第44話 ホラ吹きの爺さん
皮が、ぱりっと鳴った。
その下から、あっつい脂が口の中にあふれてくる。塩が、ちょうどいい。
頭の中で百匹焼いたどの魚より、うまい。
「……うめえ」
港の屋台で、一匹銅貨三枚。
五匹目を頭からかじったところで、リゼがあきれた顔をした。マレは、一匹を両手で持って、小さくかじっている。
焼いている親父が、山のような魚の骨を見て笑った。
「あの」
マレが、親父に話しかけた。
「西の海の、島のことをご存じですか」
「島?」
親父は、串を返す手を止めた。
「やめとけ。宝があるって話は昔からあるがな、行って戻った船はないんだ」
「一隻もですか」
「……まあ、一人だけ、戻ったって言い張ってる爺さんはいる」
親父は、鼻で笑った。
「ホラ吹きのガントだ。夜はだいたい、そこの酒場で笑われてるよ」
酒場は、潮と酒の匂いでむっとしていた。
奥の卓で、大きな笑い声が上がっている。
「だからよぉ、崖の黒いところに、船ごと突っ込んだんだ! そしたら、抜けたんだよ! 岩が、幻だったんだ!」
「出たぞ、幻の岩」
「次は何が出るんだ、爺さん」
「水晶だ! 洞窟の中に、水晶がごろごろしてたんだ!」
卓の男たちが、腹を抱えて笑った。
真ん中で、日に焼けた小さい爺さんが、杯を握りしめている。前歯が二本ない。
爺さんは懐から何かを取り出して、卓に叩きつけた。
拳くらいの、青い石だった。片側が、割れたようにとがっている。
「これが証拠だ!」
「その石、十年前から見てるぞ」
「道具屋が銅貨五枚って言ったやつだろ」
また、笑い声が起きた。
マレが、すたすたと卓に近づいていった。
「あの、その石、見せてもらえますか」
爺さんは、マレをじろりと見上げた。
「……嬢ちゃんも、笑いに来たのか」
「笑いません。私、鑑定師です」
爺さんは、しばらく黙っていた。
それから、石をマレの方へ押しやった。
マレが、石に指を当てる。
「……〈青水晶〉です」
「だろ!」
「どこの山でも採れる、よくある石です」
酒場が、どっと波打った。
爺さんの肩が、すとんと落ちた。杯をあおって、それきり何も言わなかった。
マレは、笑い声が聞こえていないような顔で、俺の指輪を引っぱった。
写しを出してやる。島の形が描いてある一枚だ。丸い印のほかに、島の縁に小さい黒い塗りが一つある。
「ガントさん。その黒い崖は、島のどっち側でしたか」
「……あ?」
「光の当たる向きとか、船で回った向きとか」
「北だ。北の崖の、真ん中よりちょい西だ。間違えねえよ、あそこで死にかけたんだ」
マレの指が、写しの上で止まった。
黒い塗りのところだった。
「……この印だけ、何の意味か分からなかったんです」
マレは、俺とリゼを振り返った。声が、少し震えていた。
「この人、本当に行ったのかもしれません」
爺さんが、杯を置いた。
こっちを見た目が、さっきまでと違っていた。
酒場の隅の卓に移って、ガントの話を聞いた。
洞窟には、青いのと、黄色いのと、紫の水晶があった。重くて大きいのは持てないから、一つを割って持ち帰った。
いちばんたくさんあったのが、青いのだった。だから、青いのを選んだ。
「黄色いのなら、宝石です」
マレが言った。
「磨けば、指輪や首飾りになります。拳くらいあれば、金貨何十枚にも」
「……は?」
「紫はもっとです。魔力の濃い場所で、何百年もかけて育つ水晶で。魔法使いなら、家を売ってでも欲しがります」
ガントの口が、あんぐりと開いた。
前歯のないところから、息が漏れた。
俺の頭の中では、金貨がじゃらじゃら鳴っていた。
水晶がごろごろ。金貨何十枚がごろごろ。俺の指輪なら、いくらでも入る。
「爺さん、連れてけ」
「……船がねえ」
「あ?」
「船は、賭けのかたに取られた。港の賭場の主にな」
ガントは、空の杯の底をのぞきこんだ。
「船がありゃ、連れてってやるよ。船がありゃな」
「……バカ」
賭場の前で、リゼが言った。
腕を組んで、俺をにらんでいる。
「取り返して、船を出させる。それだけだ」
「賭けでしょ」
「賭けだけどよ」
「……自分のお金だけよ。私の二十枚には、指一本触らせないから」
「分かってるよ」
リゼは、大きくため息をついて、扉を開けた。
先に入っていったのは、リゼの方だった。
賭場の主は、腹の出た男だった。
太い指に、指輪が六つ。魔力のあるやつは二つまでしか働かないって、マレが言ってたな。もったいねえ。
主は、俺の後ろのガントを見て、にやりとした。
「ホラ吹きの船を、取り返したい?」
「そうだ」
「いいでしょう。どうせ、誰も乗らない船だ」
主は、卓の上に壷を伏せた。サイコロが二つ。
「丁半、一回勝負。金貨百枚を張って当てたら、船はお返ししますよ」
百枚。
指輪の中の二百枚の、半分だ。
後ろで、ガントが息をのんだ。
俺は、金色の指輪から金貨を出して、卓に積んだ。
じゃらり、といい音がした。周りの客が、一斉にこっちを向いた。
「丁」
壷が、上がった。
一と、四。
「半。……残念でしたなあ」
金貨百枚が、主の太い腕にかき寄せられていった。
指輪の中には、もう百枚しかない。




