14 ワイバーン
湖の水面は静かで、鏡のように山々が映り込んでいる。僕達が立った湖畔は、若干小石や倒木が散乱しているがかなり広い砂浜になっていて、寄せる波が小さく音を立てていた。
「キレイな湖だな~」
「ピーッ!」
観光地に来た気分になった僕は仔マンモスの背から降りて、湖畔に近付いた。
するとすかさず、蜂達が数匹目の前に来て行く手を塞ぐ。一緒に降りて来たセバスも警戒音を鳴らして僕を引き留めてきた。
「な、なんだ?なにか危険なのか?」
そういえば、仔マンモスはまだ森の中で立ち止まっている。その横を数頭の大人達が通り過ぎて、先頭のマンモスと一緒に湖に向かって歩いて行った。
そして、僕を通り越して水際まで行くと太い鼻を振り上げ水面を叩き始めた。すると、今まで見えなかった生き物が姿を現した。
「ワニかっ!?」
そこには、大型トラックくらいはありそうな巨大なワニが数匹潜んでいたのだ。水を飲むのに都合のよい砂浜は、ワニにとっても恰好の狩り場なのだろう。
「シャーッ!!」
ワニは威嚇音を鳴らし口を大きく開けて反撃しようとするが、数十メートル級のマンモスには敵わないらしい。鼻で殴られ足で踏まれ、時には牙で空中に放り投げられ、ほうほうの程で湖の中に逃げて行く。
マンモス達はワニ達が居なくなっても湖畔を歩き回り、水の中に入って鼻で水面を叩き、地響きと水しぶきをあげながら足を踏み鳴らしていた。
「このマンモス、これでおとなしくて警戒要らないのか…?」
仔を守るためなんだろうけどものすごい暴れっぷりだ。けれど、助かったのは確かだ。あのまま湖に近寄ったら、僕なんてあのワニに一飲みだ。
しばらく暴れていてマンモス達だったが、ようやく危険が無くなったのかおとなしくなった。仔マンモスも脅威が去ったのがわかるのか、嬉しいそうに湖に突っ込んでいった。
「冷たっ!」
マンモスが安全にしてくれた水場で、僕も水浴びしていた。異世界に来てもう2月ヶ月近く風呂に入ってないのだ。それでも遺跡に居たときには、近くに水場があったので身体を洗うくらいは出来た。だが、旅に出てからは飲み水が優先だから、せいぜい顔と手を洗うくらいだったのだ。
他に人がいるわけじゃなし、この際だと素っ裸になって湖に入っている。興味津々で僕の行水を観察している花ちゃんやビーネは無視しておく。
やっぱりかなり冷たい。気温は3月か4月だ。水泳をやる気温じゃない。素早く洗って温まらないと風邪をひきそうだ。
ついでに服も洗う。花ちゃん達に水気を吸い取ってもらえばすぐ着られるから、干さなくてもいいのは助かる。
手早く身体を洗って、サーベルタイガーの毛皮を纏いセバスが用意してくれた焚火にあたりながら湖を見ると、マンモス達がくつろいでるのが見える。鹿や猪といった動物達も代わるがわる水を飲みに来ていた。ワニが居ない安全な水場を無駄にしたくないらしい。そして、その動物達に花ちゃん達が時折種を撃ち込んでいる。花ちゃん達もこのチャンスを逃す気はないようだ。
マンモス達は全員水に入っているのかと思ったが、よく見ると必ず1頭は湖畔に残って周囲を警戒している。身体を半分ほど水に入れて沖を警戒しているものもいる。先頭を歩いていた群れのボスらしきマンモスは、遊んでいる仔の側から離れない。ボスマンモスは湖よりも、空を気にしているようだった。たぶん、山の中腹を飛んでいる生き物を警戒しているんだと思う。
「遠目でハッキリとはわからないけど、アレってやっぱりワイバーンだよな?」
「ポピ」
セバスが頷いた。やっぱりドラゴン系の生物もいるんだな。
目の前に連なる山々の中に一際高い山がそびえている。その中腹あたりまで緑が覆っているが、それより上は剥き出しの岩山になっている。それは、この山が火山であることを示している。そこに巣でもあるのだろうか、かなりの数のワイバーンが飛んでいた。僕達がここへ着いた時は何も飛んでなかったんだから、明らかに向こうもこちらに気付いてるんだろう。
「魔女の住む山にはワイバーンも住んでいるのかよ…」
巨大なマンモス達が警戒するのだ。僕なんかひとたまりもないだろう。無事にたどり着けるのか、心配になってきた
どうしたものかと考えていたら、ボスマンモスが突然猫のような鳴き声をあげた。
「コイツら、鳴くのか!ってか、この図体で『にゃ~』って…!?」
どうやら、これがマンモスの警戒音らしい。
