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伝奇ゲーム世界の必ず死ぬかませ犬に転生したオタクが生き延びる方法  作者: ビッグベアー
第七部 オタクと世界

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第198話 定めは廻る

 『貪るもの』という異界因が排除されるのと同時に異界そのものの崩壊が始まる。

 ここまでは通常の手順と変わらない。だが、ここはただの異界ではなく解体局の局長グランドマスター、『七人の魔人』の一角である『椅子に座るもの』によって再現された1999年の世界だ。


 その役目を終えた以上、異界だけではなくこの再現世界そのものが消失する。

 古ぼけたビデオテープが擦り切れてしまうように周囲の景色が霞み、ぼやけて、溶け落ちていく。内臓が浮き上がるような独特の感覚はこの世界からはじき出されようとしている証拠だ。


 すでに再現体である巫女田先生と叔父上は完全に停止している。

 無事なのはオレと谷崎さん、リサの3人のみ。その3人も別の理由で動けずにいる。


 まずリサは浄化の異能による治療こそ受けたものの意識を回復していない。

 谷崎さんもダウン中。さすがに疲労困憊だ。無理もない。これほど長時間ダゴンを顕現させていたのも、彼とのリンクを持続させるのも初めてのこと。回復には時間を要する。


 そして、オレだ。先ほどまでの万能感、無限の魔力はすでにない。

 代わりにやってきたのは脳への強烈な負荷。血管が破れて暖かな血液が鼻腔を伝わるのが分かった。


「――ぐっ!?」 


 立っていられずにその場にしゃがみ込む。

 頭が痛い、どころの話じゃない。視界が明滅している。胃を裏返しにされているような吐き気だが、吐くことさえできない。

脳みそに直接手を突っ込まれて掻き回されているようだ。


 単なる過負荷、じゃない。今までとは何かが違う。


「蘆屋君!?」


 谷崎さんが駆け寄ってくる。だが、痛みがひどすぎて像がぶれる。大丈夫だと声を発する余裕さえなかった。


「ど、どうしたの!? け、怪我!? それとも、呪い!?」


 辛うじて首を振るが、それ以上にはどうしようもない。

 これは成長痛と同じだ。痛覚を遮断することもできないし、辛うじてできたのは思考をどうにか隔離することぐらいだ。


 肉体の方は指1本動かせないし、術の方もどうにか維持できているだけで攻撃も防御も不可能だ。


 『英雄』が去ってしまったことへの揺り戻しか? 

 あの時のオレは自分の身の丈以上の術を操り、魔力を制御していた。呼吸をするように自然に、当然の事かのように。


 その代償を今支払っているのか……? 分からない、何かを間違えている気がするが、それを問うべき相手はここにはいない。


 そもそもあの『英雄』が再現された存在だったのか、あるいは本物だったのかさえ確かめようがない。どちらにせよ、原作設定通りの最強さは身をもって味わった。


 オタクとして設定でしか語られなかった『英雄』との遭遇を喜ぶ気持ちもあるが、それ以上に戦慄してもいる。

 英雄の力に対してだけじゃない。あれほどの存在を呼び出すにはいったいどれほどのものを差し出せばいいのか、そのことを考えるだけで背筋が凍り付く。


 なにせ、少し力を押し付けられただけでこのありさまだ。

 『英雄』そのものを呼び出そうとすればいったいどれほどの対価が必要になる? 命か、魂か、いや、おそらく1人分ではどうにもならない。国一つ、あるいは、無限にも等しいものを捧げるしか――、


「――っ!」


 目の奥で火花が散る。脳そのものには痛覚などないはずなのに、痛みだけで命が尽きかねない。

 不幸中の幸いは、この痛みのおかげで意識がはっきりしているということくらいだ。もっとも、苦痛が長引くという意味ではいっそ気絶できた方がよかったのだろうが、術を維持するためには意識を保ってないといけない。


 術を維持できなければどうなるかは、分かっている。

 まず影の中に捕らえている『フロイト』が死ぬ。そのあと(・・・・)彼女がどうするかは分からないが、その前段階がオレは許せない。


 だから、意地でも術は維持する。少なくとも帰還するまではそうしないといけない。


 世界は待ったなしに崩れていく。その後に待つのはどこまでも続く暗黒の空間だけ。

 本来は時空間の再現が終了した段階でオレたちは元居た場所、つまり、『螺旋図書館』の深部に戻されるはずだ。


 ……それまでにどれだけの時間が掛かるのか。こればかりは局長にしか分からない。わざと焦らしてるんならそれこそ反逆ものだ。


 ……痛みは治まらない。コントロールもできない。

 だが、少しずつだが、理解できてきた。この痛みが何なのか、オレの身に何が起きているのか。


 これは成長痛のようなものだ。

 脳に、新たな機能を付けたされている。人間として術師としてのものではなく、もっと別の何かへの適応。あの時感じた万能感、流れ込んだ『英雄』の一部がオレを作り替えようとしているのだ。


