16. 夜に鳴く鶏
朝一番に、物干し竿が帰ってきた。
宿の裏庭に、ディアンとマレが剣を抱えて立っていた。
「王宮から、返してよいと許しが出た」
「よし!」
受け取って、そのまま井戸端の杭と杭の間に渡す。三日分たまったシャツを、片っ端からかけていく。
マレが、小さく悲鳴を上げた。
「建国の名剣ですよ!?」
「物干し竿だ」
「王宮からは、大事に扱えとだけ言われた」
ディアンが、真面目な顔で言った。
「大事に使ってるだろ」
ディアンは、口を開けて、閉じた。
厩のほうから、ヒゲチョロが首を伸ばしてきた。干したばかりのシャツの裾を、もぐもぐ噛んでいる。
「食うな!」
ヒゲチョロは、鼻で笑った。
昼。広場へ行くと、ジルはもう待っていた。
「来てくれたか」
隣では、リゼが腕を組んでいる。「あたしも行く」と、朝から言って聞かなかった。マレは、ディアンの手伝いで鑑定院だ。
ジルに連れていかれたのは、大通りから一本入った商会だった。看板には〈銀秤商会〉とある。
奥の部屋で、若い男が立ち上がった。年はジルとそう変わらない。仕立てのいい服を着て、帳簿を片手に持っている。
「ロウェルと申します。ジルから、お話は伺っています」
感じのいい笑顔だった。
「仕事は簡単です。今夜一晩、荷馬車を一台、川沿いの倉庫まで守っていただきたい。報酬は金貨5枚。前金で3枚」
机の上に、金貨が3枚並んだ。
金貨だ。一晩で、5枚だ。
「乗った」
「中身は?」
リゼが聞いた。
「仕立て屋に卸す布です。最近、このあたりの夜道は物騒でしてね」
ロウェルは、親指で、帳簿の端をぱらぱらとめくった。
リゼは、しばらくロウェルを見ていた。それから、俺の脇腹を肘でつついた。
「何かあったら、あんたが何とかしなさいよ」
「何もねえよ。布だぞ」
夜の川沿いには、霧が出ていた。
荷馬車が、ごとごと揺れる。御者はロウェルの店の男で、ずっと黙っている。ジルは途中の角で「旦那に報告してくる」と言って、どこかへ行ってしまった。
荷台の木箱が揺れるたびに、がちゃり、がちゃりと音がする。
「布って、こんな音する?」
リゼが、木箱をにらんでいた。
「するんじゃねえの。金貨5枚だぞ」
「金貨は関係ないでしょ」
リゼは、木箱の蓋に手をかけた。釘で留めてある。
「おい、依頼人の荷だぞ」
「開けて」
「だから」
「開けて」
にらまれた。
仕方なく、蓋の縁に指をかけて引きはがした。
布じゃなかった。
藁の中に、鉄の輪が詰まっていた。いくつも、いくつも。
首輪だ。
リゼが一つ取り上げて、御者台のランタンにかざした。輪の内側に、王冠の刻印が押してある。
「王国の工房の印よ。犯罪奴隷の首輪が、なんで入ってるの」
御者の男が、手綱を放り出した。振り返りもせずに、霧の中へ走っていく。
俺は、リゼの手の首輪を見ていた。
黒い鉄の輪。ハルカの作業棟で、みんなの首にはまっていたのと同じ形だ。
あと一日遅ければ、こいつの首にもはまっていた。
首輪を取り上げて、木箱に放り込んだ。蓋を閉める。
「倉庫まで運ぶ」
「は?」
「運んで、ロウェルを呼ばせて、ぶん殴る」
頭をはたかれた。
「バカ。倉庫に着いたら、あんたは盗んだ首輪を運んでた男よ。遊び人の言うことなんか、誰が信じるの」
「……じゃあ、どうすんだよ」
「衛兵の詰所に持っていくの。自分から」
衛兵。昨日、俺を連れていった連中だ。
それに。
「残りの金貨2枚……」
すねを蹴られた。
「……前金の3枚は、もらっといていいよな」
「……それは、いい」
ひゅっ、と音がして、俺の顔のすぐ横の木箱に、矢が突き立った。
びっくりした。
喉の奥から、何かがせり上がってきた。
「コケコッコー!」
……は?
今の、俺か?
霧の中から飛び出してきた男たちが、足を止めた。
それから、どっと笑った。
「鶏かよ!」
「遊び人ってのは、本当だったんだな!」
笑い声がやむ前に、全員が地面で伸びていた。
川沿いの家の窓に、ぽつ、ぽつと明かりがついた。鎧戸が開いて、寝間着の顔がいくつも覗く。
「うるせえぞ! 何時だと思ってる!」
どこかの窓から、靴が飛んできた。俺の頭に当たった。
馬は鶏の声に暴れて、引き具をちぎって霧の向こうへ逃げていった。
リゼは、笑いをこらえて肩を震わせていた。
王都衛兵隊の詰所は、大門の脇にあった。
夜番の衛兵たちが、槍を構えかけて、そのまま固まった。
荷馬車を引いてきたのは、俺だ。荷台には木箱と、縛った男たちが積んである。リゼは、その上に座っていた。
奥から、上着の前を開けたままの男が出てきた。昨日、組合で俺を鑑定院へ連れていった、あの隊長だった。
「落とし物だ」
荷台を指さす。
隊長は、縛られた男たちと、木箱と、引き手の俺を、順番に見た。
「……また、お前か」
リゼが荷台から降りて、事情を話した。布の運び出しを頼まれたこと。中身が首輪だったこと。御者が逃げたこと。襲われたこと。
隊長は木箱から首輪を一つ取り、刻印を確かめて、低くうなった。
「先月、王国の工房から消えた品だ。ずっと探していた」
「じゃあ、届けた俺は偉いな」
「頼んだのは、誰だ」
「銀秤商会のロウェル」
隊長の手が、止まった。
しばらく、首輪を見つめていた。それから、ゆっくり木箱に戻した。
「品は預かる。話も聞いた。お前たちは帰っていい」
「ロウェルは」
隊長は、俺から目をそらした。
「……あそこには、手が出せん」




