↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣も鎧も装備できない遊び人ですが、指輪なら何個でもつけられるので最強でした ~拾った建国の名剣は物干し竿にしています~  作者: 黙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/44

第18話 名剣に干す

物干し竿を肩に担いで、宿を出た。

シャツが一枚、まだ引っかかっていた。


「なんでそれ持ってくのよ」

「乾かしてる途中だった」

「建国の名剣でシャツ乾かしながら歩いてるの、王都であんただけよ」


大通りは、昼の人出でにぎわっていた。シャツがはためくたびに、すれ違う人が振り返る。

リゼが、前を向いたまま言った。


「向こうは、衛兵を呼べないわよ」

「なんで」

「呼んだら、首輪のことを聞かれるでしょ」

「殴っても怒られないってことか」

「……そういう意味じゃないから。それと、金貨は二枚以外取らないこと。取ったら強盗よ」


〈銀秤商会〉の看板は、昨日と同じように通りを見下ろしていた。銀色の天秤の彫り物だ。

奥の部屋で、ロウェルは昨日と同じ笑顔で立ち上がった。部屋の隅には、ジルがいた。こっちを見ないようにしている。


「これはこれは。昨夜は災難でしたね。荷は衛兵に取られてしまったそうで」

「残りの二枚、もらいに来た」

ロウェルは、少しも笑顔を崩さなかった。

「もちろんです」


机に、金貨が二枚置かれた。その横に、もう三枚。


「こちらは、次のお仕事の前金です。あなたほどの方なら、もっと大きな仕事も――」

「首輪か」

「……ええ、まあ。扱いは同じようなもので」

「受けねえ」


ロウェルの親指が、帳簿の端をめくり始めた。

ぱら、ぱら。

ぱらぱらぱらぱら。

笑顔は変わらないのに、指だけが止まらない。


「残念です」


ロウェルが手を叩くと、扉が開いて、男たちが入ってきた。六人。昨夜、川沿いで伸びていた連中より、ずっと体が大きい。

袋から、銀貨を一枚つまんだ。ジルの紹介料だ。


「これ、お前らの金だろ。返すぜ」


親指で弾く。

ぱちん、と先頭の男の額で音がした。男は白目をむいて、後ろにひっくり返った。

二枚目。三枚目。四枚目。

銀貨が一枚当たるたびに、一人ずつ倒れる。


残った二人が、同時に飛びかかってきた。

襟首を一つずつつかんで、そのまま振りかぶる。

表の戸を突き破って、二人は大通りまで転がっていった。

通りが一瞬静かになり、それから、ざわめきが広がった。


ジルが、腰の剣に手をかけていた。

目が合う。

ジルは、剣を抜かなかった。柄から手を離して、一歩下がった。


「……無理だよ、旦那。こいつには」

「ジル!」


ロウェルの声が、初めて裏返った。

部屋の奥に、鉄の金庫があった。俺の背丈くらいある。

扉の取っ手をつかむ。鍵がかかっている。

引いた。


蝶番ごと、扉が外れた。

勢いあまって、扉は壁を突き破り、大通りに倒れた。壁の穴から、昼の光が差し込む。

金庫の中から、帳簿の束が雪崩のように崩れ落ちた。穴から吹き込んだ風が、ページをめくって通りへ運んでいく。


「やめなさい、それは――それは、組織の――」


ロウェルが、這いつくばって帳簿をかき集めた。

その襟首をつかんで、持ち上げた。

そのまま壁の穴から、大通りへ出る。

人だかりができていた。


リゼが、俺の袖をつかんだ。


「ちょっと、ノア……」


言いかけて、リゼの目が、人だかりのほうへ動いた。

前のほうに、痩せた男が立っていた。首に、輪の形の古い痕がある。隣の女にも。その後ろの少年にも。

みんな、黙ってロウェルを見ていた。

リゼの指から、力が抜けた。


袖から手が離れる。

リゼは目をそらして、小さく言った。


「……やりすぎないでよ」


店先の柱と柱の間に、物干し竿を渡した。シャツをどけて、代わりにロウェルの襟を引っかける。

ロウェルの足が、地面から浮いた。


「お、下ろしなさい! これは、これはなんの――」


じたばたするたびに、物干し竿がしなる。しなっても、折れない。さすが建国の名剣だ。


「おい、あれ……暁の剣じゃないか?」

「宝物庫のと同じだって噂の……」

「銀秤の旦那が、名剣に干されてる」


誰かが噴き出した。

笑いが、通りに広がっていった。手を叩く者もいる。首に痕のある痩せた男が、口の端だけで笑っていた。

看板を見上げる。銀色の天秤が、まだ通りを見下ろしている。

気に入らねえ。


柱を蹴った。

看板が落ちて、石畳の上で真っ二つに割れた。

店に戻って、机の上の金貨を拾う。

一枚、二枚。


隣の三枚には、手を出さなかった。


「……ちゃんと二枚だけなのね」

リゼが、壁の穴から覗いていた。

「強盗になるんだろ」

「……覚えてたんだ」


金貨を袋に入れる。じゃらりと、いい音がした。




野次馬の輪の、いちばん後ろ。

仕立てのいい灰色の外套を着た白髪の男が、足元に飛んできた帳簿を一枚拾った。

目を通し、静かに畳んで、懐にしまう。

名剣に吊るされたまま、ロウェルは帳簿の束を胸に抱えていた。あの笑顔は、もうどこにもなかった。


白髪の男はそれを一度だけ見て、人波の中へ消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。