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剣も鎧も装備できない遊び人ですが、指輪なら何個でもつけられるので最強でした ~拾った建国の名剣は物干し竿にしています~  作者: 黙


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第42話 起きるまで、待て

焼き魚が、食いてえ。

港の話を聞いてから、二日たった。頭の中では、もう百匹くらい焼いている。

皮がぱりっとして、脂がじゅっと落ちて、塩をぱらっと振ったやつだ。

食ったことは、一度もねえけど。


マレは、まだ寝ている。

医者は数日と言った。リゼは「起きてからよ」と言った。俺には、待つ以外にやることがない。

宿の天井の染みを数えるのにも飽きて、ヒゲチョロを連れて外へ出た。散歩だ。ただの散歩だ。


気がつくと、知ってる通りを歩いていた。

軒先に、サイコロの絵の看板が下がっている。中から、じゃらじゃらと音がする。

金色の指輪の中には、金貨が二百枚ある。夜杯の賭場で勝った分だ。

人のものは、もう賭けない。リゼにそう言った。これは、俺の金だ。


看板の下まで、あと十歩。

ヒゲチョロが、止まった。

手綱を引いても、四本の足を突っ張って動かない。


「おい、行くぞ」


ヒゲチョロは、ふん、と鼻を鳴らした。

それから、鼻先で俺の背中をどついた。賭場と反対の方へ。

もう一度。もう一度。


「……お前、リゼに何か言われてんのか」


返事の代わりに、もう一回どつかれた。




鑑定院の奥の部屋では、リゼが寝台の横に座っていた。

マレは、毛布の下で、口を半分開けて寝ている。


「どこ行ってたの」

「散歩」

窓の外で、ヒゲチョロが鼻で笑った。

リゼは、俺の顔をじっと見た。

「……ふうん」

「なんだよ」


「別に」


リゼは、それ以上何も言わなかった。

黙って、マレの毛布を直している。

怒鳴られるより、こっちのほうが堪える。


部屋の隅の机では、ディアンが何かを磨いていた。

手のひらくらいの、丸い金属の板だ。輪がいくつも重なっていて、細かい目盛りが刻んである。

昨日も、ずっとそれを磨いていた。昼飯の皿は、手つかずのまま横に置いてある。


「それ、なんだ」

「古い道具だ」

ディアンは、顔を上げずに言った。それきりだった。




三日目の朝、マレが跳ね起きた。


「い、今、何日ですか!?」

「お前が寝てから、三日」

「三日!? 港は!? まさか、もう」

「行ってねえよ。お前が起きるまで待てって、リゼが」

マレは寝台の上で固まって、それから、ゆっくり毛布に顔をうずめた。

「……すみません」


「謝るとこじゃないでしょ」

リゼが、パンとスープの載った盆を、マレの膝に置いた。

「全部食べて」


マレはパンをかじりながら、もう片方の手を、枕元の紙束へ伸ばした。

リゼが、盆をその紙束の上に置き直した。

マレの手が、止まった。


荷造りは、すぐに終わった。

何でも、俺の金色の指輪にしまえばいいからだ。マレの紙束も、着替えも、鍋も。

ついでに毛布をしまおうとしたら、リゼにはたかれた。

「鑑定院のでしょ」


出がけに、ディアンがマレを呼び止めた。

手に、あの丸い板を持っている。


「持っていけ」

マレは受け取って、目を見開いた。

「〈星読みの盤〉……先生、これ、引き出しにずっとしまってた……」

「海の道は、星で読むのだろう」

「でも、こんな大事なもの」

「しまっておく道具は、道具ではない」


ディアンは、マレの肩の埃を払った。

「磨いておいた。目盛りは、まだ狂っていない」

マレは盤を胸に抱えて、うつむいた。

「……ありがとう、ございます」


「それ、高いのか」

すねを蹴られた。リゼだ。

ディアンは、少し考えてから答えた。

「売れば、金貨三十枚ほどだ」

マレが、盤を抱える腕に力を込めた。


「マレ」

ディアンが言った。

「夜は、星を見る時だけ起きていればいい。あとは、寝なさい」

「……はい」




西の門の前に、小さい影が立っていた。

ティルだ。荷物は、何も持っていない。


「や。見送りに来たよ」

「お前も来るんじゃねえのか」

「僕はちょっと行きたいとこがあるから、ここでお別れ。またね」

「どこだよ」

「ないしょ」

ティルは、にこにこ笑っている。


リゼが、一歩前に出た。

「ティル。呪いのこと、聞きそびれて、ごめんなさい」

「いいよいいよ。百年後に、僕が自分で聞きに行くから」

ティルは、ひらひらと手を振った。

「年とらないって、こういう時は便利だよねえ」


なんとなく、頭をなでた。ちょうどいい高さにあったからだ。


「……五十のおじさんの頭、なでないでくれる?」

「なでやすいんだよ」

「君より、長く生きてるんだけどねえ」


門の外から、足音が三つ近づいてきた。

ドルフと、イダと、カイだ。


「いた! ほら、間に合ったじゃない」

イダが、ドルフの背中をばしばしたたいた。

「組合で聞いたのよ、あんたたちが港へ行くって。カイが、ちゃんと礼を言いたいって」

カイが前に出て、頭を下げた。顔色は、もうすっかりいい。

「ありがとうございます」

「俺は寝てただけだぞ」


「それを、助けたって言うのよ」

リゼが言った。


ドルフは、何も言わなかった。

ヒゲチョロの背に乗ったマレを、じっと見ている。目の下の、まだ消えないくまを見ている。


「……寝ろ」

「は、はい!?」

「夜は、寝ろ」

「ね、寝ます!」

マレが、鞍の上で背筋を伸ばした。


「こないだは、寝るなって言ってたじゃねえか」

ドルフは、俺をちらりと見た。

「お前も、寝ろ」


門をくぐった。

振り返ると、ティルが手を振っていた。イダも手を振っていた。ドルフは腕を組んで、見ているだけだった。

西へ、街道がまっすぐ伸びている。

この先に、海がある。焼き魚がある。


「港まで、何日だ」

「街道だと、十日くらいです」

「十日……」

「でも、石板の道なら、もっと近いかもしれません」

マレが、紙束を広げようとした。目が、少しだけ光っている。

リゼが紙束を抜き取って、俺の指輪に押し込んだ。


「馬の上で読んだら、酔うわよ」





――――


同じころ。

窓のない部屋で、指の長い男が紙をめくっていた。

机の上には、冒険者組合の報告の写しが、束になっている。


「砂漠で、神代の遺跡を見つけた銀級」

一枚、めくる。

「北の迷いの森のそばで、ルト村の衰弱病を片づけた銀級」

もう一枚。

「同じ名前ですね。ノア。職業は――」

男の指が、止まった。


「……遊び人?」


男は、小さく笑った。

それから、笑うのをやめた。


「神代の遺跡を見つけた男が、次は、あの迷いの森」

紙を重ねて、端をそろえる。

「……偶然でしょうかね」


戸の外から、低い声がした。

「今朝、西の門を出たそうです」

「西」


男は、壁の地図に目をやった。

王国の西の端。港の、さらに向こう。

海の上に、丸い印が一つ、描いてあった。

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