28. 荷物は八人
朝飯にとどめを刺したら、棒が落ちた。
手のひらより少し長いくらいの、赤茶けた棒だ。砂の上に、ころんと転がっている。
……食えねえ。
ヒゲチョロが、棒の匂いを嗅いで、鼻を鳴らした。それから、サボテンタの半分をくわえて離れていった。
「おい、半分は多いだろ」
尻を向けられた。
石の門の前には、縛った男たちが八人、並んで座っている。夜のうちに、リゼたちが中から連れて出てきた。バルトが広間から一匹抱えてきたらしく、肩に、枝で叩かれた赤い跡がついていた。
マレが、棒を拾い上げた。両手で包んで、目を閉じる。
「……〈自在棒〉」
「じざい?」
マレは、棒をくるりと回して、首をかしげた。
「聞いたことのない名前です。先生の本にも、なかったと思います」
「棒だろ」
受け取って、背中に回した。肩甲骨の間の、ちょうど手の届かないところに当たる。
「……おお」
「神代の遺跡の、すぐ外で出た品ですよ!? 背中をかかないでください!」
「かゆいんだよ」
リゼが、縛った男たちを見回した。
「で、これ、どうするの」
「どっかの詰所に放り込む」
「ハルカはダメよね」
リゼは、少し考えてから言った。
「イサナさんを頼りましょう」
「どこにいるか、分かんねえぞ」
「とりあえず、王都で聞くのよ」
マレが、帳面を胸に抱えた。
「先生なら、知ってるかもしれません。石板の写しも、見てもらいたいです」
バルトが、門の柱から背中を離した。
「俺も、王都まで行こう」
「上に馬を待たせてたなら、荷車もあるんじゃない?」
リゼの言ったとおりだった。門から少し離れた砂丘の陰に、荷車が一台置いてあった。荷台には、空の麻袋が山になっている。剥がした金を詰めて帰るつもりだったらしい。
馬は、いない。若いほうの馬も、夜のうちにどこかへ逃げていた。
「お前が引けよ」
ヒゲチョロに言った。尻を向けられた。
仕方ない。八人を荷台に放り込んで、引き手の棒を両脇に抱えた。リゼとマレはヒゲチョロに乗り、バルトは荷台の端に腰かけて、男たちを見張っている。
走った。
荷車が、砂の上で跳ねる。荷台で、縛られた男たちが転がって、ぶつかり合う。
「揺らすな……吐く……」
知るか。
昼過ぎ、気がつくと、口から妙な音が出ていた。
ふん、ふふん、ふーん。
鼻歌だった。調子が、ひどく外れている。自分でも、何の歌か分からない。
止まらない。
「……おい、やめろ」
荷台から、頭目の声がした。
「頭に響く。せめて、まともな歌にしろ」
「知らねえよ。勝手に出るんだ」
ふーん、ふふふーん。
「……揺れと合わさって、気持ちが悪い……」
荷台の男たちが、そろってうめいた。
ヒゲチョロの上で、リゼが顔をそむけていた。肩が震えている。
「笑うな」
「笑ってないわよ」
王都の門が見えたのは、砂漠を出て何日目かの昼だった。
門の前には、荷馬車と人の列ができていた。その横を、荷車を引いて通り過ぎる。
人の声が、ぴたりと止まった。
門番の衛兵が、槍を持ったまま口を開けた。俺の顔と、荷車と、荷台に積まれた八人を、順番に見る。
「……人が、荷車を引いてる」
隣の衛兵が、声をひそめた。
「あれ、例の遊び人じゃないか。宝物庫の剣の……」
リゼがヒゲチョロから降りて、衛兵に何か話した。衛兵は、荷台と俺を見比べてから、門の脇の日陰を指さした。そこで待て、ということらしい。
「私とマレで、聞いてくる。あんたは、ここでおとなしくしてなさい」
「おとなしくって、何するんだよ」
「何もしないってことよ」
門の脇の日陰で、荷車の番をした。衛兵が二人、ちらちらとこっちを見ている。
バルトは荷台の端に座って、腰の剣を少し抜いていた。前に、金色の指輪から出してやったやつだ。刃を日にかざして、じっと見ている。
「……いい剣だ」
「そうか?」
「本当に、もらっていいのか」
「拾ったもんだ」
バルトは、剣を戻した。しばらく、門を出入りする荷馬車を眺めていた。
「あの遺跡の宝は、俺には取れん」
「番人がいるからか?」
「運だ」
バルトは、俺を見た。
「お前の拾い物を見て、分かった。あんな品は、よほどの運がなければ出てこない。俺が何年サボテンタを狩っても、皿か、鍋のふただ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「冒険者として、高難度の仕事を受ける。金になるのは、それしかない」
「何にそんな金がいるんだよ」
バルトは、答えなかった。
……まあ、いいけどよ。
バルトが、荷台から降りた。外套の砂を払う。
「この恩は、いずれ返す」
「恩とかいいから、次に会ったら飯おごれ」
「……分かった」
バルトは、ほんの少しだけ口の端を上げた。それから、人混みの中へ歩いていった。背中の古い鞘が、すぐに見えなくなった。
入れ替わりに、リゼが人混みを抜けて戻ってきた。マレが、後ろから小走りでついてくる。
「バルトは?」
「行った」
リゼは、人混みのほうを一度だけ見た。それから、息を整えて言った。
「いたわよ、イサナさん。王都に」
「お、運がいいな」
「運がいいのか悪いのか。……明日の朝には、王都を発つんですって」




