03. くまさんはのぼせた
テディーベアによるタイムリープ物語、第三話です。
神さまのゲンには何やら思惑があるようで…?
「うわあ!すごい!」
ゲンに連れられて浴場に行く。
お風呂は露天風呂になっていて、外の風景はやっぱり霧で見えないけれど、とても広くて風情があった。
「僕、みぃちゃんの家にいたときには洗面台でお洋服の洗剤で洗われてたの」
脱衣所でおしりのガムと格闘しながらゲンに言った。
「そうか、じゃあ人間風の風呂を楽しむと良い」
ゲンはそう言うと、「じゃあ、ごゆっくり」とにっこりして脱衣所の扉をカラカラと閉めた。やっぱり薄っぺらい笑顔だ。
※※※
「現さま」
あのぬいぐるみを浴場に送り届けて帰ってきた現さまに声を掛ける。
「どうかしたかい、紺?」
現さまは優しく笑ったが、あまり暖かみのない笑顔だった。いつも私は、少し怖い。
「あのくま、いかがされるおつもりで?」
「ああ、彼ね」
先ほどから現さまは何かの術を試しているようだった。手のひらにバチバチと雷のような術を出している。
「付喪神なんてろくなものじゃないだろ?」
現さまの言葉に心臓がキュッと締まる。私だって、稲荷像の付喪神なのに。
「しかも彼、元の持ち主に未練があるようだしね…返答次第では消そうかと」
「…」
「付喪神なんてね、人間の気まぐれで生まれたモノなのさ。だのに、人間は飽きやすいからね。忘れられて…元の所有者を縛ろうとする。そんなものなら…いない方がマシだろ?」
現さまはニィッと笑われた。先ほどとは違い、本心が含まれていたが、私は嬉しくなかった。
「では、浴場にでも罠を仕掛けられたのですか?」
あのぬいぐるみは楽しそうに現さまについていった。騙し討ちされるのは、なんだか可哀想だ。
「いや?それは只の善意だけど。彼、汚かったし」
…本当に掴めないお方だ。
「ま、君には関係ない話だろう?気を落とさないでくれたまえよ」
そう言って現さまは私の頭をポンと撫でた。
「…はい」
いつも、少しだけ、もどかしい。
※※※
「いい湯だ・な~」
浴場には湯船しかなかった。思い切ってそろりと入ると、深さは僕に丁度良かった──というのもおかしな話だが…。
そして温泉は気持ちが良かった。
気が付くとあんなに取れなかったガムは取れていたし、黒くなっていた手の毛は、元のふわふわに戻っていた。へたっていた綿も、少しふっくらした気がする。
「僕、付喪神ってやつなのか」
誰に言うでもなく呟く。露天風呂なのによく響いた。
そう言えば、前に鳥さんも──
「湯加減、どうですか」
背後からの声に、思わずのけぞる。
「あっ…コン、だっけ?」
「はい」
振り替えると、コンがいた。桶を抱えている。
「名前って…狐だから?」
コンの頭には髪の毛の紺色と同じ色の狐耳が生えている。よく見るとしっぽも生えている。ふと疑問に思って訊いてみた。
「…」
「あっ、答えたくないなら良いんだけど…」
「…元々は一組の稲荷像に、それぞれの前掛けの色の名前をつけて頂いたのです」
コンは少し嬉しそうだった。それを見て、僕も少し嬉しくなった。
「つけてもらったって、ゲンに?」
僕はふと訊いてみた。
「いえ…違いま…あれ…?」
コンは混乱しているようだった。しばらく考え込む。
「でも、私たちの名前は…稲荷像たちの前掛けの…あれ?」
「なら、ゲンも元は稲荷像の付喪神だったんだ?」
そう僕が尋ねると、
「いえ、現さまは元から神さまです」
とコンは即答した。コンは考え込む。
「あれ…?」
「まあ、わからないなら大丈夫。僕、いつから心があるかとか、わからないもの」
「付喪神とは、そういうモノですよ。私もですから」
コンは考えるのをやめたようで、すこし顔が明るくなった。
「でも、何か記憶に靄がかかっているような気がするんです」
「僕はみぃちゃんのこと、はっきり思い出せるよ」
自慢げに言って、また悲しくなった。みぃちゃん、なんで僕を捨てたんだろう。
「あの、くまさん…あ、お名前合ってますか」
「うん、僕、くまさん!」
元気よく答える。
「あのお方──現さまは貴いお方です。敬語をお使いください。」
本題はこちらなのです、と付け足す。
「…別にゲンは言ってこなかったよ」
「現さまは寛大なお方なので…他の神さまは、そういう訳にもいかない方もいらっしゃいます。」
「ふうん、わかった…じゃあコンは僕に敬語を使わないでね」
僕はコンを見上げて言った。ずっと敬語を使われるのは、少しくすぐったい。あと、寂しい。
「…はい、いや、うん!」
コンは嬉しそうだった。しっぽもフリフリしている。
でも、しばらくして、何かを思い出したかのようにコンは深刻な顔になって言った。
「でも、気をつけて」
「え?」
「あまり元の持ち主に執着すると──よく思わない方がいらっしゃるの」
「…ゲンが?」
「…この神社の本殿には、現さまの、お母君がいらっしゃるの。ご子息の現さまにも、厳しいようなお方なのよ」
え、ここ、本殿じゃないの!?
コンは何やら大事そうなことを言っているけれど、僕にはそのことに驚きすぎた。こんなに広いのに。
「だから…気をつけて」
「ありがとう」
コンは僕のために、気を遣って来てくれたのだ。嬉しかった。
「じゃあ僕たち、友だちだね!」
僕が言うと、コンは頬を赤らめた。
「うん…!嬉しい!」
※※※
コンと話しすぎて、僕はのぼせた。こんな経験、今までになくてふらふらする。
でも、さっきゲンが出してくれた鏡を見ると、まるで別人…別ぬいぐるみのようだ。糸のほつれまで、無くなっている。新品みたいだ。
「温泉はどうだったかい?」
ゲンがいつの間にか後ろの椅子に座っていて、訊いてきた。相変わらずの笑顔を張り付けている。
「すごく気持ち良かった…です」
さっきコンに言われたことを思い出して敬語にする。すると、ゲンはふふ、と笑って言った。
「紺になにか吹き込まれたかな?でも、大丈夫。僕にはタメ口で良いよ。」
「本当!?…おっと」
足元がふらつく。本当に、のぼせてしまった。
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