第24話 岩場の宝
「掘りゃいいんだよ、掘りゃ」
朝飯の前に、門の柱の根元にしゃがみこんだ。
昨日の夜、サボテンタはここから沈んでいった。下に何かあるなら、掘れば出てくる。出てきたもんは、掘ったやつのもんだ。
両手で、砂をかき出す。
ざっ、ざっ、ざっ。
砂が、後ろへ滝みたいに飛んでいく。すぐに膝が埋まり、腰が埋まり、頭の上まで砂の壁になった。
「の、ノアさん……?」
穴のふちから、マレがのぞきこんでいた。
「い、いま、手で……」
「スコップなんか持ってねえだろ」
「そういうことじゃなくて!」
その横で、バルトが黙って穴を見下ろしていた。サソリを食ったおかげか、昨日よりは顔色がいい。
掘る。掘る。
……底が、上がってきてないか?
足元を見た。かき出すそばから、周りの砂がさらさらと流れ込んでくる。掘れば掘るほど、流れ込むのが速くなる。穴のほうが、砂を呼んでるみたいだった。
気づいたら、腰まで埋まっていた。
「出てきなさい、バカ!」
リゼの声で、穴から這い出した。振り返ると、穴はもう半分埋まっていた。見ているうちに、元の平らな砂に戻った。
「……なんだよ、これ」
マレが、ディアンの帳面をめくっていた。
「緑の番人が、門を守っている……」
一行を、指でなぞる。
「昨日、輪が光ったのは、サボテンタが来た時だけでした。番人が来た時だけ、門が開くんだとしたら……」
「一匹、連れていけばいいんじゃないの」
リゼが言った。
「捕まえて、抱えて、門の前に立つ。それで沈むかどうか」
「……食うなってことか」
「そうよ」
ヒゲチョロが、そっぽを向いた。
「試すなら、日が沈んでからだ」
バルトが、門を見上げたまま言った。
「光ったのは、毎晩、日が沈んでからだった」
日暮れまでは、まだ長い。
「じゃあ、岩場に行くか」
「岩場?」
「俺が住んでたとこだ。ガラクタが置きっぱなしになってる」
前に寄った時、金になりそうなもんは全部、金色の指輪に詰めた。残ってるのは、皿と、誰も値段をつけそうにない小物ばっかりだ。
でも、置いとくよりはいい。王都に持ってけば、銅貨くらいにはなるかもしれねえ。
マレの目が、きらっと光った。
岩場に着いたのは、日がまだ高くなる前だった。
大きな岩が折り重なって、その下に、ちょうど人ひとり寝られるくらいの陰ができている。俺の寝床だ。
その奥に、拾い物の山があった。
皿。皿。皿。木の椀。陶器の壺。真鍮の燭台。ボタンのつまった小箱。木彫りのおもちゃ。それから、鍋のふたが三枚。
……ふたかよ。
「わあ……」
マレが、ヒゲチョロの背から転がるように降りた。
「この皿、縁の模様がすごく古い型ですよ!? こっちの燭台も、今はもう作ってない形で、それにこの小箱の留め金が――」
「マレ」
リゼが、マレの襟首をつかんだ。
「鑑定は、一日十五回でしょ」
「……はい」
マレは、ふたに伸ばしかけていた手を、そっと引っ込めた。
バルトは、山の端で立ち止まっていた。
拾い上げたのは、小さな木彫りの鳥だった。子どもが手に握って遊ぶような、つるりとした鳥。
しばらく、それを見ていた。
「欲しけりゃ持ってけ」
「……すまん」
バルトは、鳥を外套の内側にしまった。それ以上、何も言わなかった。
リゼは、俺の寝床の前にしゃがんでいた。
岩の下の、平たい砂。脇に、サボテンタのとげが山になっている。一年分だ。
リゼは何も言わずに、そこに横になった。
「……固い」
「慣れりゃ寝れる」
「慣れないでよ」
リゼは起き上がって、背中の砂を払った。こっちは見なかった。
マレは、小物の山を一つずつ指でよけていた。鑑定はせずに、見るだけだ。それでも、楽しそうだった。
