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伝奇ゲーム世界の必ず死ぬかませ犬に転生したオタクが生き延びる方法【カクヨムジャンル別ランキング日間1位】  作者: ビッグベアー
第七部 オタクと世界

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第209話 愛なくば立たず

 先ほどまでの喧騒が嘘だったように、円形体育館は静まり返っていた。


 戦いそのものが中断されているというのもあるが、なにより、アオイの言葉にありとあらゆるものが聞き入っているためだ。

 ギャラリーだけじゃない。音や空気、光でさえも彼女の邪魔をしてはいけないとそう決めたかのよう。かくいうオレも、ただただアオイの愛に救われているだけだ。


「私は、貴方が好きです。愛しています、道孝」


 アオイの声が心中に何度も響いている。脳内HDDに保存どころの話じゃない。

 どんな宝も足元に及ばないほどの尊きものがオレの魂に焼き付いた。この光景は、この言葉は、この愛は例えオレが百万回生まれ変わったとしても薄れることなく残り続ける。


 けれど、同時に思う。オレなんかには身に余る幸福だと、オレにこれを受け取る資格なんてないと。


 今までは、この声を優先してきた。それが『オタク』としての正しさだと信じてきたからだ。

 でも、今は別の正しさが、いや、別の望みがある。オレはこの愛に応えたい、ほかならぬオレ自身のために。そうしたいという理由だけで道理を曲げる。


「――オレも、だ。オレも、君が好きだ」


 そうして、初めて、本当の意味で初めて、オレは本心を口にする。

 オタクとしてだけじゃなくて、男としてただ君のことが好きだ、と。


 ああ、なんてことだ。普段は何でも理由を付ける癖に、今回ばかりは理由が思いつけない。

 だってしょうがないだろ。一目惚れだったんだ。理屈どころか過程さえない。どこかの誰かが言っていた通りだ、一目惚れなんてのは奇襲攻撃と同じだって。身構える暇さえない。


 でも、オレにとってはこれでいい。今にも崩れそうだった自分はいつのまにか息を吹き返して、身体には力が籠った。


「――ふ、ようやく素直になりましたか。ま、まったく手の焼ける人……」


 対して、アオイはオレの告白を平然と受け止め、られてはいない。

 必死で平静なフリをしているが耳まで真っ赤なうえに、こっちを正面から見られずに視線が彷徨っている。


 う、うおおおおお……! なんて、なんて――!


「かわいいんだ……! 宇宙一だ……!」


 「――っ!? そ、そうでしょうとも……! そんな女性が妻なのです……! 貴方は天と私に感謝すべきですね」


「ああ、してるさ。どんな時でも君を想っている」


 もう遠慮の必要もないので心からの言葉を口にする。

 気恥ずかしさがないわけでもないが、それ以上になんだか清々しい。こういうのもたまにはいいもんだ。


「そ、それでいいのです。でも、そうですね。せっかくですから、その気持ちを行動にしてもらいましょうか。具体的には、キスとか、それから子供の方もですね、できるだけ早めに――」


 アオイの方も素直になっている。というか、ちょっと素直になりすぎかも。

 いやまあ、その、こっちとしても受け入れる覚悟はしたわけだし、断る気はないんだけども、そのあれだ、心の準備をしないと心臓がドキドキで破裂しかねない。それくらい、アオイが好きだ。


 けれど、その前に――、


「――ずるいですわ!」


 その声が沈黙を破った。

 リーズリットだ。観客席で建ち上がり、こっちに向かって全力で抗議していた。


「説得のためと黙っていましたが、もう限界です! 抜け駆けはしない約束でしてよ!」


 びしっと指さしたことで大きな胸が揺れる。

 ……そういや、みんなにも聞かれていたんだった。アオイとの戦い、そして、その後の告白のせいですっかり意識から吹き飛んでいた。

 

 …………いかん、すごく恥ずかしくなってきた。それに、リサ以外の面子には転生者だとは隠したままだったから、それも気になる。我ながら身勝手かつ贅沢だとは思うが、誰か一人にでも拒絶されたら……正直、めちゃくちゃしんどい。


「そ、そうだぞー、さ、さすがにそれはよくないぞー、アオイっち。そ、その、ここでいきなりなんて、れ、レベルが高すぎるし!」


「ふぇぇぇ山縣さんも蘆屋君も、だ、大胆なんだね……こ、これが大人の世界なんだね……み、見られててもいいんだ……」


 と、思いきや山三屋先輩と凜がとんでもない勘違いを始めている。

 いや、よく考えると誤解じゃない、のか? で、でも、さすがにこの場ではしないぞ。腐ってもオレはオタクだ。アオイに相応しいシチュエーションとタイミングじゃないとさすがに納得できない。


 例えば、そうだな、こう月明かりに照らされた浜辺とか……って野外じゃないか。思考が毒されてるぞ。


『…………不潔ね。ふしだらで不潔。ドン引きよね、彩芽』


「まあ、盈月みつきったら。お兄様の特殊性癖は今に始まった話じゃないでしょ? さ、お兄様、記録準備はばっちりです。あと、早く結界を解除してくださいませんか? 混ざりたいので」


 妹2人もいつも通りのノリだ。彩芽は早くその手に持っている高性能カメラ付きのスマホを降ろしなさい。お兄ちゃんはそんなことに使うためにスマホを買ってきたんじゃないぞ。もっとこう健全にソシャゲとかしなさい。