「にゃあっ!」
「にゃーっ!!」
すると、周囲にいたマンモス達が一斉に鳴き出した。その声に、水場に来ていた動物達が一目散に森の奥へ逃げていく。
何事かと見ると、ワイバーンの群れがこちらへ向かって来るのがわかった。それも山からではなく、湖の向こう側の森から。
マンモス達は障害物の無い湖畔にいるよりは攻撃を受け難いと知っているのだろう。仔を護りながら地響きを立てて、もと来た森へ急ぐ。
ボスマンモスが殿を勤めるのかのように、森へ逃げ込む群れを見守る。
けれど、湖に入っていて沖を警戒していたマンモスが遅れているようだ。
ワイバーンの速度は思った以上に早く、その姿がどんどん大きくなってきた。必死に湖畔に戻ろうとしているマンモスの頭上にもうすぐ追い付いてしまう。
ハッキリと目視出来るようになったワイバーンは、赤い鱗に覆われた体にコウモリのような羽根、刺の生えた長い尾、鋭い鍵爪のついた足。大きさはマンモスの四分の一くらいだろうか。それでも羽根を広げた姿はデカく感じる。
「ギャーッ!」
ついに先頭のワイバーンが遅れていたマンモスの上空にやって来てしまった。その一頭を標的に決めたらしい。赤く光る目を向けて攻撃を開始した。
マンモスの背中に爪をたて食らいつく。長い毛の鎧のおかげか、それ程ダメージはないように見える。
「シャーッ!!」
マンモスは太い鼻を振り上げて応戦する。鼻を叩き付けられて吹き飛ぶワイバーンが水しぶきを上げて湖に落ちた。けれど、その時には上空に数十匹のワイバーンが到着していて、次々爪や牙で攻撃していく。
数で襲い掛かるワイバーンにさすがのマンモスも傷付き、少しづつ灰色の毛が赤くなっていく。
「おいっ!助けないのかっ!?」
一頭が襲われているのに、他のマンモス達は森の中から動かない。ボスマンモスだけは森の外に出ているが、それ以上前に出ないのだ。僕はボスマンモスに駆け寄り訴えてみたが、やはり見ているだけだった。
襲われているマンモスはいつの間にか全身傷だらけだ。毛を皮膚ごとえぐられている部分もある。鼻を振り上げる威力も落ちたように思える。このままでは、間もなく倒れるだろう。
「なんで助けないんだよっ!殺される……ぞ…!?」
その時、何かが日を遮った。見上げるといつも間にか僕達の頭上にも数十匹のワイバーンが飛んでいた。赤い目がコチラを向いている。
「こっちも狙われてるのか!?」
そう、誰かを助けに行ってる場合ではなかったのだ。こちらも補食対象だったのだ。
「にゃーっ!!」
ボスマンモスは仲間が逃げた森を守るかのように鼻を振り上げ、近くを飛んでいたワイバーン数匹をまとめて叩き落とした。目の前に来たワイバーンを牙で貫き、それを頭を振って飛ばし飛んでいる者にぶつけて落とす。さすがはボスだ。次々叩き落としていく。
ワイバーン達は攻撃しあぐねて、上空で旋回している。頭上には数十匹のワイバーンが飛び交い、空が見えない程だ。
その時、湖で襲われていたマンモスが大きな地響きを立てて倒れた。水しぶきが高くあがった。
まだ生きているのか、鼻が力無く動いている。数匹のワイバーンがマンモスの巨体に乗りとどめを刺すように攻撃を加えている。湖が真っ赤に染まっていくのが見えた。
「ギャーッ!」
茫然と見ていた僕にワイバーンが襲い掛かってきた。だが、爪が僕に届く前にセバスが飛び出して剣でワイバーンの翼を切り裂いた。すぐさま蜂達が僕の周囲を固める。
セバスの感情が僕に森に入るように言っていた。悔しいが、僕にはワイバーンを倒す力が無い。せいぜいみんなの足手まといにならないように、身を隠すくらいしか出来ないのだ。
走って森の中へ入る寸前だった。突然ワイバーンの一匹が火を噴いた。ボスマンモスの激しい抵抗に腹を立てたのか、一匹を皮切りに他のワイバーンも火を噴き森を焼いていく。
鳥が飛び立ち、動物達の怯える声が響く。森へ逃げ込んだマンモス達も走り回っているのか、地響きと警戒音がする。
ボスマンモスも火で攻撃されていた。毛の鎧は意外にも火に強いらしく、簡単には燃えないようだ。それでも、相次ぐ炎に炙られて表面から白い煙りが出て来ている。
狂乱するワイバーンを鼻で叩き落としながら、しきりに森へ逃げた仲間達を気にしている。森の木々にも火がついてあちこちから黒煙が上がっているからだ。
「ビーネ!ワイバーンの気を引け。マンモスから引き離すんだ!目の前ギリギリに飛べば炎は喰らわない!」
