第17話 俺の値段
頭のてっぺんが、じゃりじゃりする。
髪をかき回すと、乾いた土がぱらぱら落ちた。昨夜の靴の裏についていたやつだ。
「誰だよ、夜中に靴投げたやつ……」
まあいい。
宿の食堂の机に、金貨を三枚並べる。前金だ。端から指でつつく。一枚、二枚、三枚。何度数えても三枚ある。
一晩で金貨三枚。自分で稼いだ金貨は、いい。
口元がゆるむ。
ゆるんだまま、止まった。
金貨の横に、昨夜の首輪がちらつく。黒い鉄の輪。
金貨を、袋に戻した。
向かいの席で、リゼがパンをちぎっていた。マレは朝早くから、ディアンと鑑定院へ出かけている。
「ねえ」
「なんだよ」
「昨日の仕事、持ってきたのジルよね」
「ああ」
「ハルカの賭場、あんたに教えたのは誰だっけ」
「ジルだろ。いい店があるって……」
言いかけて、口が止まった。
リゼは、パンをちぎる手を止めなかった。
「一回目は、首輪を売ってた商会の賭場。二回目は、首輪を運ばせる商会の仕事。どっちも、ジルが連れてったのよ」
「……は?」
「偶然で、二回も同じとこに当たる?」
「……たまたまだろ」
「あんたの『たまたま』で、金貨二百八十枚よ」
言い返せなかった。
食堂の戸が開いた。
「よう、ノア。リゼも」
ジルだった。いつもの人当たりのいい笑顔で、手を上げている。
「昨日は、悪かったな」
ジルは勝手に椅子を引いて座った。
「まさか首輪だなんて、思わなかったんだ。俺も旦那にだまされた口でさ。中身までは聞いてなかったんだよ」
リゼが、パンを置いた。
「中身は聞いてなかった。でも、まともな荷じゃないのは知ってた?」
ジルの笑顔が、ほんの少し固まった。
「……まあ、旦那の仕事だからな。多少は」
「ハルカの賭場は?」
「え?」
「ノアに教えた賭場。あそこが夜杯の店だって、知ってた?」
ジルは、俺を見て、リゼを見て、また笑った。
「知ってたよ。有名な店だったし」
「紹介したら、いくらもらえたの」
笑顔のまま、ジルの目が泳いだ。
食堂が、しんとした。
隣の席の客が、こっそり皿を持って離れていく。
「……客を連れてけば、少し。それだけだ。いかさまのことなんか知らなかった。本当だ」
ジルは身を乗り出して、俺の肩に手を置いた。
「なあノア。俺たち、ガキの頃から一緒だったろ。川で魚取って、お前んちの裏で――」
その時だった。
足が、勝手に床を鳴らした。
トン、トトン。
肩が揺れる。腕が上がる。腰が回る。
……は?
食堂の真ん中で、俺は踊っていた。祭りの夜の、陽気な踊りだった。止めようとしても、手足が言うことを聞かない。
「ぷっ」
ジルが噴き出した。
「は、ははっ。相変わらずだな、お前。昔っから――」
ジルは肩を震わせて笑っていた。強張っていた顔がほどけて、すっかり昔の顔に戻っている。リゼは額を押さえていた。
踊りが、唐突に止まった。
ジルの胸ぐらをつかんだ。
そのまま持ち上げて、壁に押しつける。ジルの足が、床から浮いた。
笑い声が、喉の奥で途切れた。
何も言わなかった。言うことが、見つからなかった。
ジルの顔から、血の気が引いていく。
「ま、待て、ノア。……旦那は、焦ってるんだ」
聞いてもいないのに、ジルはしゃべり出した。
「夜杯から上がってた上納金が、止まったんだよ。お前らが潰したせいで。その穴を埋めないと、旦那の首が危ない。だから首輪を――」
手を離した。
ジルは壁を背に、ずるずると座り込んだ。
手のひらを出す。
「……な、なんだよ」
「紹介料」
「は?」
「俺を賭場に送って、もらった金。出せ」
ジルは、震える手で懐を探った。財布から銀貨を出して、俺の手のひらに一枚ずつ載せる。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。
手が止まった。
「……これで、全部だ」
手のひらの上を見た。
銀貨五枚。
金貨二百八十枚の借金と、砂漠の一年と、捕まったリゼ。その始まりが、銀貨五枚。
「……俺の値段、これかよ」
ジルは何か言いかけて、口を閉じた。目をそらしたまま立ち上がって、食堂を出ていった。
戸が閉まる。
しばらく、誰もしゃべらなかった。
リゼが、ちぎったパンを俺の皿に放り込んだ。
「食べなさいよ」
「……おう」
パンをかじる。固い。
銀貨五枚を、金貨の袋に入れた。じゃらりと音がした。
「そういや、残りの金貨二枚、まだもらってねえな」
「……は?」
「仕事はした。荷も届けた。詰所にだけどな」
袋の口を、きゅっと縛る。
「もらいに行く」
リゼは、しばらく俺の顔を見ていた。
「……バカね」
それから、パンの残りを口に放り込んで、立ち上がった。
「でも、付き合うわよ」




