↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣も鎧も装備できない遊び人ですが、指輪なら何個でもつけられるので最強でした ~拾った建国の名剣は物干し竿にしています~  作者: 黙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/40

21. ふたよりまし

起きたら、目の前に無精ひげがあった。


「うおっ」


跳ね起きようとして、起きられなかった。両肩を、がっちりつかまれている。


「これを、どこで手に入れた」


バルトだった。昨夜、串を両手で受け取っていた男と同じ顔とは思えない。目が血走っている。あれから、寝ていないのかもしれない。

バルトの肩越しに、物干し竿が見えた。朝日を受けて、刃が白く光っている。シャツは干したままだ。


「どこで手に入れたと聞いている!」


怒鳴り声が、岩場に響いた。

毛布から顔を出したリゼが、固まった。サボテンタの皮をかじっていたヒゲチョロも、口を開けたまま止まった。皮が、ぽとりと落ちた。


「……放せよ」

「答えろ」

「サボテンタだよ」

「……何?」

「サボテンタが落としたんだよ。そこらへんで」

顎で砂丘のほうをしゃくる。


「……ありえん」

バルトの声が、かすれた。

「サボテンタが落とすのは、ガラクタだけだ。俺は、この砂漠で何百と狩った」


肩をつかむ手から、力が抜けた。

バルトは俺を放して、のろのろと立ち上がった。物干し竿の前まで歩いて、そこに座り込む。背中の鞘を下ろして、膝の上に抱えた。

それきり、動かなくなった。


「……なんだよ、あいつ」

「知らないわよ」


リゼが小声で返して、毛布をたたみ始めた。

朝飯のサボテンタを焼いて、食べ終わっても、バルトはまだ座っていた。鞘をなでては、物干し竿を見上げる。また、鞘をなでる。

口が、ときどき動いた。


「砂漠の、守り人……」


そんなふうに聞こえた。

ヒゲチョロがバルトの後ろに回って、鞘の匂いを嗅いだ。食えないと分かると、鼻を鳴らして離れていった。

日がだいぶ高くなってから、バルトはようやく顔を上げた。


「……そういうこと、なのか」

「何がだよ」


バルトは答えずに立ち上がり、俺の前に来て、深々と頭を下げた。


「礼を言う」

「は?」

「この剣の鞘は、俺の家に伝わるものだ。中身は、とうの昔に王家へ納めた」


空の鞘を、物干し竿の横に掲げてみせる。並べると、反りも長さも、ぴたりと同じだった。


「……ああ。王都の宝物庫のやつか。それ、向こうでも言われた。本物と同じだって。おかげで泥棒扱いだ」

「王家に納めたって……あんた、何者?」

リゼが聞いた。

「今は、ただの剣士だ」


バルトは、物干し竿と俺の顔を何度か見比べた。何か言いかけて、やめた。


「それを譲れとは言わん。お前が拾ったものだ」

「やらねえよ。物干し竿がなくなる」


バルトの口の端が、昨夜と同じように、少しだけ上がった。


「頼みがある。しばらく、お前たちと一緒にサボテンタを狩らせてくれ」

「なんで」

「確かめたいことがある」

それ以上は、言わなかった。

「取り分は」

「いらん。食う分だけでいい」


悪くない。


「いいぜ」


ヒゲチョロが、バルトに尻を向けた。食う分が減る、という顔だった。




バルトの剣は、速かった。

腰に差した古い剣を抜いたと思ったら、もうサボテンタが二つに割れて転がっている。棘の一本も、こっちに飛んでこない。


「……やるじゃねえか」

「毎日、これを狩っている」


ただ、バルトが狩ったサボテンタは、何も落とさなかった。五匹狩っても、十匹狩っても、砂の上には何も残らない。

俺が殴ったほうは、だいたい何か落とす。

片方だけの手袋。割れた皿。また鍋のふた。


「八枚目だ」


ふたを金色の指輪に放り込んでいると、バルトが、俺の足元をじっと見ていた。


「……サボテンタが、こんなに落とすのは初めて見た」

「そうか?」

「俺は半年、ここで狩っている。拾ったのは、木のさじが二本だ」

