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剣も鎧も装備できない遊び人ですが、指輪なら何個でもつけられるので最強でした ~拾った建国の名剣は物干し竿にしています~  作者: 黙


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第2話 歌ったら、治った

 寝床に、マレを下ろした。

 首輪が赤く光るたびに、苦しげな声が漏れる。

 鉄の輪に指をかけた。曲げるだけなら一瞬だ。

 でも、下手をすれば首が締まって死ぬ。

 

 あの男の言葉が本当かどうか、俺には分からない。分からないまま試すには、分が悪すぎる。

 

「痛い……」

 

 マレの爪が、自分の首を引っかく。止めようと手を握ると、握り返してくる力が強すぎて震えていた。

 どうすりゃいい。

 医者なんかいない。薬もない。あるのはサボテンタと、拾ったガラクタの山だけだ。

 ふと、ガキの頃に熱を出して眠れなかった夜を思い出した。

 

 誰かが、ずっとそばで歌ってくれていた。調子っ外れの、変な歌だった。歌詞も半分しか覚えていない。

 気がついたら、口が勝手に動いていた。

 下手くそな歌だ。自分でも分かる。

 それでも、やめられなかった。

 

 最初の節が終わる前に、首輪の光が消えた。

 マレの体から、力が抜ける。

 首筋を這っていた赤い筋が、すうっと引いていく。爪で引っかいた傷が塞がり、膝の擦り傷まで消えた。

 

「……え?」

 

 声を出したのは、俺のほうだった。

 歌うのをやめると、マレがゆっくり目を開けた。

 

「痛く、ない」

 

 マレは自分の首に触れ、それから俺の顔を見た。目が大きく見開かれている。

 

「今の……〈歌声〉」

「歌声?」

「吟遊詩人のスキルの名前です。私、鑑定師なので、名前だけは読めるんです」

「スキル? ただ歌っただけだぞ」

「遊び人のスキルなんて、聞いたこともないです。誰も研究してないから、本にも載ってなくて……」

 

 マレは首輪と、自分の膝を交互に見た。傷は、もうどこにもない。

 

「でも、治りました」

 

 俺も見た。

 治ってる。

 

「……歌ったら治るのか」

 

 試しに、もうひと節だけ歌ってみた。

 外から、縛られた男の声がした。

 

「うるせえ! 下手くそ!」

 

 入口のヒゲチョロまで、耳を後ろへ倒している。

 うるせえのは、お前らだ。

 マレが首輪を指で引いた。鉄が鳴るだけで、光らない。

 

「さっきは、触っただけで痛かったのに」

「呪いが消えたってことか?」

「たぶん……」

 

 たぶん、か。

 また分の悪い賭けだ。でも、さっきよりはずっといい。

 

「外していいか」

 マレは少し迷ってから、うなずいた。

「お願いします」

 

 継ぎ目に指をかけ、そっと開く。

 鉄の輪は、ぐにゃりと曲がった。

 顎に当たらないところまで広げて、抜き取る。

 マレの手が、何もなくなった喉へ伸びた。

 

 首には赤い跡が残っている。その上を、指で何度もなぞった。

 ぽろぽろと、涙がこぼれた。

 泣いてる女の扱い方なんて知らない。とりあえず布を渡して、黙っていた。

 外れた首輪を持って、外へ出た。

 

 縛られた4人の前に、放り投げる。

 カラン、と眉の傷の男の鼻先に転がった。

 

「外れたぞ」

 

 男は首輪を見て、俺を見て、もう一度首輪を見た。

 

「……嘘だろ。鍵もなしに」

「遊び人に何ができる、だっけ?」

 

 男は、何も言わなかった。

 ちょっと気分がいい。

 岩場に戻ると、マレが盾の鍋を覗き込んでいた。中身は、ヒゲチョロに半分食われている。

 残りを、2つの椀に分けた。

 

 マレは両手で椀を持ち、一口すすって、動かなくなった。

 

