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伝奇ゲーム世界の必ず死ぬかませ犬に転生したオタクが生き延びる方法  作者: ビッグベアー
第七部 オタクと世界

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第199話 選択

 「選択のみがその人間を定義する」というのは一体誰の言葉だったか。

 本来ならすぐに思い出せるのに、ひどい頭痛のせいで記憶がぐしゃぐしゃだ。


 でも、分かることもある。

 『BABEL』の世界においてその言葉は紛れもなく事実だ。シナリオの描写上だけの話じゃない。そもそもの世界ゲーム法則システムがそうなっている。


 『BABEL』はそもそもADVアドベンチャーゲームであり、ADVである以上は主人公である『土御門輪』の選択によって運命シナリオは左右され、可能性ルートは分岐し、最終的には結末エンドが決定される。

 つまり、プレイヤーの選択がその分身ともいえる主人公がどのような人物であるかを決定している。どんな選択をするにせよ、その決定こそが人間性の結実だと言えるだろう。


 であるならば、やはり自分がどんな人間かを決めるのが『選択』だ。

 その選択を示す時が来たのだと、分かった。


「――ここで終わりにするか。続けるか。選択権は君にある」


 彼が、『局長』が言った。『七人の魔人』の一角である彼が口にする言葉の重みは他の存在のそれとは比較にならない。

 局長の言葉は世界に対する宣言であり、確定事項。彼がそう宣言した時点で、実際にオレには選ぶことが許されている。


 ここで終わりにするか、続けるか。それの意味するところもオレには理解できた。

 再現世界に行く前の問答の続きだ。すなわち――、


「今が、『その時』だ。眠り姫の予言をわたしが早めよう。君は今この時に『至高の座』へと至る」


 局長の宣言と同じく世界への確約ともいえる『眠り姫(アリア)』の予言の時期を早め、今この場でオレを『八人目の魔人』へと変える。

 

 不可能としか思えないが局長にはできる。オレが頷きさえすれば、彼はオレを『魔人』にすることができる。

 原理も、方法も、見当さえつかないが、彼が可能だと宣言した以上は可能なのだと確信できた。


「魔術的にはそう難しい話ではないよ。ここには私の再現した世界の終わりがあり、器となりうる三人も揃っている。つまり、予言の日の『相似』だ。ここまでそろっていればあとは私の力で強引に因果を加速できる」


 そこまで言ってから局長は「君もいずれ出来るようになる」と余計なことを付け加える。


 目の前には影の中につるされた巫女田朱子がいる。意識を失った彼女の容姿は間違いなく15歳の、少女だった頃のものだ。

 服装は『99事変』の再現空間で見たのと同じスーツ。なぜ現在の朱子先生ではなく、あの時の彼女がここにいるのか、オレにも分からない。


 1つだけ確かなのはこの『巫女田朱子』が『フロイト』だということだ。

 

 であれば、オレは彼女を――、


「準備が整うまで時間がある。少し話そうか」


 局長は椅子に腰かけたまま、静かに息を吐く。彼らしからぬ人間らしい仕草だ。

 そうして胸ポケットに手をやるとはっとしたように手を止めた。


「ダメだね。こういう時は吸いたくなってしまう。だいぶ昔にやめたんだが……おっと、忘れていた。君に選べと言っておいて、その状態では不公平だ」


 指がなる。すると、澄んだ音が響き渡った。やしろの鈴の音のようなそれを耳にした瞬間、オレの『頭痛』は消えていた。


「痛みは電気信号だ。それを脳で感覚に変換しているだけだ。なら、その変換をやめればいい。感覚の『遮断』は便利だが、取りこぼすものも多いからね。生き物らしくありたいのは理解するが、それで死んでは甲斐がないというものだ」


「……どうも」


 痛みが消えたことで、急速に思考能力が回復する。

 脳に起きている『拡張』は変わらず起きているが、これならどうにかオレのまま、正常に判断を下すことができそうだ。


 もっとも、これからするであろう選択の下地にあるのは、理論も理性もへったくれもない感情論なわけだが。


 余裕ができたことで周囲に目を向けられる。

 ほかの皆は局長が姿を現した時と同じように意識を停止させられている。どうやら例外はオレと巫女田先生だけだ。

 

