17 生か死か
翌朝、部屋に入ってきた花ちゃん達に触手で頬をピチピチ叩かれ、文字通り叩き起こされた。目を開けると室内は薄暗く、まだ日が昇ったばかりのようだった。
「なんだよ~。なんでこんなに早く起こすんだ~。昨日の薪割の続きをやれってか~?」
引っ張られてしぶしぶ外に出ると、庭の隅にみんなが集まっているのが見えた。近寄ってみると、昨日治療した薬草だらけの仔ギガントス、テラが横たわっていた。
「な、なんで。どうしたんだ!?」
僕は驚いてテラの側まで走った。まだかろうじて息はあるが、それがとても早く苦しそうだった。
「何かに襲われたのか!?」
「違う。こやつは先日、ワイバーンに1度捕まったのだろうて。身体の傷は爪の跡じゃ」
僕とボスが砂浜で奮闘している時、他の仲間と森へ逃れたテラは、ワイバーンに捕らえられたのだ。けれど、仔とはいえワイバーンと同じくらいの大きさのギガントスを持ち続けることができずに、空中から落としたのだろうと、アルクスは推測した。
「おそらく、内蔵がかなり傷ついとる」
「くそっ!飲ませて即効で治る傷薬とかは無いのかっ!?」
「おぬしの世界にはそんな薬があるのか?あいにく、この世界にはそんな都合の良い薬は存在せんよ。切り傷程度なら治療魔法ですぐに治せるが、内蔵の損傷も出来んことはないが、治すには時間がかかるんじゃよ。今からかけても、こやつが保たんじゃろう」
僕の世界にだってそんな薬はない。あるのはアニメやゲームの中だけだ。そして、やはり魔法も万能ではないのだ。
「けど、なんで?昨日は元気だったじゃないか!?」
「幼くてもこやつは獣じゃ。弱った姿を見せれば他の獣に食われると、本能で知っとるんじゃよ」
ギガントスはその体重ゆえに生涯ほとんど横たわることは無いのだとか。横たわるとそれだけで内蔵に負担がかかるのだ。地球の馬と同じだ。それがこうして寝ているということは…。
ギガントスは長命で、500年くらい生きるものもいるらしい。そのせいなのか仔はなかなか生まれない。テラはふわふわの産毛に覆われている。おそらく生後3ヶ月と経っていないとか。アルクスも、こんなに幼いギガントスを見るのは初めてだと言っていた。
まだ赤ちゃんじゃないか。それが薬草まみれになって、こんなに苦しそうに荒い呼吸をしている。なのに何も出来なのか。
いや、まだだ。まだ生きてる。何か出来ることはないか。
「婆ちゃん。魔石ないか?」
「魔石?何をするか知らんが、もう手遅れじゃよ」
「いいからっ!魔石あるのか無いのか!?」
よく見れば、庭のすぐ前の森の中に大人のギガントス達が佇んでいた。騒ぐわけでもなく静かに立っているだけなのに、哀しみの感情が伝わってくる。滅多に生まれない中で誕生した仔だ。群れみんなで守っていたんだ。諦めたくないよな?
「婆ちゃんこの前、同族の子を贄に出来るのは人間だけって言ってたよな?確かにそうかもしれない。だけど、こんな時諦め悪く足掻くのも人間だよ」
以前、キングレッドボアに攻撃され、壊れそうになったセバスに魔石を与えたら治ったのだ。テラにも出来るかもしれない。
「じゃがギガントスは動物じゃ、魔石は…」
アルクスは何かを言いかけて言葉切り、僕をみつめた。しばらく考えてからついて来るように言った。僕はセバスにこの場を頼んで、後を追った。
小屋に入り、アルクスの部屋の横にある、黒い壁にしか見えない扉の前に立った。
アルクスが扉に手を当て何か呟くと、自動ドアのように中央から割れて横の壁に吸い込まれるように開いた。
中は地下に階段が続いていて、僕達が足を踏み入れると壁にあった松明に火がついた。下りていくと、突き当たりに再び扉があった。こちらは真っ白な両開きの扉だ。今度は普通に開けると、中には左右に無数の扉が並ぶ廊下があった。
地下はこんなに広いのか?何の部屋なのか扉ばっかりだ。それに廊下の奥が見えなじゃないか。
「奥へは行かん方がいい。戻れなくなるからの」
奥を除き込んでいる僕に注意して、一番手前の右側の部屋の扉を開けた。
部屋の中は圧巻だった。たぶん、広さは学校の体育館くらいはあるんじゃないかな。その中に天井まで届きそうな棚がいくつも並び、大小様々な夥しい数の魔石が並んでいたのだ。
棚に並べ切れ無いのか、比較的小さなものは同じ色ごとにまとめてに木の箱に入れられ、棚の下段に置かれていた。それでも棚に入りきれないものは箱が床に積まれていた。部屋の奥へ行くほど大きく、どれも宝石のように輝いていた。
「な、なんだよ、この数は!」
「森に長く住んでおれば自然と集まるものじゃよ」
「それにしたって…」
「そんなことより、テラには時間がないぞ」
そうだ。早く戻らないと。けれど、どれを持って行けばいいんだ?