ビーネが頷き、腕輪から出てきた戦闘蜂達と一緒にワイバーンの方へ飛んだ行った。花ちゃん達を急いで腕輪に回収する。
やっぱり魔物達はおかしくなっている。ワイバーンが狩りで火を使うとは思えない。普段からそうだったらこの辺りの森はとっくに灰になっているはずだ。
ビーネ達はうまく立ち回ってくれているようで、ワイバーンの攻撃が止んだ。目の前に飛び交う蜂達に気を取られ、叫び声を上げながら空中に火を噴いている。仲間のワイバーンの闇雲の攻撃に当たって墜落していくものも出始めた。
「今のうちだ!仲間の所へ行けっ!」
ボスマンモスに叫ぶと、ボスは一瞬動きを止め僕を見つめ、炎の弱そうな場所から素早く森の中へ入って行った。
マンモスはなんとか逃がしたが、ワイバーンの狂乱は続いている。ビーネ達だって長時間はもたない。この数では花火は使えない。
森はいよいよ炎の勢いが増してきて、黒煙を上げている。
「煙り…そうだっ!」
黒煙の中を飛び交うワイバーンを見て思いついた。急いで腕輪から蚊取り線香の缶を取りだす。そして、セバスと手分けして走り回り、燃えている森へ数束づつ投げ込んだ。
「ビーネ!戻れ!」
魔物達は蚊取り線香の煙りを嫌っていた。ワイバーンほどの大型の魔物に効くかどうかはわからないが、正気に戻ってくれるかもしれない。
ビーネ達が指示通り腕輪の中へ戻って来た直後、周囲に蚊取り線香の臭いが漂いだした。
うっとうしい蜂達が居なくなったのに気付いたワイバーンが、砂浜にいる僕に視線を向けてきた。
けれど、攻撃してくる前に、森から上がる黒煙の中に蚊取り線香の煙りが混ざり始める。ワイバーン達は慌てたように飛び交い、空中で衝動しているものもいる。
煙りに巻かれて正気に戻ったのか、10日前のリスの魔物と同じように赤い攻撃色をしていた目がどんどん黒になっていく。
そして、煙りを嫌がるように叫びながら、ワイバーン達は一斉に湖の向こうへ逃げて行った。
「さすが日本の技術。ドラゴンすら追い払うのか。ってか、蚊がドラゴン並に手強いのか…?」
「ホピッ!」
セバスと並んでワイバーンを見送った。蚊取り線香は丸ごと火に焼べたんだ。すぐに燃え尽きるだろう。
「ワイバーンは居なくなったけど、火はどうすれば…」
振り返ると、轟々と音を立てて森が燃えている。山火事で数日間燃え続け凄い範囲が焼け野原になった、なんてニュースをテレビで見たことがある。それが今目の前で起きている。
焼け出されて逃げ場が無くなったのか、ワイバーンが居なくなった砂浜に動物達も避難してきている。身体に火傷を負って、せっかく逃げて来たのにその場で息絶えるものいた。
火の勢いが強くてここもかなり熱い。火の粉も飛んで来るので、砂浜も安全ではない。
焼けた木が弾けて、燃えた破片が飛んできた。動物達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「クソっ!せめてこの場だけでも避難場所として機能させないと!」
僕は水辺に走った。腕輪に湖の水を取り込むためだ。森の火を消すのは無理でも、砂浜に水を撒いて少しでも被害を食い止めるんだ。
水を取り込むと同時に、腕輪の中に避難していた花ちゃん達とビーネが出てきた。臭いは多少残っているが、蚊取り線香は燃え尽きたようなので、出て来たらしい。
「花ちゃんとビーネ達は火には近寄るなよ!ワニの警戒だけ頼む」
言い捨てて、水まきを開始した。アイテムボックスはイメージで物を取り出すのだ。だから今は左手を前に出し、消防車のホースを思い浮かべて水を出してみる。果たして、水は勢いよく腕輪から飛び出し砂浜を濡らして行く。何度も湖と森を往復して、燃えながら飛んで来て散らばっていた木の破片も消火していく。
けれど出来たのはそれだけだった。樹齢1000年以上だろう木々が燃えて行く。リーラは、森が燃えた後は新しい木が育つ。だから火事は嫌いではないと言っていた。
それでも、太古からある森が燃えて消えて行くのを見るのは哀しかった。
ヘトヘトになりながら、もう何度目になるのかわからない水を火に向ける。焼石に水なのはわかっている。けれど、せめてこの場にいる動物達だけでも守りたかったのだ。
「ほう。お前、人の子かい?」
突然かけられた場違いに呑気な声に振り返ると、箒に乗った魔女が空中に浮かんでいた。




