15 魔女
猟奇的なシーンがあります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
空中に浮かんでいたのは、黒いフード付きのローブを着て箒に跨がった老婆だった。まさにイメージ通り、ザ・魔女だ。
「ワイバーン共が狂乱して暴れているようだから来てみれば、山火事とはのう」
唖然として見ている僕を尻目に、魔女は呆れたように頭を振り、右手を空へ向けた。
「人の子よ。もう少し森からお下がり」
魔女に声をかけられて、我に帰った僕は動物達を促して水辺へ急いだ。
僕が水際まで後退したのを確認すると。魔女は伸ばしていた右手に魔力を集中し、大きくした力を空へ飛ばした。
晴れ渡っていた空がみるみる黒い雲に覆われていく。僕達の周辺にも湿った空気が流れ始めた。
そして、空が真っ暗になった瞬間、魔女が上に伸ばしていた手を振り下ろす。とたんに大粒の雨が降り出した。
「す、凄い。天候を操れるのか」
風景が見えなくなるほどの豪雨が降りそそぎ、みるみる森の炎を消していった。
「それで、人の子が何故こんなところにいるんじゃ?」
1時間ほど降りつづけた雨が炎を全て消した後、雨雲を散らして元の青空にもどした魔女が箒から降りて話しかけてきた。
目の前にやって来たのは、僕の胸くらいまでしかない小柄な身体をした、西洋人のような顔立ちの普通の婆ちゃんだった。ただ、瞳だけは虹色をしていて、不思議な光りを放っている。
「あ、あの。婆ちゃんが山に住むっていう魔女でいいんだよな?」
しまった。質問に質問で返してしまった。けれど、一応ちゃんと確認しとかないとな。
「まぁのう。魔女、じゃな」
気を悪くしたふうもなく、魔女はフードを下ろしながら答えてくれた。現れた髪はサラサラの銀髪だった。
なんだろう。この、ものすごいガッカリ感は。
普通、こういうファンタジー展開の場合、魔女は銀髪巨乳の美女、もしくは幼女なんじゃないのか?リーラが美少女系、ラピスが(上半身は)美女だったからちょっと期待してたのに。なのに、老婆…。
「…おぬし、何か失礼なことを考えおるじゃろう?」
魔女は虹色の瞳をピカリと光らせて僕を睨んできた。しまった。心を読まれたか。
けれど、言葉を交わせるのは純粋にうれしい。聞きたいこともたくさんあるのだ。
「ふむ。何やら面白そうな事情がありそうじゃの」
何から話していいか迷っている僕を眺めて、長くなると気づいたのだろう。詳しい話しを聞きたいと、住みかに招いてくれることになった。
「人間は嫌いだが、レギオビーネやアルラウネ達がこんなに懐いている者が悪意を持っているとは思えんからの。それにおぬしごとき、どうとでも出来るわ」
初対面の人間を招いていいのかと言う質問の答えだったが、問題はそこじゃない。
アルラウネ?花ちゃんのことだよな?
「花ちゃんってアルラウネだったの!?」
「なんじゃおぬし。知らずに連れておったのか?」
驚愕の事実だ。アルラウネってゲームとかじゃ美少女じゃないかっ!僕の横で不思議そうに見つめてくるのは、花は綺麗だけど、どう見てもいいとこポ〇モンに出て来るマダツ〇ミだ。
どこまでもハーレム属性のない自分に打ちひしがれ、その場に膝をつく僕の肩をセバスが優しく叩いた。
「とにかく、そろそろ日も落ちる。それに、おぬしはずぶ濡れじゃ。人は冷えすぎると身体を壊すのじゃろう?」
そういえばさっき雨を浴びたんだっけ。魔女に言われて気付いた花ちゃん達が、僕にたかってきた。服から水を吸い取ってくれるらしい。言われてみれば寒くなってきた。そう言う魔女はまったく濡れていないのだから、さすがとしか言いようがない。
魔女は花ちゃんを身体にくっつけている僕を見て笑うと、水辺へ歩いていった。
そして、波打際に屈み込み水に手をあてて何か唱えだした。言い終えて立ち上がると、沖の水面が広範囲で持ち上がってきた。