戸惑ってアルクスを見るが、「好きなのを使え」と言っただけで、後はただ見ているだけだった。
セバスの時はキングレッドボアの魔石だったよな。強い魔物の方がいいのかな。なら、奥の方の大きい方が…。
奥へ行こうと足を踏みだした時、ふと、手前の棚の魔石に気を引かれた。それは濃い緑色をしていてゴルフボールくらいの大きさだった。考えていたものより小さい。だが、これがとても気になる。
「これにする」
口出して宣言すると、正にこれしかないような気がした。迷っている時間はない。ならば自分の直感を信じよう。
「それで良いんじゃな?」
確認してくるアルクスに深く頷いて、その石を握りしめてテラの元へ急いだ。
戻ると、テラは口から舌と涎が流れるままの、かろうじて息があるという状態になっていた。セバスが考えたのか、テラの身体の下には草が敷き詰めてあった。
持ってきた魔石をテラの口元まで持っていく。セバスは大きな口を開けて食ったがテラはどうだろうか。
テラはセバスのように自分では食わなかった。魔石の使い方なんてわからない。ただ、なんとなくこうすればいいんじゃないかと頭に浮かぶ。僕は両手で握り魔力を込める。魔石に熱が篭り鼓動したよな気がした。その瞬間にテラの口に押し込む。すると、ゆっくり魔石は溶け出しみるみるゼリー状になった。そしてそのまま喉の奥へ流れていった。これで助かる。そう願うしかない。
魔石を食わせた後、寝かせたままだと内蔵に負担がかかるというので、なんとか浮かせることは出来ないかと考えた。力持ちだという花ちゃんに交代で持ち上げて貰うことも考えたが、いつまで持てばいいのかわからなかったのでやめた。
そこで、ハンモックのように布等柔らかいもので身体を支え、木に吊すことを思いついた。布だとテラの体重を支えきれないだろうと、アルクスから丈夫だというワイバーンの皮を貰い、急いで作った。グッタリしているテラを持ち上げてくれたのは、ギガントスのボスだ。彼らも僕が治療しているのをわかっているのだろう。
出来ることはやった。後は経過を待つだけだ。苦しそうに荒い息をしていたテラの呼吸が、心なしか落ち着いてきたようだ。身体の薬草を新しいものに取り替えながら祈った。いるかどうかわからないけど、この世界の神様に。
テラが意識を取り戻したのは、その日の夕方だった。
「元気でな」
それから一週間後の早朝。まだ怪我は完治してはいないが、内蔵はすっかり良くなって、元気になったテラとギガントスの群れは再び森へ旅立つ。みんなでその見送りだ。
ギガントスはその巨体で森を巡り、鬱蒼と繁り過ぎたなった地を馴らし、育ち過ぎた木の葉を食べ、森の中に光りを通す。おかげで森には風が渡り地面まで日が入り、豊かに清らかに広がり続ける。一カ所にこんなに長く留まることはないのだと、アルクスが言っていた。
《森の守護神》とも呼ばれる彼らは寿命が長く、一度通った道を通ることは殆どないという。
だからたぶん。彼らとは二度と会うことはないだろう。僕が死んだ後も彼らは森を巡り続けるのだ。
「ギガントスは動物の中でもかなり知能が高い。だから、おぬしのことは死ぬまで忘れんじゃろう。………だから、泣くでない。まったく、異世界の人間はよう泣くのう」
そうなのだ。別れの瞬間に僕は滂沱の涙だ。地球にいたときは割と無感動な方だと思っていたのだが、この世界に来てからは感情の振り幅が大きくなったようだ。
一週間前、テラが目を開けた時も大泣きした。ビーネにすら頭を撫でられたくらいだ。