 ある意味まともなのは呆れている盈月と式神をとおして観戦しつつツッコミを入れてくれているであろう盈瑠みちるくらいのものだ。

 あとは恥ずかしそうにしつつもこちらをガン見している谷崎さんとそんな谷崎さんに萌えているリサもいる。しかし、リサの方は谷崎さんに萌えつつも、どこか心ここにあらずといった印象も受ける。


 ……まあ、それも当然か。

 オレの転生者としての事情は理沙にとっても他人事じゃない。ましてや、彼女とオレは前世からの知己なだけではなくオタク友達、ハラハラしながら見守ってくれていたのだろう。


 …………さて、改めてだが、オレも年貢の納め時だ。

 ここまで来て逃げることはできないし、逃げてはいけない。たとえそれでどうなったとしても。そう思えるだけの勇気をアオイがくれた。


「みんなに、聞いてもらわないといけないことがある。聞いてくれ」


 だから、全てを話す。それがただの自己満足にすぎないとしても、誠実さとはそういうものだ。



 それからオレはみんなに、オレのことを洗いざらい話した。覚えている限りのことを、罪の告白のように淡々と打ち明けた。

 といっても、実のところ前世についての記憶は正直まだらだ。欠落も多いし、正確かも判断しようがない。

 

 一番ひどいのは、オレ自身のアイデンティティの部分だ。自分の本名や容姿、細かな経歴について改めて思い出そうとしてみてもできない。

 虫食いだらけの本を読んでいるのと同じだ。文意そのものは理解できるし、情報を読み取れないこともないが、重要な部分が抜け落ちている。


 一方で、『BABEL』に関する知識や思い出は克明に記憶している。原作知識やリサことゴールデンひまわりたちとの思い出、あるいは『BABEL』の世界や登場人物に対する愛にはいささかの欠落もないと断言できる。


 ……改めて考えると、不思議な現象だ。

 リサはオレと比べて前世のアイデンティをより鮮明に記憶している。また、転生者としての種別は別でも『ミコタアケコ』は八百万やおよろずともいえる輪廻ループを完璧に覚えている。


 なのに、オレの記憶にだけ明確な欠落がある。

 ……なぜだ? 前世へのスタンスの違い? そんな感情的な理由か? あるいは、ほかに原因があるのか?


 …………この答えを知っている人がいるとすれば、ただ一人だ。でも、その人はこの場にはいない。いずれ尋ねる機会があればいいんだが……、


「つまり、貴方は別の世界からの転生者で、この世界やわたくしたちのことをその、あどべんちゃーのべるげーむ? を通じて知っていた、とそういうことですね」


 オレが話し終えると、リーズリットがそう纏めた。

 いつも通りの端的な理解だ。ありがたいが、自分の醜さを要約されているようで残酷でもある。


「そして、貴方はその知識を活用して、わたくしたちや世界を助けるべく動いていた、と。なら、問題ありませんね。貴方はわたくしたちの知る蘆屋道孝です。前世があろうとなかろうと、貴方はそういう人だとここにいる全員が知っていますわ」


 そんなオレの思いとは裏腹に、リーズの言葉は続く。アオイと同じように、彼女はオレの秘密なんてものは気にも留めていない。

 気遣いや嘘ではなく、リーズにはそういう強さがあるとオレは知っていた。


「ぼ、僕、ほかの世界だと男の子だったんだ……! し、しかも、すごい女たらし……!」


「だ、大丈夫? 土御門くん。ほ、ほら、それだけかっこいい人だってことだよ、その、たぶん……」


 一方で、別方面の強さを発揮している二人もいる。


 凜は、別世界の自分のことでショックを受けている。困り果てて天を仰いでいた。

 別世界では男だということはまだいいとして、その男版の自分が場合によってはモテモテハーレム男だということを話したのはよくなかったかもしれない。ついつい、話過ぎてしまうのはオタクの悪いところだ。


 そんな凜の背中を谷崎さんがさすっている。原作でのカップリングも至上だが、これもまたよきものだ。


「今更ですね。ある日を境にお兄様が別人になられたことなんてこの彩芽にはお見通しです。その上で、お兄様と呼んでいるのです。なのに、それほど気に病まれるなんてお兄様ったらかわいい」


『……大体あれで隠せてると思ってるのが不思議よね。それに蘆屋の当主なんて人でなしくらいでちょうどいいでしょ。少なくとも、この人でなしは裏切らないわけだし』


 妹2人に関しては、前々から察しがついてたのはこっちとしてもわかっていた。だから、この反応にも頷ける。

 ちなみにこの場にいない親族の盈瑠もそれは同じらしい。紙の人形ひとがたの式神が『右に同じく』とメッセージを投影していた。


 …………彩芽と盈月はともかく盈瑠としては相当複雑なはずだ。あいつはオレになる前の蘆屋道孝のことを慕っていたんだから。

 ……折を見て、もう一度きちんとアイツとは話さないと。


『ね。だから、言ったでしょ。貴方は貴方が思っているよりもずっと、たくさんのことをしてきたって』


『……ああ、今ならわかるよ』


 最後に、リサが念話を送ってくる。

 そうだった。リサは前世の頃からオレの後ろ向きなところをただしてくれていた。シンプルで厳しい言葉でもあったけど、それに幾度となく励まされてきた。


『貴方は自分で思うよりもずっと多くの人の心の中にいる。たとえ声も知らない、文字だけの関係でも。ずっとずっと、多くの人の心に貴方はいる』


 記憶が脳裏をよぎる。

 そうだ、人と人が関わり合うっていうのはそういうことだ。良くも悪くもそうなんだ。


 だから、命を粗末にしてはいけない。自分のものも、他人のものも、そして、その命の持ち主が死を望んでいたととしても、だ。


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