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伝奇ゲーム世界の必ず死ぬかませ犬に転生したオタクが生き延びる方法【カクヨムジャンル別ランキング日間1位】  作者: ビッグベアー
第七部 オタクと世界

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第207話 秘密

 放たれた必中必殺の一矢。膨大な魔力を圧縮したそれは空間を砕きながら、眼前へと迫る。

 回避は無意味だ。この矢が標的を外すことはない。達人アオイの放つ矢とはそういうものだからだ。


 であれば、受け止めるほかない。これもまた一つの愛の形、逃げるのはなしだ。


 だいたい、『太刀』が変形して『弓』になるなんてわくわくさせてくれるじゃないか。


 しばらく前に刀をメンテナンスに出したと言っていたから、その時に付け加えられた機能だろうか? さすがは異能鍛治の大家『イッポンダタラ』。アオイに遠距離攻撃手段を持たせるなんてチートにもほどがあるぞ。

 それに、変形するの弓だけじゃないと見た。恐らくは太刀も入れて、5つの形態があるはずだ


 しかし、一形態にしてこの魔力の集積率の凄まじさだ。

 アオイは『雷上動らいじょうどう』と言っていたが、おそらくは『源頼光みなもとのらいこう』から孫の『源頼政みなもとのよりまさ』へと受け継がれ、オリジナルの『ぬえ』を撃ち落とした伝説の弓のことだろう。その伝説を再現することで、真作にも迫る権能を再現しているとみた。


  これを受け止めるの容易じゃない。拡張された脳をフル稼働させて、限界まで時間を引き延ばしても思いついた方法は1つだけだった。


「――『真影魔王・山本五郎左衛門』!」


 呼び出すのは形無き影であり、妖怪の王とも称される『山本五郎左衛門』。

 影とは無限の『虚ろ』へと繋がる門だ。その門をオレの前面に展開し、アオイの放った光の矢を呑み込む。


「っ!」


 影の中に落ちたものは際限なく落ちていくのみ。けれど、アオイの放った矢は空間を削りながら進んでいる。となれば、いくら実体をもたない『山本五郎左衛門』といえどもダメージは必至だ。

 

 そのダメージは式神との縁を通じてオレへと伝わる。普段ならばこういった感覚の共有は遮断しているのだが、今回はそうしていない。

 式神の召喚、制御を最速、最短で行使するためだ。いくら脳の性能スペックが向上したと言っても、アオイの速度に少しでも追いつくためだ。


 だが、この程度の痛みになど構ってはいられない。すでにアオイは動いている。


「――側面!」

 

 直感に任せて『城壁童子』で側面をガードする。直後、側面に移動していたアオイが斬撃を振るった。

 

 盈瑠みちるの攻撃をも防ぐ防御壁だが、アオイ相手では一撃もてば御の字。事実、今の一瞬で核シェルター並みの強固さを誇る『城壁童子』が両断寸前だ。

 

 つくづく、怪物だ。アオイに勝てる術師などこの世界には存在しないんじゃないだろうか。

 身体能力だけじゃない。剣士としての技能、剣戟の深度(・・)が違う。


 アオイの斬撃が切っているのは物体を定義する『概念』であり『本質』ともいえるものだ。

 物理的な強度は彼女の前には意味がない。防御も攻撃も簡単に切り裂かれてしまう。


 だから、彼女も勝とうとするならばそもそも切っても意味のないものを用意するか、斬っても斬りきれないものを用意するしかない。


 で、そういうものを呼ぶための下地はすでに整っている。

 すでにアオイの一矢により、『底知らず』の底なし沼としての権能、周囲の水分子の支配能力は喪失してしまったが、できることはまだまだ大量にある。


「『底知らず(スワンプシング)狂瀾怒濤スタンピード』」


 励起させるのは『底知らず』の持つ生命の満ちる『混沌』としての側面。

 つまり、水面から湧き上がるのは無数の『生命』だ。


「これは、スライム、ですか」


 次々と姿を現す不定形の塊を見てアオイが言った。

 さすがの洞察力だ。未知の敵を確認した時点でオレへの追撃の手を止めて、きちんと警戒態勢をとっている。


 だが、ここはオレの『フィールド』。こればかりはいくらアオイでも覆せない。得意分野の問題だ。

 すでに『不定形の生命(スワンプ・スライム)』たちはアオイを取り囲んでいる。『場』を掌握している以上、陣形は自由自在だ。


「この程度で、私を止められるとでも?」


「思ってないさ。でも、時間稼ぎにはなる」


「ほう。試してみましょう」


 そう牙を剥いて微笑むアオイの手元で刀が今度は『大鎌』へと変形する。

 誘先生のもつ『死神の鎌』を連想させる形態だが、由来する伝説はもっと別にある。


 やはり、あの刀の変形できる形態は五つと見ていい。問題はそれぞれの機能だが、さて――、


「ふん!」


 アオイが一息に大鎌を振るう。さすがに刀を振るっている時の威圧感には劣るのものの、その一瞬で彼女を囲んでいた『不定形の生命』は残らずみじん切りにされた。


 なるほど。範囲攻撃か。鎌の持つ『薙ぎ払う』という概念を拡大解釈して付与している。アオイ自身の才能もあるが、この刀を鍛えた刀鍛冶の技量には舌を巻くほかないな。


 だが、範囲は広くとも斬撃だ。概念的に切断されたとしても、『狂瀾怒濤スタンピード』は止まらない。


「これは――!」


 アオイの表情が驚きに染まる。細かく切断された『不定形の生命』たちは切断されたままアオイへと殺到する。

 彼女は高く跳躍して大鎌で迎撃を試みるが、やはり、どれだけ切り付けてもそもそも形を持つ必要のないもの、無数の命から構成されるものには効果がない。


「くっ!」

 

