第38話 人手不足なのよ
リゼが、柱に向かってしゃべっている。
誰もいない。光る柱と、光る種と、俺とティルだけだ。
「……私? 私、ですか?」
「おい、リゼ」
返事はない。リゼは柱を見上げたまま、小さくうなずいている。
ティルが、俺の袖を引いた。目つきが変わっていた。
「邪魔しないほうがいいよ。……たぶん、すごいのと話してる」
「すごいの?」
「僕には聞こえないけどね。……ずるいなあ」
――――
声は、頭の中にじかに響いていた。
女の人の声だった。やわらかくて、少し、疲れている。
『そう、あなた。あなた、僧侶でしょう』
「……一応、ですけど」
『一応でも、いいのよ。だから聞こえるの』
声は、少しだけ笑ったようだった。
『まず、お礼を言わせて。木を起こしてくれて、ありがとう。もう少しで、全部枯れるところだったの』
「あの、蚤みたいなのは……」
『もとは、ただの蚤よ。木に取りついて、勝手に増えたの。私、ここまで手が回らなくて』
「……あなたは」
『シャミオカラー』
聞いたことのある名前だった。ハルカの治療院の壁に、古い祈りの札が貼ってあった。
「それ、薬の神様の名前じゃ……」
『確かにそうなんだけど』
声が、ため息をついた。
『薬だけじゃないのよ。病も、けがも、癒やすことは全部、私。人手不足なのよ。僧侶も私が見ないといけないの』
リゼは、自分の手を見た。さっき、ノアの首に当てた手だ。
『今、この世界は三人で回してるの。戦いのと、道具のと、私』
「……三人で?」
『そう、三人。……ああ、もう一人いるけど、あれは数に入れないで』
そこだけ、声が少し低かった。
『それで、お礼。願いを一つ、かなえてあげる』
リゼは、すぐに答えた。
「村の人を、助けてください」
『……自分のことじゃなくて、いいの?』
「村の人を」
『いいわ。死んでない人なら、元気にしておいてあげる』
死んでない人なら。
リゼは、唇をかんだ。
『ごめんなさいね。それは、私にもできないの』
「……はい」
『何か聞きたいことは?』
リゼは、振り返った。
ノアが、ティルに袖をつかまれたまま、こっちを見ていた。間の抜けた顔だった。
あの人が寝ると、村が助かる。木も元気になる。そのくせ、自分では何も分かっていない。
「あのバカは、どうなってるんですか」
『遊び人』
「……それは、知ってます」
声が、少し黙った。
『彼に、罪はないのだけど』
また、ため息が聞こえた。
『嫌いなのよね、遊び人』




