29. 伯爵の印
役所の床は、ぴかぴかだった。
砂だらけの靴で歩くと、跡が点々と残る。後ろで、役人が嫌そうな顔をしていた。
知るか。こっちは何日も荷車を引いてきたんだ。
奥の部屋で、イサナが机の向こうに座っていた。机の上には、紐でくくった書類が積まれている。旅支度の途中らしい。
縛った八人が、壁際に並ばされた。
イサナは、男たちを順に見て、それから俺を見た。
「ハルカの遊び人か」
「ノアだ」
「説明せよ。簡潔にな」
リゼが、前に出た。
「大砂漠に、神代の街が埋もれていました。この人たちは、そこへ入り込んで、壁画を剥がそうとしました。九人で降りてきて、二人は奥で番人に潰されています」
頭目が、鼻で笑った。
「言いがかりだ。俺たちは、伯爵様の許しを得て、砂漠を探っていただけだ」
イサナの目が、頭目の胸元へ動いた。銀の糸で縫い取られた紋章。年かさの男の胸にも、同じものがある。壁に立てかけた弩の台尻にも、同じ紋が焼き印で押されていた。
「ヴァルド伯爵家の紋だな」
「そうとも。伯爵様の手の者に縄をかけて、ただで済むと思うなよ」
マレが、おずおずと前に出た。両手に、小さな金のかけらを載せている。王都へ来る途中で、リゼが男たちの袋を改めて、見つけたものだ。
「これは、頭目さんの袋に入っていました」
マレは、かけらを包むように手を閉じて、目をつぶった。
「……〈旅人の神の壁画の欠片〉」
それから、帳面を開いて、イサナの前に置いた。杖をついた男の絵。顔のところだけが、ぽっかりと欠けている。
「壁画の写しです。ここに、神様のお顔がありました」
イサナは、写しとかけらを見比べた。しばらく、何も言わなかった。
「伯爵の許しを得た、と言ったな」
「ああ」
「ハルカの件の後、私は王に報告した。王は伯爵に、身を慎めと厳命された」
頭目の顔が、ぴくりと動いた。
「その伯爵が、神代の遺跡を荒らせと命じたのか。……本当に、伯爵の命令なのだな?」
頭目の口が、半分開いたまま止まった。
なんで黙るんだよ。さっきまで、伯爵様、伯爵様って言ってたくせに。
リゼが、俺にだけ聞こえる声で言った。
「認めたら、伯爵が終わる。認めなきゃ、自分たちがただの墓荒らしになるのよ」
壁際で、若い男が顔を上げた。砂漠で、ずっと震えていたやつだ。
「……伯爵様の、命令です」
「おい!」
頭目が怒鳴った。若い男は、それでも止まらなかった。
「砂漠で遊び人を見張れ。何か見つけたら、全部持ってこいって。頭目が、お屋敷で言いつかってきたんです。俺は、ただの荷運びで……」
声が、しぼんでいった。
頭目は、もう何も言わなかった。歯を食いしばっていて、顎の古い傷が白く浮いていた。
イサナが、立ち上がった。
「この者たちは、証人として預かる。壁画を傷つけた罪は、王都で裁く」
それから、窓の外へ目をやった。
「伯爵を裁けるのは、王だけだ。だが、厳命を破って神代の遺跡を荒らさせたとなれば……伯爵も、退くほかあるまい」
ハルカの広場で、印章指輪を震わせていた伯爵の指を思い出した。
ざまあみろ。
「遺跡には、どうやって入る」
イサナが聞いた。リゼが、少しだけ迷ってから口を開いた。
「……お願いがあります。入り方は、記録に残さないでください」
「理由は」
「入るのに、サボテンタが要るんです。入り方が広まれば、盗掘団が押し寄せて、サボテンタを狩り尽くします」
「俺の飯がいなくなる」
リゼに、すねを蹴られた。
イサナは、俺の顔をしばらく見ていた。
「サボテンタが、絶えるか」
小さく、うなずいた。
「……分かった。記録には残さん。ただし、王には申し上げる。それが、私の務めだ」
それから、紐でくくった書類の束に、一枚を足した。
「どのみち、この者たちを裁けば、遺跡のことは王都中に知れる。先に、冒険者組合へ届け出よ。見つけた者として名が残れば、お前たちの働きにも価値が出よう」
冒険者組合の窓口は、夕方で空いていた。
札を出す。銀色の札だ。登録した時に、なぜかいきなりこれをもらった。
「遺跡を見つけた。届け出に来た」
受付の女が、目を丸くした。
「い、遺跡ですか。入り方は、分かっていますか?」
「おう。サボテンタを抱えて……」
すねを蹴られた。さっきと同じところだ。
「門の前で、運よく沈んだのよ」
リゼが、にっこり笑って言った。
受付の女は、首をかしげながら書きつけた。それから、俺の札を手に取って、帳簿をめくった。
指が、止まった。
「銀級……ノア・ベル様」
「おう」
「……ご依頼の達成記録が、一件もありませんが」
受付の女は、帳簿と俺の顔を、何度も見比べた。
「初めてのご報告が、神代の遺跡の発見……ですか?」