 再現空間であの赤い老人が、悪魔が姿を現した時と似ている。

 いや、あるいは、これもまた局長の言う相似の一つなのだろう。


「さて。君は事の始まりを目撃したわけだが、何が起きたのか正しく理解しているかね?」


「……巫女田先生が、悪魔と契約して『英雄』を呼んだ。その結果、彼女が『フロイト』になった」


 この目で目にした現象をそのまま口に出す。

 実際にはこの脳はもっと多くの事象を理解しているのだろうが、まだその性能スペックに精神が追い付いていない。おかげでまだ目にしたものを言語化できない。


 ……だが、いずれはできるようになってしまう。

 精神は肉体に引きずられるものだ。脳もまた肉体の一部、その性能が格段に向上した以上、付随する精神もまた変化を始める。


 そうして、人間の枠組みをはみ出していく。

 可能性としては覚悟していたが、いざそのことを実感として突き付けられると心が砕けそうになる。何もかもを放り捨てて逃げられるのなら、そうしてしまいたいと思う。


 でも、そうしてしまうには大事なものがオレには多すぎる。


「端的な報告だ。だが、端的すぎて大事なものを取りこぼしてもいる」


「『過程』、ですか。でも、貴方は知っているはずだ。知っていてあの少女を、あの場に誘導した」


 オレの確認に、局長が頷く。

 その何でもなさに一瞬、思考が沸騰する。目の覚めるような強烈な怒りだった。


 だってそうだろう。

 こいつは二十年前、巫女田先生がどんな選択をして、どうなってしまうのかを予想したうえで送り出したんだから。


「あんたは……!」


「言い訳をするつもりはないよ。私は解体局の局長だ。世界を救うためにはどんな犠牲も払うし、強いる。私は、そういうものだ」


「だからって、部下をあんな……!」


「合わせるとも。私の中には功利主義も含まれている。1を犠牲に100を救えるのなら1を犠牲にするし、100を犠牲に10000を救えるのなら100を犠牲にする。君ならば、それがどういうことか、知っているはずだ」


 だが、局長の告げる『事実』にオレは怒りを向け先を失う。

 『魔人』は人間であって人間じゃない。あくまで彼らはかつて人間であったものだ。我々が垣間見る人間性も失われてしまったものの残像に過ぎない。


 人間としての自由意思はその最たるもの。人間の眼から見れば勝手気ままに見えたとしても、行動も思考も彼らの持つ絶大な力そのものに縛られている。

 局長も同じだ。『局長』は解体局の局長である以上、解体局の局長としか行動できない。そこに個人的な感情や愛着が入り込む余地は一切存在しない。


 もし自由が許されるとしたらそれは『魔人』が『魔人』でなくなるその時だけ。だが、その時は訪れない、オレの知る限り永遠に。


 ……『魔人は要石であり、到達者であり、罪人である』というのは原作での一文だ。

 …………一切の自由意思なくただひたすら役割を果たし続ける。それがどれほどの孤独なのか。そのことを想像した瞬間、局長のことを理解できてしまった。彼はとっくの昔に自分を犠牲にしているのだ、と。


「…………契約の内容は? 彼女は一体、なにを差し出したんですか」


「そうだね。問題はそこだ。私は答えを知っている。でも、口にはできない。だから、確かめたまえ。そのために送ったのだからね」


 『七公会議』による縛りは今も有効だ。だから、局長は『八人目』の、『観測者』の誕生を妨げるようなことは口にできない。

 だが、それは同時に巫女田朱子の交わした契約の内容は『観測者』の誕生を防ぎうる情報であることを意味している。

 

 つまりは、オレの知るべき、求めていた情報だ。


 そうと分かれば拡張中の脳みそをフル稼働させる。

 幸いにも、オタクとしての想像力、知識、妄想力は健在だ。


「…………相手は『魔人』だ。大悪魔との契約だったとしても『英雄』を呼ぶのは簡単じゃない。でも、あるいは、条件を揃えることなら不可能じゃない……?」


 思考を言葉にすると、自分でも意図しないところにまで考察が進んでしまう。

 くそ、すごく妙な感覚だが、今は役に立つから文句も言えない。

 

