第26話 一人足りない
腹が減ってる時に、客が来た。
松明を持ち、腰に剣を下げ、背中に弩を背負った男たち。最後に降りてきた男が、砂を払いながら立ち上がった。顎に古い傷がある。こいつが頭目らしい。
頭目は、光る街を見回して、口笛を吹いた。
「本当に、あったぜ」
それから、俺たちに気づいた。目を細めて、俺の顔をじろじろと見る。
「その顔……ハルカの遊び人か」
「誰だよ、お前」
「伯爵様の手の者さ。門の前で、サボテンタを抱えて沈んでいくのを、砂丘の陰から見てたんだよ。真似したら、このとおりだ」
頭目は、にやりと笑った。
「遊び人が案内役とはな。伯爵様が、さぞお喜びになる」
後ろの男たちが、げらげら笑った。
笑いながら、俺たちを放って、広場の壁へ散っていく。
「変な絵ばっかりだな」
「おい、こっちだ!」
広場の脇の通りから、声がした。
通りの突き当たりの壁一面に、大きな絵が彫られていた。
杖をついた男が、歩いている。旅の袋を背負い、足元には輪の紋様が道のように続いて、その先に波が描かれていた。縁取りに、金が埋め込まれている。
頭目が、のみと槌を取り出した。
「金だ。剥がせ」
男たちが壁にとりつく。
かん、かん、と石を叩く音が響いた。杖の男の顔が、欠けて落ちた。
「やめてください!」
マレだった。帳面を抱えたまま、壁の前に飛び出していく。
「神代の壁画ですよ!? 誰も読んだことのない記録かもしれないのに……!」
「どけ、小娘」
男の一人が、マレを突き飛ばそうと腕を伸ばした。
その腕を、つかんだ。
そのまま放り投げる。男は広場を横切って、反対側の家の壁にめり込んだ。
のみの音が、止まった。
「……撃て!」
頭目の声で、弩が四つ、こっちを向いた。
矢が飛んでくる。一本は俺の胸に当たって、足元に落ちた。一本はマレの顔の前で、見えない何かに弾かれた。
マレが、ぺたんと尻もちをついた。
「……い、今、目の前で」
頭目の顔から、色が消えた。
「ば、化け物か……散れ! 宝は奥だ、奥を探せ!」
男たちが、ばらばらに走り出した。奥の通りへ。来た道へ。
「ノア!」
リゼが叫んだ。
「一人も逃がさないで! 逃がしたら、伯爵にここがばれる。全部、荒らされる!」
サボテンタも、番人も、壁の絵も。
俺の飯も。
「……分かった」
近くの二人は、すぐに捕まえた。頭と頭をごつんと合わせたら、静かになった。バルトが、もう一人の足を払って押さえこんでいる。
残りは、奥へ走っていった。
あっちは、まずい。
広間に飛び込んだ時には、もう遅かった。
番人の輪が、赤く光っていた。
振り下ろされた枝の下で、男が一人、動かなくなっていた。もう一人は壁際まで飛ばされて、それきりだった。
頭目が、腰の壺を振りかぶっていた。
「燃やせ! サボテンタなら、火で焼ける!」
油壺が、番人の幹で割れた。松明が投げ込まれる。
ぼっ、と火が上がった。
番人の枝が、のたうった。
……焼けたら、サボテンタが生まれなくなる。
走った。
燃えている幹に飛びつき、上着を脱いで、火を叩く。熱い。髪の先が焦げる匂いがした。
その背中に、別の番人の枝が叩きつけられた。
床に膝をつく。
痛え。
痛えけど、火を消すほうが先だ。
二度、三度と枝が来る。そのたびに床が割れる。それでも、上着を振り下ろし続けた。
火が、消えた。
顔を上げると、頭目が、松明を握ったまま固まっていた。
「……な、なんで、魔物をかばって……」
「焼いたら、飯が生まれなくなるだろうが」
頭目の首根っこをつかむ。腰を抜かしていたもう一人も、反対の手でつかむ。
二人を引きずって、広間を出た。
背中で、番人たちの赤い光が、ゆっくりと緑に戻っていった。
広場に戻ると、男たちが石畳に並べられていた。リゼとバルトが、男たちの持っていた縄で、まとめて縛ったらしい。
マレは、壁画の前にいた。
欠けた神の顔を、じっと見上げている。それから、両手を壁にあてて、目を閉じた。
「……〈旅人の神の壁画〉」
壁画の下には、腰の高さほどの石板がはめこまれていた。細かい文字が、びっしりと刻まれている。マレは、そっちにも手を当てた。
「〈西の港へ至る道の記録〉……」
マレは、石板の文字を指でなぞった。
「読めない字です。名前しか、分かりません」
それでも、帳面を開いて、一字ずつ写し始めた。
「先生なら、読めるかもしれません」
門で見たものは、書いて送れ。あのおっさんの声が、聞こえた気がした。
縛った男たちの前に、バルトが立っていた。一人ずつ、指で数えている。
「……落ちてきたのは、九人だった」
広間で動かなくなったのが、二人。ここに縛ってあるのが、頭目を入れて六人。
八人だ。
砂の山のほうを見た。男たちが抱えて降りてきたサボテンタが、いなくなっていた。
頭目が、縛られたまま、喉の奥で笑った。
「上で、馬を待たせてある」




