい。
でも、動くわけにはいかない。覚悟を決めた。最悪、走って逃げよう。
「…っ」
みぃちゃんのお母さんをこっそり見上げると、みぃちゃんのお母さんの頬に光るものが見えた。鼻水をすする音もする。
え、泣いてるの?
「もっとあの子に、優しくしたら、出来たら良かった…」
みぃちゃんのお母さんがそうつぶやいたのが聞こえた。
どうしたの?そう聞きたかったけれど、我慢する。首をギリギリと握られながら、僕はまた眠りについた。
※※※
目覚めると、外は明るくなっていて、どこか知らない室内だった。
知らない人たちが沢山いる。皆一様に黒い格好をしていた。
あ。みぃちゃんのお母さんとお父さんだ。二人は椅子に座りこんでいた。
何やら話しては立ち上がって口論し、またへたりと座りこむ。
「みぃちゃんはどこ?」
僕はこっそりキョロキョロして、みぃちゃんの姿を探す、が見つからない。
黒い格好をしたおばさんたちがこちらに来て、何やら話を始めた。
「…この子も可哀想よね、親があんな…で、おまけに…」
おばさんの一人が僕を見ながら言う。
思わず後ろを振り返ると、みぃちゃんの写真があった。他にも、みぃちゃんとお母さんとお父さん、三人で笑っている写真もいくつかあった。どれも昔の写真だ。
一枚だけ、新しい、大きくなったみぃちゃんの写真があった。制服を着て、青い背景。真顔で楽しそうじゃない。
「昔はチカコももっと違ったのにねえ…」
「そうそう…そして事故で娘を亡くすなんて…あの子もチカコも、可哀想だわ」
はっきり聞こえた。娘を、事故で、亡くす、と。
鳥さんの言葉を思い出す。
『どうか、どうか、出来る限り…チカコとみぃちゃんを…見守ってやってくれないか。助けてやってくれないか。』
つまりチカコとは、みぃちゃんのお母さんのことだ。じゃあ、チカコの娘は?
嘘だ、嘘だ。みぃちゃんはひとりっ子だ。まさか、まさか!
机の横を恐る恐る見る。細長い、大きな箱があった。
そして、そしてそこには…
花に囲まれた、みぃちゃんがいた。
嘘だ!
みぃちゃんに駆け寄る。幸いなことに、おばさんたちは僕に気が付かなかった。
箱の中に飛び込む。みぃちゃんを見ると、眠っていた。
僕は恐る恐るみぃちゃんの顔に触れた。
ひやり。
とても、冷たかった。僕は怖くなった。
「みぃちゃん」
声をかける。みぃちゃんは眠ったままだった。
みぃちゃんは、もう、二度と目覚めないんだ、と僕はわかった。みぃちゃんは、死んでしまったのだと。
別れはいつも突然だ、と鳥さんとの別れで知った。まだ鳥さんの一度しか「死」を目の当たりにしていないけれど、ストン、と本能的にわかった。
呆然とその場でみぃちゃんを見つめる。いくら見つめたって、みぃちゃんは、動かない。
※※※
気が付くと僕は外に走り出ていた。何をしたいのか、何もわからなかった。でも、走っていた。人目も気にせず、一心不乱に。
みぃちゃん、みぃちゃん!
声にならない声を上げながら、僕は走った。ここがどこかなんて、初めからわからなかった。ぬいぐるみの僕の体力は尽きなかった。
「うっ」
こけた。小石につまずいた。
「うわーん!」
その時何かの糸が切れたように、僕は大声で泣き出した。人は誰もいなかったし、あたりは霧でおおわれていた。
寂しくて、辛くて、歯がゆくて。
どこからわき出てくるのかわからない水分と闘っていた。
その時だった。
「…助けてあげようか?」
懐かしい声がした。僕の背後から。
顔を上げて、振り返ると、誰もいなかった。思わず涙も引っ込んだ。
あたりの霧は晴れ、見渡すとそこはみぃちゃんの家の玄関前だった。
空はさっきとは打ってかわり暗かった。
あれ?
違和感を感じた、その時。
「きゃあァァァァー!!」
目の前ではみぃちゃんのお母さんが腰を抜かしていた。
「なんで…捨てたのに!あと何か綺麗になってるし!」
あれ?何でみぃちゃんのお母さんがここにいるの?それにこの台詞、聞き覚えがある。
すると、目の前のドアがガチャリと開いた。
時が止まったような感覚だった。これほど愛おしいと思う瞬間はないと思うほどに。
そして僕は目を疑った。だってそこには──
「何でくまさんがこんな所にいるの?」
──元気なみぃちゃんがいたんだもの。
第一章「TURN1」完です。
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