 ……いや、違う。

 この痛みの元になっているものは元からオレの中にあったものだ。無意識のうちに封じていた扉を強引に開かれ、その中身を引きずり出されようとしているんだ。


 だから、痛い。肉体だけではなく精神と魂を手術されている。

 『英雄』め、ありがた迷惑とはまさしくこのことだ。


「――ほう。期待通りでありつつ、期待通りではないね」


 うずくまった頭に声が降ってくる。

 局長だ。辛うじて頭を上げると、ちょうど瞳の中の瞬膜が閉じ、爬虫類特有の無機質な瞳と目が合った。


 …………やはり分からない。ゴマさんことリサの次くらいにはキャラ理解はできているつもりだったが、この局長に関してだけはやはり、感情が読めない。


 いつのまにか周囲の光景は転移前に見たもの、『螺旋図書館』にあったサーバーの森に戻っている。

 皆は、どうだ? 無事に――、


「――っお!?」


 瞬間、何の術も使っていないのに視点が主観から俯瞰へと変わる。幽体離脱に近いが、少し違う。認識できる視界チャンネルが急に増えた感じだ。

 急な浮遊感に今度こそ胃の中のものを吐き出す。といっても、吐けるようなものはもうなかったが。


 その代償として皆の無事は確認できた。転移前にいた場所に1人を除き、全員が戻されている。

 といっても、全員再び意識を喪失しているが。


「ふむ。視点がぐちゃぐちゃだな。最初はこたえるだろうが、なに、すぐになれるさ」


 そんなことを言いながら、局長は悠々と椅子に腰かける。

 こっちは現在進行形で死にかけているっていうのに余裕ぶった態度が果てしなく癪に障るが、今はそのことを態度に出す余裕はない。


「理屈は理解しているね。今、押し広げらているのは君という存在の規格そのものだ。なに、私も、君の師匠も経験したことだ。耐えるだけで済む」


 言葉の意味は、理解できる。

 人間の肉体(・・・・・)精神(・・)魂では(・・)深異界(・・・)との接続に(・・・・・)耐えられない(・・・・・・)。いかに異能者とはいえ蘆屋道孝オレ程度の存在ではどうやっても至高の座には座れない。


 だが、運命が定まってしまった以上は逆説的に器として完成されてしまう。

 この脳の変化はその最終段階(・・・・)。今までの戦いで経験したすべて、折り重なってきた変化がここに来て致命的な域に達したのだ、と後付けで理解できた。


「しかし、『英雄あれ』は君を随分と気に入ったらしい。力を貸してほしい時は現れないくせに、私の想定していないところでは予想できないことをしてくれる。いやはや、困ったものだ」


 ……やはり、『英雄』の影響だったか。

 でも、驚くべきなのは局長の表情だ。彼の顔には今まで見たことのない感情がにじみ出ていた。


 隠そうとしても隠しきれないそれは、おそらく悲しみの色をしていた。


「まあ、『英雄あれ』が意志を示そうが示すまいが、これは君の運命だ。選ぶのは君だ。こればかりは『七人の魔人(われわれ)』も変えられない。でも、その前にだ」


 「少し借りるよ」とだけ言って局長は立ち上がる。彼がおもむろに指を鳴らすと、彼から伸びる

影が泡立つようにうごめいた。


 オレの術を通して『山本五郎左衛門』の影を操作されている。

 オレのハッキングのように下準備もなし。オレの状態が状態とはいえ対象に痛みも違和感も与えずに、術を乗っ取るなんて神業中の神業だ。


 それを理解した瞬間、その影から『フロイト』が浮き上がってくる。

 いや、違う。『巫女田朱子』が、それも、あの『99事変』の世界で見た『十五歳の巫女田朱子』がそこにはいた。


「選択権は君にある。ここで終わりにするか、あるいは続けるか。運命は両方を受け入れるだろう」


 そうして、局長が言った。相手に選択を委ねるその言葉は一見すると慈悲のようでいて、その実、どうしようもなく残酷だった。



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