↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣も鎧も装備できない遊び人ですが、指輪なら何個でもつけられるので最強でした ~拾った建国の名剣は物干し竿にしています~  作者: 黙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/40

11. 首輪の名前

伯爵は、すぐに笑みを取り戻した。


「これは、巡察官殿。このような田舎まで、ようこそ」


落とした書類を兵に拾わせ、何事もなかったように胸を張る。


「ですが、裁きは正当なものです。この者たちは、私の裁きで決まった犯罪奴隷。判決書もここに」

「見せてもらおう」


イサナが手を出した。

伯爵は、ほんの一瞬だけ迷ってから、書類の束を差し出した。

イサナは一枚ずつめくった。封蠟、署名、伯爵家の印。


「書式に誤りはない」

伯爵の口元が、ゆるんだ。

「では、裁きを続けても……」

「待ってください」


台の上から、声がした。

マレだった。両手で、地下で外した鉄の首輪を抱えている。

一晩寝て、魔力は戻ったらしい。顔色はまだ白いが、まっすぐ立っている。


「マレ、です。ディアン先生の弟子です。この首輪を、鑑定させてください」

「やってみろ」


マレは台を降りて、首輪のひとつに指を置いた。

目を閉じる。広場が、静かになった。


「……〈ヴァルド伯爵領工房の首輪〉」

マレは目を開け、イサナをまっすぐ見た。

「犯罪奴隷の首輪は、王国の工房で作るものです。図録で見ました。本物なら、名前は〈王国の罪人の首輪〉になります」

次の首輪。その次。

「これも。これも……全部、伯爵様の領地の工房で作られています」


声が、震えていた。でも、最後まで読み切った。

伯爵は、穏やかな顔のままだった。


「領主には、特例で首輪を作ることが許される場合もある」

「王の許しがあれば、な。ヴァルド伯爵家に、その許しは出た記憶はないが」


伯爵の顔から、笑みが消えた。

ほんの一瞬だけ。すぐに、また穏やかな顔に戻る。


「……工房の差配は、執事に任せておりまして。私は、騙されていたようだ」

伯爵は、兵士に顎をしゃくった。

「連れてこい」


兵士たちが引きずってきたのは、縄で縛られた男だった。

頭に包帯を巻いている。後頭部のあたりが、まだ腫れているらしい。

ナハトだった。


「この者の仕業です」

伯爵は、静かに言った。

「夜杯商会のナハトが、偽りの証言を持ち込み、私に判決書を書かせた。昨夜のうちに捕らえておきました」


ナハトが、顔を上げた。

細い目が、大きく見開かれていた。


「……伯爵様。それは、ないでしょう」

声は、まだ丁寧だった。

「印を押したのは、あなたです。売り先を決めたのも。私の取り分は、三割……」

「黙れ」


伯爵は、ナハトを見もしなかった。

ナハトの口元が、ひくひくと動いた。

丁寧な言葉が、剥がれ落ちていく。


「ふざけんな! 全部てめえの指図だろうが! 1年前のこいつの借金だって、てめえの取り分のために鉛のサイコロで作ったんだ! 帳簿だってある、てめえのとこの……!」


兵士が、ナハトの口を押さえつけた。

帳簿。

そういえば。


「賭場の金庫部屋に、帳簿が並んでたぞ。金貨の袋の隣に」


広場中の目が、また俺に集まった。

イサナが、伯爵の兵を一人指さした。


「そこの兵。この男についていけ。帳簿に手を加えていないか、その目で見届けろ」

「は、はい!」


兵士は、一歩目で置いていかれた。

仕方ないので、小脇に抱えて走った。

金庫部屋の棚から帳簿をあるだけ抜き取り、そのまま広場へ戻る。兵士は、地面に下ろしたとたんにへたり込んだ。


「……見届けました。たぶん」


イサナは帳簿を開き、黙って頁をめくった。

しばらくして、指が止まった。


「マレ。前へ」

マレが、俺の隣から一歩出た。

「君の判決書には、工房から道具を盗んだとある。覚えは?」

「ありません。先生と一緒に、連れてこられたんです」

イサナは、帳簿を広場へ向けた。

「こちらには、『鑑定師の弟子。窃盗の罪を付け、売却する』とある」


広場が、ざわついた。

マレの指が、服の裾をぎゅっとつかんだ。

イサナは、判決書と帳簿を交互にめくった。


「ほかの者も同じだ。名前、売り先、値段。その横に、後から付ける罪名が書いてある。……裁きをしたのではない。売るために、罪人にしたのだな」

頁を一枚、めくる。

「そして売上の三割が、毎月伯爵家に渡っている。受け取りは、伯爵家の執事の名だ」

伯爵は、眉ひとつ動かさなかった。

「執事が、私に黙ってこんなことを。嘆かわしいことです」


後ろで、リゼが小さく舌打ちした。

俺も、同じ気分だった。

イサナは帳簿を閉じ、広場を見回した。


「裁きを告げる」

よく通る声だった。

「この帳簿と証言により、ここにいる者たちの罪は、売却のために作られたものと認める。偽りの罪で出された判決は、無効だ」

イサナは、マレの抱えた首輪を見た。

「無許可の首輪で人を縛り、偽りの判決書で売る。これは、王国法に反する」

それから、台の上の人たちへ顔を向けた。


「君たちは、全員自由の身だ」


台の上で、誰かが泣き出した。広場のあちこちから、声が上がる。


「夜杯商会は解散。ナハトと、伯爵家の執事は、王都で裁く。罪人とされたノア・ベルは、罪に問わない」

それから、イサナは伯爵に向き直った。

「ヴァルド伯爵。爵位を持つ者を裁くのは、王だ。私がこの場で、そなたへの裁きを下すことはできん」

伯爵の口元に、薄い笑みが戻った。

「だが、そなたの印、領地の工房、伯爵家に渡った金。すべて、私が王に報告する。執事とナハトの取り調べも含めてな」

「ご随意に」


伯爵は、優雅に頭を下げた。

それだけだった。ここでは、連れていかれない。

でも、頭を上げた伯爵の指で、印章指輪が小刻みに震えていたのを、俺は見た。


「それと、もう一つ」

イサナが、台の上のリゼを見た。

「夜杯の賭場で作られた借金だが。いかさまで作った借金は、借金ではない。保証人の契約も、同じく無効だ」


リゼが、口を開けたまま固まった。

金貨280枚。

1年間、あいつを縛っていたものが、一言で消えた。

リゼは、両手で顔を覆った。


指の隙間から、「バカみたい」という声が漏れた。笑っているのか、泣いているのか、分からなかった。

たぶん、両方だ。

イサナが、俺の方を向いた。


「ノア・ベル。君にも何か報いねばならん。望みはあるか」

「……金?」


後頭部を、ポコ、と叩かれた。

台から降りてきたリゼだった。まだ目が赤い。

イサナの口元が、ほんの少しだけ動いた。


「……考えておこう」


広場を去る時、伯爵が一度だけ振り返った。

薄い笑みのまま、俺を見て、小さく言った。


「遊び人風情が」


その夜。

伯爵は、書斎の窓を閉めた。

机の向こうに、黒い外套の客が座っていた。顔は、フードの影で見えない。


「申し訳ない。ハルカからの品は、しばらく流せそうにありません」

「構いません」

客の声は、ひどく穏やかだった。

「それより、伯爵。あの遊び人の首元に、黒い石の首飾りがありましたね」

「……ええ。それが何か?」

「奥が、赤く光っていた」


客は、ゆっくりと立ち上がった。


「我々が百年探していたものかもしれません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。