13. 遊び人、王都へ
王都へ向かう街道で、黒い外套の旅人が後ろをついてきた。
近づいてくるわけではない。追い越していくわけでもない。振り返ると、いつも同じくらい遠くを、同じ速さで歩いている。
3日目の昼、さすがに気味が悪くなって、引き返した。
全力で走れば、すぐ追いつける距離だった。
なのに、着いた時には誰もいなかった。
街道に、足跡だけが残っていた。それも、道の真ん中で、ぷつりと途切れていた。
「……なんなんだ、あいつ」
戻ると、リゼがヒゲチョロの上で眉をひそめていた。
「気味悪いね」
「ああ」
それから王都に着くまで、旅人の姿は見えなかった。
見えないだけかもしれないが。
王都オルデンは、でかかった。
壁が高い。門が高い。人が多い。建物が、上に3つも4つも積み重なっている。
門をくぐった瞬間、焼いた肉と、甘い菓子と、知らない香辛料の匂いが、いっぺんに押し寄せてきた。
腹が鳴った。
「ノア」
「分かってるよ。用事を片付けてからだろ」
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってた」
ディアンとマレは、王立の鑑定院へ向かった。ディアンの古巣で、物干し竿の剣のことを調べるらしい。ディアンは剣を持っていきたがったが、断った。洗濯物が乾かなくなる。
俺とリゼは、イサナの推薦状を持って、冒険者組合へ向かった。
組合の建物は、広場に面した石造りの3階建てだった。
中は、酒場と役所を足して割ったような場所だった。壁一面に依頼の紙が貼られ、鎧を着た連中が卓を囲んで騒いでいる。
受付には、眼鏡をかけた若い女がいた。
「登録ですね。職業をどうぞ」
「遊び人」
ペンが止まった。
眼鏡の奥の目が、俺の顔と、腰と、背中を順番に見た。剣は担いでいるが、どう見ても装備はしていない。
「……失礼ですが、冷やかしでしたら」
「推薦状がある」
封蠟の手紙を渡す。
受付の女は、封蠟の印を見た瞬間、背筋を伸ばした。
「王の巡察官、イサナ様の……」
後ろの卓から、笑い声が上がった。
「遊び人が推薦状だとよ!」
「巡察官様の荷物持ちでもしたのか?」
イサナの言ったとおりだ。受付で一度は笑われる。
まあ、慣れてる。
「推薦状があっても、規則ですので」
受付の女は、咳払いをした。
「腕前を確かめさせていただきます。裏の訓練場へどうぞ」
訓練場の真ん中に、大柄な男が立っていた。
片手に木剣、もう片手に分厚い鉄の盾。組合の教官らしい。
「遊び人、ね」
教官は、俺の手を見た。
「武器も持てないそうだな。素手で来い。俺が納得できたら、合格にしてやる」
周りに、見物人が集まってきた。さっき笑っていた連中だ。
素手か。
盾ごと殴ると、たぶん教官の腕が折れる。デコピンも、人に向けるとろくなことにならない。
懐から、銅貨を1枚取り出した。
「納得させればいいんだよな」
「は? 銅貨?」
親指に乗せる。
全力のコイン弾き。
ピン。
鉄の盾の端の方に、小さな穴が開いた。
教官の背後の、石の壁にも、同じ大きさの穴が開いた。
見物人の笑い声が、ぴたりと止まった。
教官が、盾の穴と俺の顔を見比べる。それから、肩越しに壁の穴を見た。
顔から、血の気が引いていった。
「……合格だ」
「銅貨、見つかるかな」
「知らん!」
受付に戻ると、さっきの眼鏡の女が、震える手で登録証を書いていた。
「お、お名前は、ノア・ベル様。職業、遊び人。等級は……推薦状と試験の結果から、銀等級で」
「銀ってのは、高いのか?」
「上から3番目です。初日で銀は、この組合ができて以来……」
リゼが、俺の脇腹をつついた。にやにやしている。
登録証を受け取って、帰ろうとした時だった。
受付の女の目が、俺の背中に止まった。
物干し竿の剣。柄の紋章。
女の顔色が、また変わった。今度は、さっきとは比べものにならないくらい。
「その、紋章……」
「ああ、これか? 物干し竿」
「〈暁の剣〉? 」
女の声が、裏返った。
「王家の宝物庫にある、建国の英雄の剣です!」
組合の中が、しんと静まった。
誰かが、椅子を蹴って立ち上がる。
「おい、衛兵を呼べ!」




