第4話 体が勝手に
歌った。
腹をくくって、全力で歌った。
調子っ外れの、ガキの頃のあの歌だ。歌詞は相変わらず半分しか出てこない。出てこないところは、ふんふんで誤魔化した。
九人の視線が、痛い。
御者台の上から、荷台の隅から、みんなが俺を見ている。苦しんでいた顔が、だんだん「何だこいつ」という顔に変わっていく。
それでいい。
苦しい顔よりは、ずっといい。
首輪の光が、ひとつ、またひとつと消えていった。
最後の光が消えたところで、口を閉じた。
静かだった。
風の音しかしない。
荷台の一番奥にいた小さな女の子が、ぽつりと言った。
「……へたくそ」
「うるせえ」
「でも、いたくない」
女の子は自分の首を触って、目をぱちぱちさせた。
それを合図に、荷台のあちこちから声が上がった。痛くない。消えた。どうして。誰かが泣き出して、隣の人がその背中をさすっている。
マレが、そっと俺の袖を引いた。
「……いい歌でした」
「無理すんな」
首輪は、九つまとめて外した。
継ぎ目に指をかけて開くだけだ。要領は、マレの時に分かっている。一つ外すたびに、荷台の誰かが息を呑んだ。
最後は、さっきの女の子だった。
外した首輪を渡してやると、女の子は両手で受け取って、思いきり砂に投げつけた。
いい投げっぷりだ。
見張りの二人は、まとめて縛った。砂から引っこ抜いたほうは、まだ目を回している。
黒い板を握ったほうは、ずっと俺から目をそらしていた。
「おい」
声をかけると、肩がびくっと跳ねた。
「さっきのはデコピンだぞ。指で弾いただけだ」
「……知ってる。見てた」
「お前ら、軽すぎねえか? ちゃんと飯食ってんのか」
男は答えなかった。荷台の人たちも、誰も何も言わなかった。
マレだけが、小さくため息をついた。
見張りの荷から出てきた水とパンを分けると、ようやく荷台が落ち着いた。
でも、空気は重いままだった。首輪は外れても、何日も荷台に詰め込まれていたことは変わらない。家に帰れるかも分からない。誰も口を開かず、黙ってパンをかじっている。
俺も、黙ってパンを噛んでいた。
その時だった。
足が、勝手に動いた。
右足が、ぴょんと跳ねる。左足が続く。腕が、頭の上でくるくる回り始める。
「……は?」
止まらない。
俺の体は、荷馬車の前で、ひとりで踊り始めていた。
ガキの頃に祭りで見た、酔っ払いの変な踊りだ。腰を振って、膝を叩いて、くるっと回る。
「ノアさん!?」
「ち、違う! 勝手に!」
ヒゲチョロが、ものすごく嫌そうな顔で後ずさった。
荷台の全員が、口を開けて俺を見ている。
さっきの女の子が、最初に吹き出した。
つられて隣の男が笑った。御者台の男が肩を震わせ、泣いていた女まで、涙を拭きながら笑い出した。
俺の体は最後にくるっと回って、両手を広げて止まった。
ようやく、自分の意思で動けるようになった。
穴があったら入りたい。いや、砂漠だから掘ればあるけど。
マレが、真っ赤な顔で口元を押さえながら言った。
「〈踊る〉……です。今の、スキルです」
「スキルなら、俺の言うこと聞けよ!」
荷台が、また笑いに包まれた。
さっきまでの重たい空気は、どこにもなかった。
遊び人のスキルは、勝手に出ることがあるらしい。
知りたくなかった。
笑いが落ち着いた頃、最初に水を欲しがっていた女が、俺のそばへ来た。
「助けてくれて、ありがとう。……あなた、ノアさんでしょう」
「さっきの見張りから聞いたか」
「いいえ。リゼさんから」
女は、自分の腕の包帯に触れた。
「これを巻いてくれた時に、話してくれたの。砂漠に逃げた幼馴染がいる。口下手で、すぐ調子に乗る。あと、歌も下手。でも、絶対に帰ってくるって」
喉の奥が、詰まった。
あいつは、待ってたのか。俺が帰らなかった、この一年ずっと。
「それと、もう一つ」
女の声が、低くなった。
「地下の人たちは、明後日の夜に、別の町へ売られるそうです。リゼさんも、一緒に」
明後日。
ハルカまでは、ここから丸一日かかる。
荷台の九人と、マレと、ヒゲチョロを見た。
「急ぐぞ」