「さじは使えるぞ」

「そういうことではない」


次の日の昼だった。

バルトが、いつもどおり剣を振り下ろした。

キン、と嫌な音がした。

サボテンタは割れた。剣も、根元から折れた。刃が回りながら飛んで、砂に突き刺さる。


バルトは、手に残った柄を、しばらく黙って見ていた。


「……長く、使った」


それだけ言って、柄を外套の内側にしまった。

替えの剣は持っていないらしい。岩場に落ちていた枯れ枝を拾って、重さを確かめている。


「それで狩る気かよ」

「ないよりはいい」


金色の指輪に手を突っ込む。岩場の寝床から詰め込んだ剣が、二十本は入っている。一本つかんで引っ張り出した。飾りのない、まっすぐな鉄の剣だ。


「ほら」

「……何だ」

「やる。どうせ俺は振れねえし」


抜き身のまま受け取ったバルトは、刃を日にかざして、目を細めた。さっきまでと、目つきが違う。


「……傷が、一つもない」

「新品だからな」

「これも、サボテンタか」

「そうだよ」


バルトは剣と、割れたサボテンタを見比べた。また、あの考え込む顔になった。


「恩が、増えた」

「いいって。余ってんだ、物干しにも使いにくそうだし」

「あんたねえ、借金あるんでしょ」


リゼの冷たい声は無視した。

その日の夕方、一匹のサボテンタが、小さなものを落とした。

砂の上で、夕日を受けて何かが光った。

拾い上げる。細長い銀の留め具に、青い石が一つはまっていた。髪留めだ。


……髪留め。

俺がつけても、しょうがない。

振り返ると、リゼがヒゲチョロの背の上で、風に流れる髪を手で押さえていた。砂漠に入ってから、ずっとそうしている。


「ほら」


放った。

リゼが、慌てて両手で受け止めた。


「なに、これ」

「髪留め」

「見れば分かるわよ。なんで」

「ふたよりましだろ」

「……ふたと比べないでよ」


顔が熱い気がしたので、次のサボテンタを探しに歩いた。夕日のせいだ。

しばらくして振り返ると、リゼの髪が、うしろでまとまっていた。青い石が、夕日に光っていた。

何も言われなかった。俺も、何も言わなかった。

バルトが、俺とリゼを交互に見て、なぜか空を見上げた。




三日目の朝、バルトが足を止めた。


「風が変わった」

「は?」

空を見る。雲一つない。

「何も変わってねえだろ」

「南の空の端を見ろ」


地平線が、黄色くにじんでいた。にじみは、見ているうちに膨らんでいく。


「砂嵐だ。岩陰へ」


走った。ヒゲチョロを岩の裏に押し込んで、伏せさせる。リゼをその横に座らせて、俺とバルトで外側をふさいだ。

音が来た。

ごう、と空そのものが吠えたみたいだった。昼なのに、あたりが夕方のように暗くなる。砂が顔を叩く。目を開けていられない。

リゼが、髪留めのあたりを片手で押さえて、頭を伏せていた。


こん、と何かが鳴った。

薄目を開ける。拳ほどの石が、リゼの頭の手前で弾かれて、砂に落ちたところだった。続けて、もう一つ。同じところで、跳ね返る。

白い指輪が、また守ってくれたらしい。

バルトが、それを横目で見ていた。何も言わなかった。


嵐は、昼過ぎまで続いた。

風がやんで、顔を上げた。

景色が、変わっていた。

岩場の向こうにあった大きな砂丘が、半分なくなっている。削られた斜面から、石が突き出していた。


二本の柱と、その上に渡された横石。門だ。上のほうだけが砂から顔を出しているのに、それでも俺の背の倍はあった。


「……こんなもん、あったか?」

「なかった」


バルトが、もう歩き出していた。

近くで見ると、横石の表面に模様が刻まれていた。大小の輪が、いくつも重なり合っている。すり減ってはいるが、線ははっきり残っていた。

リゼが横石を見上げて、眉を寄せた。


「これ……あの柱と同じ」

「どの柱だよ」

「伯爵の手下が掘ってたやつ。輪が重なってた。覚えてない?」

「覚えてねえ」

「……でしょうね」


バルトは、門の前に立ったまま動かなかった。背中の鞘に、手をやっている。


「言い伝えでは」

低い声だった。