「……温かい」

「サボテンタだ。毎日これだ」

「おいしいです」

 

 嘘だろ、と思った。でも、マレは本当にうまそうに食っていた。あっという間に空になった椀を、遠慮がちに差し出してくる。

 鍋に残っていた分を、全部入れてやった。

 誰かと向かい合って飯を食うのは、1年ぶりだった。

 ヒゲチョロは……あいつは勝手に食うからだめだ。

 

 食べ終えたマレの目が、俺の手に止まった。

 

「その指輪、見せてもらってもいいですか」

「いいけど、サボテンタが落としたガラクタだぞ」

 

 両手を差し出すと、マレは身を乗り出した。左手の赤い石を順番に見ていき、声が裏返った。

 

「〈成長の指輪〉……が、4つ!?」

「背が伸びそうな名前だな」

「図録で見たことがあります。魔物を倒した時の成長が、2倍になる指輪です。貴族か、一流の冒険者しか持ってません。1つで、家が買えます」

 

 家。

 家が、4つ。

 頭の中で、金貨がじゃらじゃら鳴った。

 

「売れるのか、これ」

「う、売るんですか?」

「借金があるんだよ。金貨280枚」

 マレが固まった。

「……でも、普通、魔力のある装飾品は2つまでしか働かないんです。3つ目からは、ただの飾りで」

「じゃあ、2つは飾りだな。売ろう」

 

「あ、でも、遊び人は数の制限がないって、どこかで……」

「ああ、認定所でも言われた。慰めだと思ってたけど」

 マレが、俺の顔をまじまじと見た。

「もし、4つ全部が働いてたら」

「働いてたら?」

「2倍の2倍の2倍の2倍で……16倍です」

 

「へえ」

 よく分からないが、たくさんだ。

「これ……全部、サボテンタが落としたんですか?」

「そうだけど」

「サボテンタって、たまにガラクタを落とす魔物ですよね。割れたお皿とか、片方だけの靴とか」

「そうそう、靴はよく出る」

 

「成長の指輪なんて、出るはずないです……」

「でも出たぞ。4つ」

 

 マレは、口を開けたまま固まった。

 マレの目が、俺の首元へ移った。

 黒い石の首飾り。焚き火にかざすと、奥が赤く光るやつだ。

 マレの顔から、すっと血の気が引いた。

 

「〈邪神の心〉」

「……物騒な名前だな」

「何をする物かは、分かりません。でも、そんな名前の物、絶対よくないです。外したほうが」

「これ着けてから、魔物がやたら寄ってくるんだよ」

「やっぱり!」

「おかげで飯に困らない。便利だぞ」

 

 マレは口を開けて、閉じて、また開けた。

 結局、何も言わなかった。

 マレの体が、ふらりと傾いた。

 

「ごめんなさい……鑑定って、魔力を使うんです。今日は、もう」

「残りは?」

「まだ、ありますよね……」

 申し訳なさそうに、俺の指を見る。

「いいよ。家4つ分が分かっただけで十分だ」

 マレは椀を膝に置き、姿勢を正した。

 

「ノアさん。お願いがあります」

 首に残る赤い跡を、指でなぞる。

「町の地下に、先生がまだ捕まっています。ほかにも、たくさんの人が」

 マレは目を伏せた。

「先生に古い道具を調べさせていたのは、ナハトっていう人です。いつも丁寧にしゃべるのに……逆らった人は、次の日いなくなるんです」

 

 ナハト。

 あの細い目が、頭に浮かんだ。

 

「町って、ハルカか」

「はい。それと……」

 マレは少し言いよどんだ。

「薬を持ってきてくれた人がいるんです。その人も、帰してもらえなくて。私が逃げられたのも、その人が裏口を開けておいてくれたからで」

「名前は?」

「リゼさん、です」

 

 手にしていた椀が、砂に落ちた。

 

『私は大丈夫だから』

 

 1年前、そう言って俺を逃がした幼馴染の名前だった。



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