20. 銀貨30枚
また鍋のふただ。
砂の上に転がった丸い鉄の板を拾って、金色の指輪に放り込む。これで七枚目。鍋の本体は、まだ一つも出ていない。
「ふたばっかりあっても、しょうがねえだろ」
砂漠に入って、三日目。
狩ったサボテンタは、もう数えていない。出てきたのは、鍋のふた、片方だけの靴、割れた皿、錆びた蹄鉄、木のさじ。さじは使えるから、まあいい。
「金貨500枚って、さじ何本ぶんだ」
「考えないほうがいいわよ」
ヒゲチョロの背の上から、リゼが言った。
「それに、金貨500枚のものが三日で出るわけないじゃない」
「出るまで狩るって言っただろ」
当のヒゲチョロは、俺が倒したサボテンタを、片っ端からかじっていた。腹が砂に着きそうだ。この三日で、こいつだけが得をしている。
岩場の陰から、金槌の音がした。
覗くと、砂に半分埋もれた石の柱のまわりで、男が五人、地面を掘っていた。そばに荷車が一台。幌に、見覚えのある紋が縫い取ってある。
「……ヴァルド家の紋よ」
リゼが、声を低くした。
掘っていた男の一人が、顔を上げた。目が合う。
男は俺の顔をじろじろ見てから、懐をごそごそやって、紙を一枚広げた。紙と俺の顔を、何度も見比べる。
「おい……こいつだ。ハルカの遊び人だ」
男たちが、いっせいに手を止めた。
広げられた紙には、目つきの悪い男の顔が描いてあった。その下に、大きな字。
ハルカの遊び人、ノア・ベル。捕らえた者に、銀貨30枚。
「……銀貨30枚?」
頭の奥が、かっと熱くなった。
「安すぎだろ」
「怒るとこ、そこ?」
リゼの声は、もう耳に入らなかった。
俺は夜杯の賭場を潰して、伯爵の鼻を明かして、王都で名剣に洗濯物やら悪党やらを干した男だぞ。それが、銀貨30枚。王都の朝飯一回ぶんにもならねえ。
「30枚だ、やっちまえ!」
三人が、棍棒を振り上げて走ってきた。
先頭の一本を、片手でつかむ。握ると、棍棒が真ん中から折れた。
男の襟首をつかんで、後ろの二人にぶつける。三人まとめて、砂の上を転がっていった。
残りの二人は、荷車を放り出して逃げた。砂に足を取られながら、振り返りもしない。
「金貨30枚にしろって言っとけ!」
背中に向かって怒鳴ったが、返事はなかった。
リゼは、荷車の幌をめくっていた。
中には、布にくるまれた包みがいくつも積んであった。一つほどくと、緑青の浮いた古い腕輪が出てきた。別の包みからは、欠けた石の像。
「遺物よ」
リゼは、掘りかけの石の柱を見上げた。柱の表面に、すり減った模様が残っている。
「伯爵、砂漠でこんなものを掘らせてるのね。自分で飾るはずないから、どこかに売ってる」
それから、砂の上に落ちた手配書を拾い上げた。
「手配書、伯爵の名前で出てる。巡察官さまが、あんたの罪は問わないって決めたのに」
リゼの声が、少しだけ硬くなった。
「あの人、まだ根に持ってるのよ。こんな砂漠の真ん中まで」
「それより30枚だぞ」
「……あんたはそうよね」
リゼは手配書を俺の胸に押しつけて、ため息をついた。
絵を見る。
「これ、俺か?」
「似てるわよ。特に目つき」
岩場に着いたのは、日が傾きかけたころだった。
大きな岩が三つ、寄りかかり合うように立っている。真ん中の割れ目が、一年寝起きした俺の寝床だ。ヒゲチョロが勝手知ったる顔で、先に脇の日陰へ入っていった。
割れ目の奥を覗く。
あった。
砂をかぶってはいるが、出ていった時のまま山になっている。剣、盾、兜、鎧の胴。鍋に、靴に、燭台に、割れた皿。他にも様々なものが無造作に積み上げられている。一年ぶん、サボテンタが落としたものだ。
「……なにこれ」
俺の肩越しに覗き込んだリゼが、固まった。
「拾ったやつ」
「全部?」
「全部。剣も鎧も装備できねえし、持って歩けねえから、ここに積んどいた」
砂漠には誰も来ない。盗まれる心配もなかった。