アルクスに診て貰ったら、肋骨の骨折と内蔵の損傷は良くなっていると言っていた。僕がテラに使ったのはキングスライムの魔石だったそうだ。スライムの特性の不定形のおかげで、魔石は形を変え損傷を修復し、内臓や骨となってテラに定着してくれた。良かった。やっぱり、魔石は効くんだな。ただ、内出血で血を失い続けたので、体力が戻るのはもう少し時間がかかるだろと言ったので、セバスや花ちゃん達とみんなで世話をして、翌々日には自力で歩けるようになった。
ボスの乳(ボスは雌だった!)を飲んでどんどん元気になり、ついに今日が来てしまった。
「魔物に襲われるなよ。たくさん食って早く大きくなれ。お前の名前はギガよりデカイんだからな。それから…」
気分はお父さんだ。
たくさん撫でて、抱きついて、少し延びてきた毛に顔を埋め、別れを惜しんだ。
テラは泣く僕の頭に鼻で2度ポンポンと叩いた後、森の中で待つボスの所まで行き、一言「にゃ~」と鳴いてからゆっくり去って行った。
巨大なギガントス達が去って行く。壁のような木に隠れて見えなくなっても、足に伝わって来る振動が少しづつ遠ざかり、やがてそれも感じなくなった。
この世界へ来ての初めての別れだ。ちょっと感傷的になっても仕方ないじゃないか。
「……テラって名前はさ。僕が住んでた星の名前でもあるんだよ。僕の国の言葉じゃなくて、違う国の言葉なんだけどね」
《地球》って確かイタリア語だっけ。キレイな響きなんで覚えてたんだよな。
「それはそうとさ。ギガントス達の毛、みんな短くなってたよな」
夕べ、ギガントス達を見た時思っていて、今朝ボスを見てハッキリ確認したことを聞いてみる。
アルクスは目線を逸らして、わざとらしく咳こんだ。だが、僕の胡乱げな視線に開きなおった。
「ギガントスは住みかを持たず森を巡る動物じゃ。だから滅多に遭遇できぬでの。素材ゲットのチャンスを逃すのは愚かというものじゃ。それが今回は大人6頭分の毛。仔の産毛。屍が3頭分じゃ。そして何と言っても、乳!これは激レアじゃ!」
ワイバーンにやられたギガントス、いつの間に回収してきたんだよ。それに乳って。テラのご飯じゃないかっ!なんつー業突く張りの婆ちゃんだよ。
高笑いするアルクスを眺めて思う。そういえば、この自称魔女のことも良くわからないんだよな。例えばあの地下室の夥しい数の魔石とか、ドアの続く廊下とか。でも。
僕は姿勢を正してアルクスに向き直った。
「婆ちゃん。返事を保留にしていて、ごめん」
突然頭を下げた僕を笑いを止めて見つめてきた。
「僕はこの世界で生きる。だから手を貸して下さい。お願いします」
若干、胡散臭いことは否めないが、アルクスはこの一週間何も言わずに待ってくれていた。人間嫌いでも、それで僕を迫害することなく、ベッドと食事を与えてくれた。それだけで十分信用できる。
「そうか。決めたか」
アルクスはしばらく黙っていたが、頷いてニヤリと笑った。
「よろしい。わしのことは師匠と呼ぶがいい。弟子リンタローよ。まずは朝食じゃ」
「これからよろしくな、婆ちゃん。朝から肉は勘弁してくれよ?」
「師匠と呼べっ!朝食はおぬしが作るんじゃ!」
小屋に入りながらの応酬だ。二度と帰れない元の世界の事を考えると、諦めきれずに胸が痛む。ひょっとしたら何か方法があるかもしれないと、まだ心のどこかで思っている。見究めるには生きないとな。
そして、いつかこの森を出て人の住みかに行き、一緒に転生してきた人達の行方を探したい。
「朝食の後は薪割りじゃ」
「き、昨日全部割ったじゃないか!」
「薪は毎日使うんじゃ。全部割ったというが、一週間前に頼んだヤツがやっと終わっただけじゃろが!」
生活水準もゼンゼン違うので、本当に教えてもらわないと、何もできないな。