水面を割って表れたのは、マンモスよりデカイ、巨大な亀だった。
「古い知り合いでの。向こう岸まで乗せて行ってもらおう」
魔女に促されて亀の背中に乗りながら、改めて森を見回した。ワイバーンがあちこちに火を噴いたからだろう。かなり広範囲が焼けて、森は無惨な姿を曝していた。砂浜や湖の中には落とさたワイバーンや動物達の死骸が多数ころかっていた。
その横を通って、生き残った動物達が、黒々と焼けた森へ帰って行く。
「なに、このくらい森にとってはかすり傷程度じゃよ」
感傷に浸っていた僕に、気楽な声がかけられた。振り返ると、なんと魔女は最初に倒されたマンモスの死骸から牙を抜いているところだった。
「何やってるんだよっ。そいつは…っ!」
短い時間でも行動を共にしたのだ。死者を冒涜している気分になって抗議しようと声を荒げたとたん、マンモスの横に転がっていたワイバーンの死骸にワニが食らいつき水中に引き込んでいった。
「死んだ生き物は、生きてる者の糧になる。無駄にしてはいかんのじゃよ。ギガントスの牙は貴重での。長寿なんでめったに手に入らん。わしは薬の材料にするが、ドワーフ共はこれで武具を造るんじゃ」
マンモスはギガントスって言うのか。ドワーフも居るんだな。とか色々な情報は後でゆっくり考えるとして、生きてる者の糧にという言葉を受けて僕は反省した。
「…そうだよな。すまない。僕は…」
「ホレ、おぬしの腕輪にしまえ。わしのは年寄りだからの。こんな重い物、持てんのじゃ」
「………」
僕の話しを聞かす、引き抜いた4本の巨大な象牙を軽々と持ち上げて押し付けて来た。
「その腕輪、ドライアドに寄生しとるヤドリギじゃろ?助かるのう。実はギガントスとワイバーンの肉は美味いんじゃよ。この毛も貴重だしの。ワイバーンの魔石やギガントスの骨は動物が食い尽くした後回収すれば良いが、皮や目玉、胆なんかは採取していかんと」
このハバア…。人を気遣うフリして、単に人手と素材が欲しかっただけなんじゃないのか。そう思える程コキ使われて、花ちゃんやビーネ達まで動員して肉や目玉を回収させられた。
途中襲い掛かってきたワニを瞬殺して、「ふぉっふぉっふぉっ!ワニの皮と肉もゲットじゃ~」と死んだワニの腹の上で小躍りしていたのを見て、なんて凶暴な婆ちゃんだと思った。
魔女が満足するまで回収し、どこの虐殺現場だと思える程バラバラに解体された動物達、血まみれになった砂浜と真っ赤に染まった水面を見て、さっきの「生きてる者の糧に。無駄にしちゃいかん」という演説に釈然としない思いを抱きつつを湖畔を後にしたのは、それから1時間ほど経ってからだった。
対岸に着いたのは、亀…メガロスに揺られること30分後くらいだろうか。実際は、学校の校庭くらいある甲羅のおかげなのか、水面を高速で移動していたのにほとんど揺れなかったんだけどね。
着いた岸は、向こうにはあった砂浜がこちら側には無く、水際ギリギリまで木々がせり出していた。木の隙間に上陸してメガロスと別れ、ここからは徒歩で魔女の住みかまで向かうのだそうだ。
「なあ、箒で飛んいかないのか?」
腕輪に入りきれないので、花ちゃん達がみんなで持ち上げている巨大なワニを見ながら聞いてみた。
「なにを言っとる。箒で飛べるわけなかろうが」
「は?だって乗ってきてたじゃないか」
歩きながら話しを聞くと、森で作業中にワイバーンの狂乱に気付き、メガロスに乗って湖を横断してきたそうだ。現場に着いて惨状を高い所から見るために浮かんでいただけであって、飛んで来たわけではないらしい。その時ウッカリ持ってきた箒を捨てるのが惜しく、持ったままだと浮かび辛かったので跨がっていただけ、なんだそうだ。
なんだよ、この残念な魔女は。
「ならその浮かべる魔法、ワニにかけてくれよ。花ちゃん達が可哀相だろ」
「わしは無駄な魔法は使わん主義じゃ。アルラウネは見た目以上に力が強いから大丈夫じゃよ」