あの時、金色の指輪に物がしまえると知っていたら、全部持って出たのに。王都で鑑定してもらうまで、色が気に入ってつけていただけだった。
剣を一本つかんで、金色の指輪に押し当てる。手の中の重さが、すっと消えた。
次。盾。次。兜。次。
「……どれだけ入るのよ、それ」
「知らねえ。入るだけ入れる」
鎧の胴を三つ入れたあたりで、リゼは数えるのをやめた。
あとには、割れた皿と、片方だけの靴、ガラクタの小山が残った。
「それは?」
「ガラクタだろ。置いてく」
空になった割れ目の前で、手を握ったり開いたりしてみる。重くも軽くもない。でもこの中に、剣が二十本と、盾が十二枚と、兜と鎧が山ほど入っている。
「これだけありゃ、金貨500枚くらいになるんじゃねえか」
「……なればいいけどね」
日が落ちると、砂漠は急に冷える。
岩場に焚き火を起こして、サボテンタを串に刺して焼いた。皮が焦げて、ぱちぱちと青臭い汁がはぜる。一年、これを食って生きてきた。うまくはないが、腹はふくれる。
物干し竿を砂に突き立てて、昼に汗を吸ったシャツを干した。ヒゲチョロは、焚き火の向こうで丸くなっている。
食べ終わると、やることがなくなった。
岩に背中を預ける。リゼも、隣に座った。
なんとなく、見上げた。
星が、多かった。空の端から端まで、砂をこぼしたみたいに散らばっている。
「きれいだね」
「ああ」
それきり、どっちも何も言わなかった。
焚き火がはぜる音だけが、ときどき聞こえる。
しばらく、そのままでいた。
「フフッ」
隣で、リゼが笑った。
「なんだよ」
「なんでもない」
横を見る。リゼは膝を抱えて、まだ空を見ていた。口元が、少しゆるんでいる。
なんだよ、と、もう一度言いかけた時だった。
ふんふーん、ふん、ふふーん。
喉の奥から、勝手に音が出た。
鼻歌だ。調子が、ひどく外れている。止めようとしても、止まらない。
「もう、へたくそ」
「勝手に出たんだよ」
リゼが、笑った。
声を立てて、肩を揺らして笑った。俺の鼻歌は、まだ止まらなかった。
ざく、と砂を踏む音がした。
ヒゲチョロが、顔を上げた。
焚き火の明かりの端に、男が一人立っていた。痩せて、無精ひげが伸びている。擦り切れた外套。背中に、細長い古い鞘を背負っていた。
リゼが、すっと俺の近くに身を寄せる。
鼻歌が、ようやく止まった。
「……すまん」
低い声だった。
「その焼けたのを、一つ分けてもらえんか」
男の目は、串に残ったサボテンタに釘づけになっていた。腹が鳴る音が、こっちまで聞こえた。
「……誰だよ」
「バルトという。通りすがりだ」
砂漠のど真ん中を、通りすがる奴がいるか。
でも、男の頬はこけていて、外套から出た手首は骨ばっていた。
「……一本だけだぞ」
串を取ろうとすると、ヒゲチョロがのそりと起き上がって、サボテンタの前に立ちふさがった。鼻を鳴らして、男をにらむ。
「お前、さっきまで寝てただろ」
鼻先を押しのけて、串を一本渡す。
「恩に着る」
バルトは串を両手で受け取って、黙々と食べた。
一口ごとに、ゆっくり噛んでいる。
「サボテンタか」
食べ終えてから、ぽつりと言った。
「俺も、毎日これだ」
「お前もかよ」
「ああ。うまくはない」
「腹はふくれるけどな」
バルトが、少しだけ口の端を上げた。
それから、その目が、俺の後ろへ動いた。
砂に突き立てた物干し竿。そこに干したシャツ。
バルトの目が、そこで止まった。
何か言うかと思ったが、バルトは何も言わなかった。焚き火の向こうに腰を下ろして、外套にくるまった。
焚き火は、もう残り火になっていた。ノアとリゼは毛布にくるまって、寝息を立てている。
物干し竿の前に、人影があった。
バルトだった。
砂の上に膝をついて、背中の鞘を下ろしている。干したシャツには触れずに、空の鞘を、刃の横にそっと添わせていた。
鞘の口と、刃の根元。反りも、長さも。
ぴたりと、同じだった。
バルトは鞘を抱えたまま、長いこと動かなかった。




