9. 普通じゃない
「高いかどうか、だと?」
ディアンが、頭を抱えた。
「普通の人間は、レベル二十で止まる。三十もあれば英雄と呼ばれる。王国最強と言われる騎士団長でさえ、四十に届かない」
「……へえ」
百三十五。
四十の、えーと。
指を折って数えようとして、やめた。
「でも俺、砂漠で鍛えただけだぞ」
「それだけでこうはならん」
ディアンは、俺の左手をじっと見た。
マレが、小さな声で言った。
「成長の指輪が四つで、十六倍です。それを着けたまま、一年間毎日サボテンタを……」
自分の指を見た。
赤い石が四つ、並んでいる。
「じゃあ……サンドワームの腹を内側から裂けるのって」
「普通じゃないです!」
「荷馬車引いて、夜通し走るのは」
「普通じゃない!」
マレとリゼが、そろって言った。
「卓を片手で……」
「だから、普通じゃないの!」
地下のあちこちで、助けた人たちがうんうんとうなずいている。
知らなかった。
全部、砂漠では済まない話だったのか。
身体の奥が、妙に熱くなった。
これだけ強ければ。
「……だったら、もっと早く帰ってこれたじゃねえか」
ポコ、と後頭部を叩かれた。
リゼだった。
「今、帰ってきたでしょ。それでいいの」
地上に戻ると、空が白み始めていた。
そして、作業棟の外が、やけに騒がしかった。
鉄格子の窓から覗く。
槍を構えた兵士が、建物をぐるりと囲んでいた。胸当てに、伯爵家の紋章。後ろには、弓を持った列まである。
「逃げた見張りが、呼んだんだ……」
リゼの声が、かすれた。
外から、太い声が響いた。
「中の者に告ぐ! 犯罪奴隷を盗んだ罪人、ノア・ベルを引き渡せ! 奴隷どもは、作業棟に戻れ!」
助けた人たちが、身を寄せ合った。
俺は、扉の方へ歩き出した。
ディアンが、俺の腕をつかんだ。
「待ちなさい。伯爵の兵を傷つければ、君は本当に罪人になる。書類の上では、今も向こうが正しいんだ」
「じゃあ、傷つけなきゃいいんだな」
ディアンの手を、そっと外した。
さっきまでの俺なら、こんなことは言えなかった。
でも、今は知っている。
俺は、あいつらよりずっと強い。
扉を開けて、外へ出た。
兵士たちが、ざっと槍先をそろえる。
「罪人ノア・ベルだな。大人しく……」
「ここから先は、通さない」
扉の前に立ったまま、動かなかった。
隊長らしい男が、顎をしゃくった。
「取り押さえろ!」
槍が三本、俺の胸と肩と腰に突き出された。
避けない。
ぱきん、と乾いた音が三つ並んだ。
穂先が、全部折れて地面に落ちた。
兵士たちが、柄だけになった槍を見つめている。
「……射ろ!」
弓の列から、矢が飛んだ。何本かは俺をそれて、後ろの扉の方へ向かう。
扉の奥には、リゼたちがいる。
危険を感じ振り返った瞬間、矢が宙で弾かれた。
何もない空中で、白い光が波紋のように広がる。矢は全部、力なく地面に落ちた。
右手の白い指輪が、ほんのりと温かい。
扉の内側で、ディアンが突っ立っていた。眉間を押さえ、悪い顔色のまま俺の指をにらんでいる。
「〈守護者の指輪〉……。近くにいる仲間まで守る、古い品だ。君は、どこでそんなものを……」
「サボテンタ」
「……ありえない」
兵士たちが、じりじりと後ずさり始めた。
槍は折れる。矢は届かない。その真ん中に、丸腰の遊び人が立っている。
誰も、次の一歩を踏み出さなかった。
兵の列が、左右に割れた。
馬に乗った男が、ゆっくりと進み出てくる。仕立てのいい外套、指には大きな印章指輪。青白い顔に、薄い笑みを浮かべていた。
ヴァルド伯爵。
この町の領主だ。
「見事だ、遊び人」
伯爵は、折れた槍をちらりと見下ろした。
「だが、力があるからといって、正しいことにはならない。法は、私の側にある」
懐から、封蠟のついた書類の束を取り出して、軽く振ってみせる。
「明朝、広場に来い。裁きを行う。罪人ノア・ベルと、盗まれた犯罪奴隷どもの、な。逃げれば、伯爵軍を出す。ここにいる者を全員必ず処刑する」
伯爵は馬首を返した。
兵士たちは引かなかった。作業棟を、遠巻きに囲んだままだ。
扉を閉めると、ディアンが壁にもたれて、長い息を吐いた。
「まずいな。犯罪奴隷の裁きは、領主の正当な権限だ。明朝の裁きを止められるのは、王の巡察官だけだ」
「そいつは、どこにいる」
「今の季節なら、西のサリアの町だろう。だが、馬でも片道三日はかかる」
「首輪と判決書、私が調べます。魔力が戻れば」
マレが、拳を握った。
つまり、巡察官を、明朝までにここへ連れてくればいい。
「往復で、一日か」
「……人の話を聞いていたか? 片道三日だ」
「馬なら、な。俺が走れば、行けるんじゃないか」
ディアンは口を開けたまま、何も言わなかった。
リゼが、小さく笑った。
「全部任せるわよ」