「先祖は、砂に埋もれた遺跡で、守り人から剣を授かったという」


バルトの目が、門から、遠くの砂丘へ動いた。嵐をやり過ごしたサボテンタが、何匹か、のそのそと砂から這い出してきていた。


「ここだ」

言い切った。

「宝、あんのか?」

「分からん」

「分からんのかよ」


柱の根元を、手で掘ってみる。掘ったそばから、さらさらと砂が流れ込んでくる。腕を肩まで突っ込んでも、底に届かない。

十回ほど掘って、やめた。


「これ、何日かかんだよ」

「掘るなら、人手と板が要るわね」

リゼが、腰に手を当てて門を見上げた。

「それに、ノア。借金」

「……分かってる」


のんびり砂遊びしてる暇はねえ。まずは借金を片づけて、身軽にならねえとな。

金色の指輪の中には、大量のものが入っている。

500枚になるかどうかは、王都に戻ってみないと分からない。

ため息をつくと、リゼが荷物から炭の筆を取り出した。紙を探して、きょろきょろしている。


それから、俺の胸元で目を止めた。

懐から、勝手に手配書を引き抜かれた。


「おい」


リゼは手配書を裏返して膝に置き、横石の模様を写し始めた。輪を一つずつ、丁寧になぞっていく。


「俺の顔の裏に描くな」

「表には描いてないでしょ」

「そういう問題じゃねえ」

「マレに見せるの。あの子なら、何か知ってるかもしれない」




その夜、焚き火の前で、バルトが言った。


「俺は、ここに残る」

「一人でか」

「お前たちの話では、伯爵の手の者が、この辺りを掘っているのだろう。嵐で門が出たなら、いずれ見つける」

リゼが、小さくうなずいた。

「先に見つけたのは、こっちだ。渡すわけにはいかん」

「掘るのか、それ」


「掘る」


バルトは、それきり黙って、折れた剣の柄を指でなぞっていた。

次の朝、バルトは門の前に立って、俺たちを見送った。腰には、俺がやった鉄の剣が、布を巻いて差してある。


「恩は、まだ何も返しておらん」

「いいって」

「よくない。戻ってきたら、返す」

頑固な奴だ。

「戻ってくるわよ」

ヒゲチョロの背の上から、リゼが言った。


「この人、サボテンタがないと生きていけないから」

「生きていけるわ」


バルトが、少しだけ口の端を上げた。

しばらく進んでから振り返ると、バルトはまだ砂丘の上でこっちを見ていた。その後ろで、門の影が長く伸びていた。




同じころ、王都オルデン。

王立鑑定院の書庫は、日が暮れると、ほとんど人がいなくなる。

背の高い棚のあいだで、マレは本の山に埋もれていた。机の上のランプが、じじ、と鳴る。

大砂漠の古い記録。神代の遺物の目録。百年前の行商人の日記。


ノアたちが砂漠から何を持って帰ってきても、すぐに値打ちを言えるようにしておく。王都に残された自分にできるのは、それくらいだった。

……置いていかれた、とは思っていない。

思っていない、けれど。

ページをめくる指に、力が入った。


向かいの席では、ディアンが分厚い目録を読んでいた。夕食の時間はとうに過ぎているが、ディアンは気づいていない。マレも、言わなかった。

何冊目か分からない本を開いた時だった。

表紙の革がぼろぼろに崩れた、薄い記録だった。字は古く、ところどころ虫に食われている。

――大砂漠に、緑の番人あり。


マレは、ランプを引き寄せた。

――番人は砂に棲み、あらゆる品を落とす。剣も、器も、名もなき日用の品も。番人は門を守り、門より遠くへは行かぬ。

その下に、絵が一枚描かれていた。

二本の柱と、横石。横石には、大小の輪がいくつも重なり合った紋様。


「先生」


声が、うわずった。

ディアンが顔を上げる。マレの指さすページを覗き込んで、そのまま、しばらく何も言わなかった。

マレは紙を引き寄せて、紋様を写し始めた。輪を一つずつ、丁寧になぞる。

手を動かしながら、もう一度、記録の文を口の中で読んだ。


「緑で、砂に棲んで、何でも落とす……」


どこかで、聞いたことがある気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。