02. くまさんは駆け出した
テディーベアによるタイムリープ物語、第二話です。
僕はこうして心だけでなく「動く力」を手に入れ、ゴミ置場から脱出した。頭にバナナの皮がついていたから、手で振り払った。
みぃちゃんめ…と考えれば考えるほど憎しみが募る。僕はこんなにみぃちゃんが好きなのに。何年も押し入れで待っていたのに。
一番じゃなくても良いんだ。押し入れでずっとまた再び遊んでもらうことを夢見る日々だって悪くは無かったさ。ずっと待ってた。それなのに…捨てるだなんて!
怒りに任せて、あてもなく彷徨う。
チリン
小さな鈴の音が聞こえた気がした。
ふと立ち止まって周りを見渡す。
「ここはどこだ」
動けた喜びもあって歩きすぎた。自分の現在地を見失ってしまった。
辺りは霧がかっている。
上を見上げると、大きな赤い柱がそびえ立っていた。周りを見渡すと、もう一本同じ赤い柱があった。
「なんだか、居心地がいいな」
不思議な空間だ。
柱と柱の間は居心地が良かった。心が穏やかになるのを感じる。なぜだろう。
しばらく柱の間を往復して、ふとこの柱の向こうはどうなっているんだろう、と思った。ここと同じで、居心地が良いのだろうか。
勇気を出して一歩踏み出す。構えたより、難なく入れて思わずよろけて転んでしまう。
「いてて…」
立ち上がるのに苦戦していると、人影が近づいてくるのに気がついた。
「おや、何かと思えば付喪神か。おぉ、念動力を持っているのか!珍しいね」
人がそう言いながらしゃがむ。
「立てるかい?」
見上げると、朱色の着物を着て長髪を後ろでくくった──男性が手を差し伸べている。
「ありがとう」
手を借りて立ち上がると、男性が言った。
「うち、寄ってくかい?」
くい、と手を奥にやる。
「見たところ、行く宛もなさそうだ」
む、と少し腹が立ったが、僕に行く宛がないのは事実だ。
柱の先──さらに広間を抜けると、大きな社があった。
新しいような古いような、柱と同じで不思議な空間だ。進めば進むほど霧が濃くなる。
「大きいね」
と僕が言うと、男性は「そうかい?」とだけ返した。意外に素っ気なくて、少し驚いた。
「お帰りなさいませ」
「や、ただいま」
社に入ると、そこには男性と色違いの紺色で柄が似ている着物を着た女の子が迎えた。背丈は昔のみぃちゃんよりも少し大きい。狐耳が生えていた。
「そちらは?」
「そこで会った付喪神だよ」
「そこで?…あそこは普通には…」
「まあまあ、良いじゃないか」
二人はなにやらひそひそ話していたが、僕にはよく聞こえなかった。
社の中は見た目よりも広いようで、道路が何車線かあるのではないかと思うような幅の広い廊下があった。
しばらく歩くと、いくつもの襖が現れる。男性はそのうちの一つを迷いなく開けた。
「はい、そこに座って」
「…うん」
言われるがままに小豆色の座布団上に座る。僕には丁度良い大きさの座布団だった。
部屋の中も不思議な感じだった。暖かいような、冷たい風が気持ちの良いような。
コンコン、と男性が机を叩くと、ゴトリ、と目の前にお茶が現れた。湯飲みの大きさも、僕に丁度良い。
「さあ、召し上がれ」
「…僕、飲めないよ。ぬいぐるみだから…」
お茶を向こうに押しやる。カタカタ、と小さな音が鳴った。
「そうか、失念していたよ…君の依代は飲食をしないのか」
男性は少し残念そうだった。そしてまたコンコン、と机を叩くと、お茶は消えてしまった。
「あなたは誰?」
僕は思い切って尋ねてみた。男性はきょとん、とする。
「…あぁ!自己紹介を忘れていたよ!私は現。こんなんだけれど、一応この神社の神なんだ。」
衝撃の事実。男性──ゲンは、神さま。目をぱちくりする。
「さっきの子は紺。君と同じ…付喪神だね。まあ格が違うけど」
格が違う?また少しむっとした。
「ああ、気を悪くしないでくれ。そもそも君のような存在が稀有なんだ。大体の付喪神は神か──それに近しい存在の所有物とかしかならないんだよ」
ふうん、と頷く。僕って珍しいのか。
「君は見たところ野良の付喪神だね?」
「野良って?」
「所有者のいない付喪神だよ」
少し悲しくなった。みぃちゃんのことを思い出してしまう。同時に、怒りと憎しみも。
「そうなった経緯を教えてくれないか」
ゲンは優しく微笑んだ。だから僕は、僕がみぃちゃんの宝物だったこと、そして昨日捨てられてしまったことをざっくり話した。
「そうか…それは悲しいね。そこで質問だが…君は彼女を恨んでいるかい?──呪いたい、とか」
どきっとした。僕は…みぃちゃんを恨んでいるんだろうか。怒りや憎しみは、確かにあるんだけれど…みぃちゃんの不幸を願っているんだろうか。
ゲンが黙っている僕を見て困ったような顔をした。
「すまない、困らせたね」
「ううん。考えてみて…僕は…またみぃちゃんに遊んでもらいたいなって思った」
僕は答えた。僕はまた、みぃちゃんと遊びたい。一緒に寝て、みぃちゃんが泣いているときは励ます。僕の声が届かなかったとしても。
「そうか」
ゲンはそう相づちを打つと、立ち上がった。
「さ、風呂でも入るかい?うちには温泉があるんだ」
ゲンが指をパチンと鳴らすと、ゲンの手にふかふかのタオルが現れた。
「僕、濡れちゃうと中々乾かないよ」
と僕は言った。
みぃちゃんの家に居たときには、年に一回お風呂に入って汚れを落として、一日かけて乾かしていた。
すると、
「君、自分の姿を見てごらん」
とゲンに言われた。
ゲンは今度はトントン、と足を鳴らし、床に鏡が現れた。
「うわっ」
僕は本当にひどい姿だった。茶色くふわふわしていた毛は黒くなり、固まっていた。糸はほつれ、おまけにお尻にはガムがついている。
「乾くまでうちに居ると良い」
ゲンはまた優しく笑った。少し、薄っぺらいな、と思った。
《次回予告》くまさん、お風呂に入る!
ゲンには何やら思惑があるようで…?
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