30. 空き部屋
金にならねえ。
神代の遺跡を見つけたってのに、組合の報奨は「調査が済んでから」だそうだ。いつ済むのかと聞いたら、受付の女は首をかしげた。
そりゃそうだ。入り方を伏せたんだから、調べに行ける奴がいない。済むわけがない。
……まあいい。俺の飯のためだ。
鑑定院の奥の部屋は、古い紙のにおいがした。
ディアンの机に、マレが帳面を開いた。石板の写しだ。遺跡の奥で、マレが写してきたもの。
見たこともない文字が、びっしり並んでいる。ミミズがのたくったようにしか見えない。
ディアンは、黙って写しを手に取った。
机の端で、朝飯のパンが冷めていく。
一枚めくる。また一枚。指で文字をなぞり、棚から古い本を引っぱり出し、また写しに戻る。
「……ありえない」
ディアンが、ぽつりと言った。
「せ、先生? どこか、間違っていましたか」
マレが、慌てて身を乗り出した。
「逆だ。削れて消えかけた線まで、写してある」
ディアンは、それきり何も言わなかった。代わりに、紙の束と筆をマレの前に置いた。
「この行から先は、お前がやれ。書庫の古字の目録と照らせ」
マレの目が、まん丸になった。
「わ、私がですか」
「ほかに誰がいる」
マレは、筆を両手で握りしめた。耳まで真っ赤だ。
「で、何て書いてあるんだ」
「名前は〈西の港へ至る道の記録〉ですけど、中身は、まだ何も」
マレは早口になった。
「これは神代の古字で、書庫にも手がかりが少ししかないんです。似た形の字を一つずつ探して、前後の並びから意味を当てて……」
「何日かかる」
「……何日も、かかります」
何日も、か。
冷めたパンが、もったいねえ。ディアンは手をつける気配もない。俺が食った。
かじりながら、写しをのぞき込む。
「この丸いの、サボテンタに似てねえか」
「触らないでください!」
パンくずが、写しの上にぱらぱらと落ちた。
マレが悲鳴を上げた。息で吹き飛ばそうとして、紙ごと飛ばしかけて、また悲鳴を上げた。
「ノアさん、邪魔です! 外にいてください!」
背中を押されて、廊下へ出された。
「しばらく、ここに泊まります! 先生と!」
扉が、ばたんと閉まった。
……追い出された。
腰の〈自在棒〉を抜いて、背中をかく。ちょうどいい長さだ。
扉が少しだけ開いて、リゼが出てきた。口元を手で押さえて、肩を震わせている。
「何がおかしい」
「別に。……じゃあ、宿を探さなきゃね」
夕方、組合の近くの宿に入った。
ヒゲチョロは裏の厩に預けた。干し草の山を見て、鼻を鳴らす。サボテンタじゃねえのが不満らしい。知るか。
受付の親父が、帳面から顔を上げた。
「空きが、一部屋しかないんですが。よろしいですか」
リゼの肩が、ぴくりと跳ねた。
「一部屋で銀貨三枚。寝台は一つです」
「高えな」
「そこじゃないでしょ!」
なんで俺が怒られるんだ。
ほかを探すにも、もう日が落ちかけている。結局、その部屋に決めた。金色の指輪の中には拾い物があるが、売るならまずコーセイに声をかけろと言われている。もうガラクタしかねえけどな。財布から銀貨を三枚出した。
狭い部屋だった。寝台が一つ、窓が一つ。
リゼは寝台の端に腰かけて、なぜか窓の外ばかり見ていた。
「……ねえ」
「なんだ」
「べ、別に……一緒に寝ても、いいけど」
声が、どんどん小さくなっていく。
「床で寝て、明日、腰が痛いとか言われても困るし。それだけだから」
「床でいい」
「……え」
「砂漠よりましだ。砂は入ってこねえし、サンドワームにも呑まれねえ」
外套を床に敷いて、横になる。板の床はひんやりして、気持ちがいい。
まぶたが重い。何日も荷車を引いてきた疲れが、まだ抜けていない。
リゼが、何か言いかけた気がした。
その前に、眠りに落ちた。
遠くで、声がした。
「……バカ」
翌朝、リゼは朝飯の間、一度も目を合わせなかった。
パンを半分ちぎったところで、ようやく口を開いた。
「あんた、銀級なのに依頼ゼロでしょ」
「それがどうした」
「この前の受付の人、帳簿とあんたの顔を何回見比べてたと思ってるの」
知るか。数えてねえ。
「マレたちが読み終わるまで、どうせ暇でしょ。何か受けなさい。銅級の私も一緒に行ってあげるから」
「銅級かよ。金になるなら、受けてやってもいい」
すねを蹴られたが、痛くもかゆくもない。
組合の掲示板には、紙がびっしり貼られていた。
〈岩トカゲの群れの討伐 金貨三枚〉
悪くねえ。手を伸ばしたら、リゼにはたかれた。
「最初は、簡単なのからにしなさい」
「なんでだよ」
「あんた、依頼の受け方も知らないでしょ」
リゼが選んだのは、掲示板のいちばん下で、端が黄ばんで丸まっている紙だった。
〈下水の大ネズミ退治 銀貨五枚〉
「下水って、あの臭えところか」
「簡単そうじゃない。ネズミよ」
「汚れるだろ」
まあ、サンドワームの腹の中よりはましか。
……ましか?
窓口に紙を出すと、この前の受付の女が、目をぱちぱちさせた。
「ぎ、銀級の方が、下水を……?」
「簡単なのから、だとさ」
受付の女は、紙の黄ばんだ端を見て、それからリゼを見て、言いにくそうに口を開いた。
「あの……この依頼、もう半年も残っているんです」
「半年?」
「下水の奥からは、もう三組が、逃げ帰っています」




