第25話 緑の番人
街だ。
街ってことは、人が住んでたってことだ。人が住んでたってことは、金目のもんがあるってことだ。
「よし、片っ端から見てくぞ」
「あんた、少しは落ち着きなさいよ」
リゼの声は、聞こえないことにした。
一番近い家の戸口をくぐる。
空っぽだった。
机もない。棚もない。皿一枚、落ちていない。ほこりひとつない。
隣の家も、空っぽ。その隣も。向かいも。
五軒目で、膝から崩れた。
「……なんでだよ。街なのに、なんで何もねえんだよ」
「持って出たんじゃないの。住んでた人が」
「全部かよ。皿一枚くらい置いてけよ」
岩場には、山ほどあったのに。皿。
通りの奥から、ころころと音がした。
さっきのサボテンタが、光る石畳を転がっていく。ほかにも、何匹か。みんな、同じほうへ向かっていた。
「ついていきましょう」
マレが、帳面を抱えて歩き出した。
通りの先は、丸い広場になっていた。
広場をぐるりと囲む壁に、門と同じ輪が、びっしりと彫られている。数えきれない。どの輪の中にも、何かの絵があった。
皿。椀。燭台。壺。
それから、鍋のふた。
「……ふたまで彫ってあんのかよ」
マレが、壁に駆け寄った。一つずつ、指でたどっていく。
「皿も、燭台も……岩場にあったものと、同じ形です。ふたも」
壁の端で、バルトが立ち止まっていた。
輪の中に、一本の剣が彫られていた。
バルトは、その前から動かなかった。背中の鞘に、そっと手をやる。
「物干し竿まで彫ってあんのか」
バルトは、返事をしなかった。
マレは、広場の真ん中にしゃがんでいた。
床の石にも、大きな輪が一つ刻まれている。壁のどの輪よりも大きい。その真ん中に、マレが両手をついた。
目を閉じる。
「……〈環庫〉」
「かんこ?」
「名前です。この床の……いえ、たぶん、この下にあるものの」
マレは、帳面と壁を、何度も見比べた。
「サボテンタが落とすものと、壁の絵が、同じなんです。皿も、ふたも、剣も。ここに、品の形が……しまってあるのかもしれません」
「じゃあ、ここ開けりゃ、全部出てくんのか」
「形だけです! 品じゃありません!」
怒られた。
サボテンタたちは、広場を抜けて、さらに奥へ転がっていった。
奥へ行くほど、壁の輪が明るくなった。通りが細くなり、天井が高くなる。
突き当たりに、広間があった。
緑の山が、三つあった。
家の屋根より高い。太い幹に、門と同じ輪の紋様が巻きつくように刻まれていて、ゆっくりと明るくなったり暗くなったりしている。息をしてるみたいだった。
とげだらけの腕のような枝が、だらりと床に垂れている。
サボテンタだ。
とんでもなくでかい、サボテンタだ。
その枝の先で、小さな緑の粒がふくらんだ。ぷつりと落ちて、床で一度はねる。
転がり出した時には、見慣れたサボテンタになっていた。
「……生まれてます」
マレが、かすれた声で言った。
「サボテンタが、生まれてます……」
ヒゲチョロの口から、よだれが糸を引いて落ちた。
俺の喉も、ごくりと鳴った。
あれ一体で、何人前だ。
「ノア」
リゼに、袖を引かれた。
「顔に出てる」
一番手前の番人の、幹の紋様が、赤く光った。
二つ目も。三つ目も。
広間じゅうの輪が、一斉に赤く染まった。
「……起きたぞ」
バルトが、低く言った。
とげだらけの枝が、持ち上がった。
振り下ろされる。リゼとマレの真上だ。
前に出て、片手で受けた。
ずん、と足が床にめり込んだ。石が割れて、足首まで沈む。とげが手のひらに当たるが、刺さりはしない。
重い。でも、それだけだ。
枝を押し返す。番人の巨体が、ぐらりと揺れた。
「片手で……あれを」
後ろで、バルトの声がした。
よし。拳を握る。
「待ってください!」
マレの声が、広間に響いた。
「倒したら、サボテンタが生まれなくなるかもしれません!」
拳が、止まった。
サボテンタが、生まれなくなる。
砂漠のサボテンタが、いなくなる。
……俺の飯が。
二本目の枝が、横から来た。三本目が、上から来る。
「くそっ!」
リゼとマレを、両脇に抱えた。
「バルト、走れ!」
走った。
ヒゲチョロは、とっくに広間の外にいた。
背中で、床が砕ける音がした。何度も、何度も。
広間の入口を抜けた。
振り返ると、番人たちは入口の手前で止まっていた。赤い光が、ゆっくりと緑に戻っていく。巨体が、ずるずると奥へ引き返していった。
抱えていた二人を下ろす。マレは、そのまま床にへたりこんだ。
「……三体も、いやがる」
「食べる気だったでしょ」
「……ちょっとだけな」
リゼに、すねを蹴られた。
広場まで戻って、空き家の一つで休んだ。
どれくらい経ったのか、分からない。ここには空がない。
マレは、壁の絵を帳面に写し続けていた。バルトは戸口に座ったまま、奥のほうを見ていた。リゼは、ヒゲチョロの首にもたれていた。
俺は、腹が減って、それどころじゃなかった。
ころん、と音がした。
俺たちが落ちてきたあたりから、砂がさらさらと降っていた。その中から、サボテンタが一匹、転がり出てくる。
「……外は、日が沈んだか」
バルトが立ち上がった。
毎晩、一匹ずつ帰ってくる。門の前で見たとおりだ。
ところが、砂は止まらなかった。
どさっ、と重い音がした。
砂の山に、男が転がっていた。腕に、サボテンタを抱えている。その男にしがみついたまま、二人目、三人目が降ってくる。まだ止まらない。
松明の火が、石畳を照らした。男たちの胸に、紋章が縫いつけてある。
リゼが、俺の袖をつかんだ。
「……伯爵の紋よ」
それから、小さく言った。
「見られてたのよ。門で」