 ともかく、大悪魔が契約を用いても魔人を、それも『英雄』を呼び出すのは容易ではないはずだ。

 『魔人』を取り巻く因果は常人とは比較にならないほどに複雑に入り組んでいる。ましてや、『英雄』は魔人の中でももっとも縛られた存在だ。1つの契約で呼び出せるとは思えない。


 でも、『魔人』そのものを呼び出すのではなく、現れるための条件を整えるだけならば、難易度は格段に下がる。

 『英雄』の出現条件は『英雄以外の存在には決して救えない状況であること』。決してと言うにはそこにはたとえ一億分の一でもほかの可能性が介在してはならない。


 ……無論、この条件を揃えることも簡単ではない。


 でも、不可能じゃない。

 無限ともいえる数の可能性を一つ一つ捜査して消していかねばならないが、理論的には可能だ。実際、オレと凜はあの祭りの会場、『語り部』の前で同じことをやった。規模ははるかに小さく、導いた因果も些細なものだが、理論的には同じだ。


 …………局長は鷹揚に頷いている。つまり、オレの推論は少なくとも的外れじゃないってことだ。


 これであの『赤い老人』がもたらす結果は分かった。であれば、彼女が差し出したものも推測できる。

 悪魔が契約において求める対価は得られる奇跡と相似するものだ。


「――可能性……? でも、何の可能性だ? どうすれば、場の可能性をすべて消すなんて奇跡が……」


 例え奇跡にも等価交換の原則は適応される。

 あらゆる可能性を消すために自らの可能性を差し出すというのはしっくりくる理屈だ。悪魔なら概念的に干渉することで個人の可能性を閉じることも不可能ではないはず。実際、『運命視の魔眼』は規模こそ違えど同じことをしている。


 問題は、巫女田朱子が一体何の可能性を差し出したのか。そこに彼女が『八人目の魔人』の候補に選ばれた理由があるはずだ。


 八人目の魔人の役割は『観測者』だ。

 そして、観測者が観測するのはこの世界ではない別の世界、マルチバース、あるいはパラレルワールドとも言われるものだと教授は言っていた。


 ……異なる世界とは、異なる可能性でもある。『フロイト』はそれを利用することで『並行世界の自分』と入れ替わることで攻撃を防いでいた。


 あの異能は、『魔人』の候補としての特権で……いや、待て、逆か……? 順序が、逆なのか……?


「八人目の候補になったからあの異能が使えたんじゃない。あの異能があるから、八人目に選ばれた……? じゃあ、契約の結果(・・・・・)並行世界の(・・・・・)自分を(・・・)認識できる(・・・・・)ように(・・・)なったのか(・・・・・)……?」


 答えの一端を口にする。局長の口角がわずかに上がったのは見間違いではないはずだ。


 大悪魔との契約の結果、並行世界の自分を認識できるようになった……これが正しいのなら、フロイトが使っていたのは『異能』じゃない。『代償』そのもの、あるいは副作用ともいえるものだ。


 …………並行世界を観測してしまうことが、副作用であり、八人目の候補となる条件……だから、転生者が八人目の候補者になった。


 ……では、転生者オレはなぜ、自分の生きていた世界とは別の世界があると認識した? 

 決まっている、転生したからだ。いや、違う、もっと正確に認識すべきだ。死んでも(・・・・)死なな(・・・)かった(・・・)から(・・)オレは(・・・)並行世界に(・・・・・)転生した(・・・・)自分を(・・・)認識(・・)できた(・・・)


「――そうか、そういうことか」


 思考がそこまで至った瞬間、オレの脳裏によぎったのは『誘命』の姿。彼女は原作においてこう語っていた。


 『死ぬっていうのは終わりなんだよ。でもね、終わりっていうのは必ずしも不幸じゃない。続いてしまうっていう不幸せもこの世にはあるのさ』


「終わりだ。巫女田朱子は、自分の『終わり』の可能性を差し出したんだ」

 

 答えが出る。

 それと同時に、目の前の彼女が、もはや『終わり』を失ってしまった哀れな『巫女田朱子』が目を覚ました。



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