その指が、止まった。
「……これ」
ボタンの小箱の底から、青いものをつまみ上げる。
指輪だった。
「ノアさんの指のと、同じ色です」
マレが、指輪を両手で包んで、目を閉じた。今日、一つ目の鑑定だ。
息をのむ音がした。
「〈限界突破の指輪〉……」
「ああ、それか」
俺の指にも、同じ青いのが三つはまっている。
「割れるやつだろ。はめても、すぐ割れるから、そっちに放っといた」
「わ、割れ……」
「ぱきんって。前は、もっとあったんだけどな」
「……いくつ、割ったんですか」
「十……いや、もっとか」
マレの顔から、血の気が引いていった。
「これ一つで、レベルの上限が上がるんですよ……!? 普通の人は、一生かかっても二十までなのに、その上限を……それを、十個以上……割って……。どうりで、レベル百三十五なんて……」
最後のほうは、声になっていなかった。
バルトが、目を見開いてこっちを見ていた。
リゼが、マレの手から指輪を取り上げた。布にくるんで、自分の腰の袋にしまう。
「預かっとく」
「指輪に入れりゃいいだろ」
「あんたに持たせたら、また放っとくでしょ」
……言い返せなかった。
残りは、全部持っていくことにした。皿も椀も燭台も、金色の指輪に押し込む。ふたも三枚。
これで、十二枚だ。
……王都に、ふたを買うやつはいねえのか。
門に戻った頃には、空が赤くなっていた。
砂丘の陰で、サボテンタが一匹、とげを揺らしていた。
そっと近づいて、両手でつかむ。とげが手のひらに当たるが、刺さりはしない。サボテンタは、腕の中でじたばたした。
ヒゲチョロが、首を伸ばしてきた。
「ヒゲチョロ」
リゼの一声で、首が止まった。止まったまま、よだれが垂れていた。
俺の腹も、ぐう、と鳴った。
「あんたもよ」
「まだ何もしてねえだろ」
サボテンタを抱えて、柱の根元に立つ。昨日、サボテンタが止まったところだ。
「みんな、ノアにつかまって」
リゼが、俺の腕をつかんだ。マレが、反対の袖をつかむ。バルトの手が、肩に乗った。
ヒゲチョロは、後ろから俺の襟首をくわえた。
「おい。それ、つかまるって言わねえだろ」
日が、砂丘の向こうに沈んだ。
腕の中で、サボテンタがおとなしくなった。
石に刻まれた輪が、ひとつ、ぼんやりと光った。
足の下が、消えた。
砂が、膝を、腰を、胸をのみこんでいく。サンドワームの口とは違う。ぬるぬるもしない。ただ、静かに引きずり込まれていく。
「ノ、ノアさん――」
マレの声も、砂に消えた。
落ちた。
背中から、固いものに叩きつけられる。痛くはない。
次の瞬間、上からヒゲチョロの尻が降ってきた。
「ぐえっ」
リゼとマレは、俺の腹の上に落ちていた。バルトだけが、少し離れたところに膝をついて着地していた。
砂が、さらさらと上から降ってくる。見上げても、真っ暗で何も見えない。
腕の中から、サボテンタがぽろりと落ちた。そのまま、ころころと転がっていく。
転がっていく先が、ぼんやりと明るかった。
石畳だった。
両脇に、石の家が並んでいる。屋根の上は、岩の天井。壁という壁に、門と同じ輪の紋様が刻まれていて、それが一つ残らず、ぼうっと光っていた。
通りは、ずっと奥まで続いていた。どこで終わるのか、見えなかった。
「……街、です」
マレが、帳面を抱きしめたまま、つぶやいた。
「砂の下に、街が……」
リゼは、俺の袖をつかんだまま、離さなかった。
サボテンタは、光る通りの奥へ、ころころと消えていった。
バルトが、ゆっくりと立ち上がった。
中身のない鞘に、手をかける。その手が、震えていた。
「……ここだ」




