第40話 寝たら、終わった
リゼが、頭を抱えていた。
朝からずっとだ。村の連中に見送られている間も、ヒゲチョロの手綱を引きながらも、ときどき「あーっ」と声を出す。
「……ごめんなさい」
「いいよ、いいよ」
ティルは、干し芋をかじりながら歩いている。村のおかみに、袋いっぱい持たされたやつだ。
「神様って、一回しゃべったら百年は黙るって言うしね。どっちにしても、もう聞けなかったんだよ」
「百年……」
「百年後に、僕が自分で行くよ。年とらないし」
リゼが、もう一回「あーっ」と言った。
それ、なぐさめになってんのか。
ティルは、王都までついてくることになった。
「僕も組合に報告があるしね。それに、王都の鑑定院って、一回のぞいてみたかったんだよねえ」
おかみには、菜っ葉も一束持たされた。
金色の指輪にしまうと、ヒゲチョロが俺の指をじっと見た。
やらねえぞ。お前は、ゆうべ三把食っただろ。
日が傾くころ、街道の宿場町に着いた。
宿の食堂に入ったとたん、でかい声が飛んできた。
「あーっ! あんたたち!」
弓を背負った女が、椅子を蹴って立ち上がった。村の手前で会った、あの女だ。
その向かいで、若い男が、皿に顔を突っ込むようにして飯をかき込んでいる。
カイだった。
村の手前で会った時は、ドルフの背中で、死人みたいな色をしていた。リゼが治癒をかけても、顔色は戻らなかった。
それが今、肉を三枚まとめて口に押し込んでいる。
「きのうの夕方、急に起きたのよ」
弓の女が、早口でまくし立てる。
「ずっと寝てたのに、いきなり目を開けて、腹減ったって。それから、ずっと食べてるの。ずっと!」
「……うまいっす」
カイが、口をいっぱいにしたまま頭を下げた。
ドルフが、奥の席から俺を見ていた。
黙って、じっと見ている。
「……寝たのか」
「寝た」
「……」
「寝たら、終わった」
ドルフは、しばらく何も言わなかった。
それから短く「……そうか」とだけ言って、店の親父に指を三本立てた。
俺たちの前に、肉の皿が三つ並んだ。
「寝ただけ!?」
弓の女が、テーブルを叩いた。
「こっちは三日も、ろくに寝ないで担いできたのよ! 寝るなって言われて、寝ないで! それを、寝ただけって!」
「イダ」
ドルフが言った。
「……分かってるわよ」
イダは、どすんと座り直した。
それから、そっぽを向いたまま言った。
「……ありがと」
「あの、僧侶さん」
カイが、やっと皿から顔を上げた。
「村の前で、治癒をかけてくれましたよね。おかげで元気に、ありがとうございました」
「……私じゃないの」
リゼは、それだけ言った。
カイはきょとんとして、それからまた肉に戻った。
ドルフのおごりの肉は、うまかった。
三皿目は、ヒゲチョロの分だと言い張って、俺が食った。
次の日の夕方、王都の門をくぐった。
ドルフの組も一緒だ。行き先が同じ組合なんだから、当たり前だ。
組合の奥の部屋で、責任者は、リゼの話を最後まで黙って聞いた。
森の奥の、でかい木。木に取りついた蚤の魔物。家ほどもある親玉。村の連中が、一度に起き上がったこと。
柱の声のことは、リゼは言わなかった。帰り道で、そう決めていた。
ティルも「僕も言わないよ。言っても誰も信じないし」と笑っていた。
「……そんな化け物を、倒した」
責任者が、ゆっくり繰り返した。
「金級の魔法使いがいたとはいえ、銀級が……いや」
責任者は、俺を見た。
「どうやって倒した」
「殴った」
部屋が、しんとした。
ティルが、横を向いて肩を震わせている。
「その前に」
壁際で腕を組んでいたドルフが、口を開いた。
「こいつが、寝た」
「……寝た?」
「村で、寝た。それで、村が助かった」
責任者が、ドルフを見て、俺を見て、もう一回ドルフを見た。
ドルフが冗談を言う男じゃないことは、責任者の顔を見れば分かった。
責任者は長いこと黙ってから、額を押さえた。
「……分からん。分からんが、村が助かったのは確かなんだな」
「はい」
リゼがうなずく。
「なら、依頼は達成だ」
机の上に、袋が置かれた。
「金貨、二十枚」
金貨。
二十枚。
袋の口から、金色がのぞいている。手を伸ばしたら、リゼにはたかれた。
「宿代と、飼い葉と、マレの差し入れが先」
「……俺が殴ったのに」
「その前に、寝てただけでしょ」
リゼの懐に消えた。
部屋を出ると、受付のあたりがざわついていた。
「銀級の遊び人が、また何かやったらしいぞ」
「前は神代の遺跡だろ。今度は何だ」
知るか。寝てただけだ。
宿に戻ったのは、日が落ちてからだった。
屋台で串焼きを山ほど買い込んで、明日の朝いちばんにマレのところへ持っていく、とリゼと決めた時だ。
受付の親父が、帳面から顔を上げた。
「あんたら、鑑定院から使いが来てたよ。昼から三回」
「三回?」
「ディアンって人からだ。帰ったら、すぐ来てくれって」
親父は、折りたたんだ紙を差し出した。
リゼが開く。
読んだとたん、リゼの顔から血の気が引いた。
紙には、一行だけ書いてあった。
『マレが倒れた』