 アオイの両足首を『不定形の生命』が捕らえる。

 さすがのアオイも空中でこうなっては身動きできない。続けて両手をも『不定形の生命』は拘束した。


 これで刀を振るえない、と安心するのは早い。アオイはすでにこれと同等の拘束から脱出している。

 心は痛むが、こうして動きを止めた以上は確実に決着をつける。


「『万物破砕』」


 空中に固定したアオイに対して残った『底知らず』をすべて集積する。

 水分子の支配能力は失われているが、それでも制御を外せばこの円形体育館をまたたくまに埋め尽くす質量がある。それらを凝縮すれば流体製の天体の出来上がりだ。


 名付けて『極星水牢きょくせいすいろう』。水の星そのものを牢獄とするこの術ならば相手が『神域』、あるいは『不可知域』の怪異であろうと拘束可能だ。


「こ、の――!」


 巨大な水牢の中でアオイがもがく。彼女がいかに強くとも肉の体を持つ人間だ。

 酸素の供給が途絶えれば生命活動は鈍化するし、意識も失う。命を奪ったり、後に障害が残るようなことには絶対にならないようにしているが、こうでもしないとアオイが負けを認めないことも分かっている。


 だから、根競べだ。

 アオイの気絶が先か、オレの心が限界を迎えるのが先か。正直、勝てる気はあまりしないが――、


『――あくまで、そういうつもりですか』


「…………どういうことだ?」


 突然、念話が聞こえる。アオイの声だ。

 ……アオイが戦闘中に念話を繋ぐなんて珍しい。ましてや、オレは対戦相手だ。


 …………今更、自分から降参するようなアオイでもないと思うが、一体何を――、


『貴方の戦い(ふれ)方の話です。さっきからネチネチと拘束だの、足止めだので、直接私に触れようとしない』


 念話の声は淡々としている。でも、すごく怒っている。これ以上ないほどに。

 だが、今度ばかりは理不尽だ。


 オレは術師。直接殴り合ったり、斬り合ったりするのには向いていないし、オレのやり方じゃない。

 卑怯だったり、迂遠だったりするのは認めるが、そうじゃない戦い方をしろと言われても無理がある。いくらアオイの言葉でも簡単には呑み込めない。


 しかし、そんなオレの反発心はすぐさま霧散した。


 『――そんなに、私に触れるのが怖いのですか? それとも、そんなにも私を信じられませんか?』


 続くアオイの言葉が、あまりにも切実で、そして、悲しみに満ちていたから、オレは考えることさえ、できなかった。


 強い感情には理屈や道理を通り越して、人の心を動かす力がある。

 これはその典型。オレが、アオイを悲しませている。その事実を改めて提示された瞬間、オレの戦意は膝を屈していた。


 だって、無理だ。これ以上戦うなんて、これ以上アオイを傷つけることなんて、オレには――、


『であれば、信じさせてやりましょう。私の、私たちの力を』


 オレの動揺を他所に、水牢の奥底で陽炎が揺らめく。たとえ水底でも消えぬ熱が、そこにはあった。

 次の瞬間、完璧な牢獄が内側からはじけ飛ぶ。水牢を構成していた『底知らず』と『不定形の生命』が  蒸発(・・)していた。

 

 炎だ。アオイの全身から黒紫色の火炎が噴き出し、水牢を蒸発させたのだ。

 弱点を突かれた。あれには斬撃に対する耐性はあっても、熱、それも呪いの炎に対しては無力だ。


「ふぅ。まったく、水垢離にしてももっときれいな水にしてほしいのものですね」


 アオイは平気な顔をして地面に降り立つ。彼女の顔には余裕の表情が浮かんでいるが、その瞳には紫の輝きが散っていた。


 一目でわかる。先ほどの炎も、この輝きもアオイの血に宿る呪いに由来するものだ。一族に伝染する鬼神の呪いをアオイは完全に制御しているのか……?

 だが、どうやって……? いくらなんでも、こんなこと――、

 

「本番はここからです。貴方の秘密を話す気になるまで、容赦はしません」


「秘密……」


「ええ。秘密です。例えば、貴方が蘆屋(・・)道孝(・・)()あって(・・・)蘆屋(・・)道孝(・・)じゃ(・・)ない(・・)、とか」


 そうして、何でもないことのようにアオイは核心を口にする。

 彼女にとってはただ事実を口にしただけ。けれど、それだけのことがオレの心を砕くには十分すぎるほどの痛手だった。


 知られた。知られてしまった。誰よりも知られてはいけない、知ってほしくない相手に。

 心が寒くなる。背筋が冷えて、足が震える。涙がこぼれるより先に、息が詰まった。まるで、世界そのものが氷になってしまったかのような――、


「――でも、そんなことはどうだっていいんですよ、私は」


 だが、そんなものを吹き飛ばすほどの熱が、頬に触れる。

 気付くと、アオイが目の前に立っていて、彼女の右手がオレの涙をなぞっていた。


 ああ、こんなに辛いのに、こんなに寒いのに、アオイの瞳はどうしようもないほどに綺麗だった。



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