第27話 主食のために
馬だと?
頭目を見下ろした。縛られたまま、にやにや笑っている。
逃げたやつは、俺の飯を抱えていった。しかも馬で、伯爵のところへ帰るつもりだ。
「ノア」
リゼが、俺の袖をつかんだ。
「追って。今すぐ」
「分かってる」
「待って。出るには、サボテンタがいるのよ」
砂の山を見た。一匹も残っていない。
「広間なら……」
マレが、奥の通りを見た。
「番人の体から、また生まれているはずです」
あそこか。
広間の入り口から、そっと中をのぞいた。
番人が三体、さっきと同じ場所に立っていた。焦げた幹のやつも、輪は緑に戻っている。
その足元で、生まれたばかりのサボテンタが、もぞもぞ動いていた。
一歩、踏み込む。
輪が、赤くなった。
早えよ。
床を蹴って、一番近い一匹をひっつかむ。枝が降ってきた。頭を下げてかわす。次の枝が、背中を叩いた。
殴り返したい。
殴ったら、飯が生まれなくなる。
「くそっ、殴れねえのが一番腹立つ!」
叫びながら、広間を飛び出した。
広場に戻ると、ヒゲチョロが待っていた。
俺の腕の中を見て、目の色が変わった。
「食うな。これはだめだ」
ヒゲチョロが首を伸ばしてきた。かぶりつかれる寸前で、サボテンタを頭の上に持ち上げる。
ヒゲチョロは、今度は俺の襟首をくわえた。離さない。
「……ついてくる気か」
鼻で笑われた。
リゼが、腕を組んだ。
「連れていきなさいよ。逃げた男は、サボテンタを抱えてるんでしょ。あんたの目より、その子の鼻のほうが当てになるわ」
バルトが、縛った男たちの前に腰を下ろした。
「ここは、見ておく」
「すぐ戻る」
砂の山に飛び乗った。ヒゲチョロが、襟首をくわえたままついてくる。
足元の砂が、ざあっと上へ流れ出した。
顔に、冷たい風が当たった。
石の門の柱の根元に、俺とヒゲチョロは立っていた。空には、白い月が出ている。
門の脇の砂に、杭が打ってあった。千切れた縄が残っている。蹄の跡が二頭分、砂丘の向こうへ続いていた。
風が、もう跡を崩し始めている。
ヒゲチョロが、鼻を上げた。
ふんふんと、夜の空気を嗅ぐ。それから、勝手に走り出した。
「おい!」
サボテンタの匂いだ。逃げたやつが抱えてる、あれの。
食い意地だけは、本物だな。
後を追った。
砂丘を三つ越えた時、月明かりの下に、二頭の馬が見えた。
前の馬に、年かさの男。後ろの馬に、若い男。若いほうが、片腕にサボテンタを抱えていた。
ヒゲチョロを追い越した。
砂を蹴る。足が沈む前に、次を蹴る。
後ろの馬に、並んだ。
若い男が、横を見た。目が合った。
「……は?」
男は、自分の馬の首と、俺の足を、何度も見比べた。
「う、馬より、速い……」
男の襟をつかんで、鞍から引きずり下ろした。
サボテンタが、宙に飛んだ。
後ろから追いついてきたヒゲチョロが、口で受け止めた。
「食うなよ!」
前の馬が、急に向きを変えた。年かさの男が、ちらりと振り返って、砂丘の陰へ駆けていく。
二手に分かれやがった。
追えば追いつく。けど、その間に、足元のこいつが逃げる。
腰の袋を探った。指に、銅貨が一枚当たった。
親指に乗せて、弾く。
ちん、と小さな音がした。
銅貨は、まっすぐ夜の中を飛んでいった。
ごん。
男の後頭部で、いい音がした。男は、鞍からずり落ちた。馬だけが、そのまま砂丘の向こうへ消えていった。
「……当たった」
自分でも、ちょっと驚いた。
足元で、若い男が、口を開けたまま固まっていた。
「ど、銅貨で……」
二人を並べて、砂の上に座らせた。
ヒゲチョロは、サボテンタをくわえたまま離さない。
「それは朝飯だ。俺の」
ヒゲチョロは、そっぽを向いた。サボテンタは、離さなかった。
まあいい。それより、銅貨だ。
男が落ちたあたりの砂を、這いつくばって探す。月明かりだけじゃ、よく見えない。
「……何、してんだ」
年かさの男が、頭を押さえながら言った。
「銅貨探してんだよ。お前の頭に当てたやつ」
「……銅貨一枚で?」
「一枚でも金だろうが」
あった。指でつまみ上げて、ふっと砂を吹き飛ばす。
年かさの男は、しばらく俺を見ていた。それから、鼻で笑った。
「遊び人。お前、何も分かっちゃいねえな」
「何がだよ」
「俺たちは、伯爵様の手の者だ。どこへ突き出そうが、同じことさ」
男は、顎で自分の胸元をしゃくった。上着に銀の糸で縫い取られた紋章が、月明かりを受けて光った。
隣で、若い男がうつむいた。縛られた手が、小さく震えていた。
「伯爵様の印がある限り、手は出せねえよ」