採集した素材が多過ぎて、腕輪に入らなかった巨大なワニは花ちゃん達が運んでいたのだ。アルクスの言う通り負担に感じていないのか、僕の横を頭上にワニを持ち上げた花ちゃん達が高速で通り過ぎて森の奥へ走っていった。ワニの頭にビーネが落下傘を背負って仁王立ちしているのが見えた。だから、お前には羽根があるだろうと、心の中で突っ込んでおく。
花ちゃん達が気にしないならいいかと、僕も気合い入れて歩いて行く。正直かなり疲れていて、足がガクガクして来ていたのだ。魔女の住みかまではどのくらいなのかわからないが、しっかりしないとな。
「ピッ!」
薄暗くなってきた森を黙々と歩いていると、横を歩いていたセバスが注意を引いてきた。前方を見ると、さっき森の奥へ行った花ちゃん達がワニごとこちらに走って戻って来るところだった。
ビーネがいち早く飛んで来て、僕の周りを高速で飛び回り、再び森の奥へ飛んで行った。
「な、なんだ?」
「ほぉ。これはこれは」
魔女は面白そうに笑って立ち止まって前方を見つめている。ワニを持った花ちゃん達が僕の元へ戻って来るのと同時に、前方に山が表れた。
「マンモス!お前達無事だったのか!」
出会った時のように木々の間から表れたのは、マンモス達だった。いや、ギガントスだったな。
火に追いやられ、湖を迂回してこちら側に逃れて来たのだろう。仔も無事なようだ。表面の毛があちこち焦げたり多少怪我をしてる者もいるが、元気そうだった。いや、全部助かったわけではないらしい。10頭いたはずなのに、7頭になっていた。ワイバーンに1頭倒されているから、山火事で2頭やられたのだろう。
それでも、群れの大半を守り抜いたボスは誇らしげに鼻を振っていた。
「どうやら、乗せくれるらしいぞ。礼らしい。おぬし、なかなかやるのう」
そうなの?動物なのに律儀なんだな。けれど、こいつらも怪我してるし、いいのかな。
僕が戸惑っていると、魔女はワニを魔法で浮かせてサッサと乗り込んでしまった。僕も花ちゃん達に運んでもらった。今度はボスの背中に。
僕が背に乗ったのを確認すると、ボスと群れはゆっくり歩きだした。
振り返ると湖が見えた。日暮れ間近の湖畔は、あんな騒ぎが嘘だったかのように波一つない静かな面をしていた。
「みんな、助けてくれてありがとうな」
ボスの背に揺られながら、セバスや花ちゃん、ビーネ達に礼を言った。綺麗な湖を見ていたら自然と口に出てきたのだ。
僕はやっぱり最弱で、みんなに助けられてばかりだ。いつか返せるといいんだけど。
「それに、魔女の婆ちゃんも。思っていたより友好的でちょっと驚いたけどな」
「……そんな訳なかろうが」
ボスの頭の上に座っている魔女に声をかけると、低い声が返ってきた。
「わしは人間は好かんでの。火事の理由が人の子なら、くびり殺しているところじゃ」
なんの感情も浮かんでいない虹色の瞳が僕を見ていた。本気で言ってるんだと本能が伝えてきた。僕は気圧されて声もでず、ゴクリと唾をのんで見つめ返した。
「ピーッ!」
セバスが立ち上がり、僕を守るように割って入ってきた。その姿を見て魔女は威圧感を消してにこりと笑った。
「わかっとるよ。そなたらの主に危害は加えんよ。無力ではあったが、森を守ろうとしたしのは見ていたからの。無力だったが」
無能だと繰り返したぞ、この婆ちゃん。緩んだ空気にホッとして僕も身体の力を抜いたのだった。
「なあ。魔女の婆ちゃん、やっぱり魔物なのか?」
大亀の知り合いがいたり、花ちゃんやセバス、動物とも心話できるようだし、なによりかなりの人間嫌いなようだ。見た目普通の婆ちゃんだが、人じゃないのかもしれない。
僕の言葉に、イタズラっぽくニヤリと笑った。
「さての。わしは魔女じゃよ。普通の魔女じゃ。ふぉっふぉっふぉっ!」
普通の魔女ってなんだよ。高笑いする魔女を見つめながら、心の中で突っ込んだ。




