#8 鍛冶師だけが開けられる扉
――ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石の扉が、ゆっくりと動いていた。
土埃が舞い上がり、ベルグ村の一行は思わず腕で顔を覆う。
「すごい……」
ダインが呟いた。
扉の中央には、アインの胸に刻まれているものと同じ紋章。
そして、その下に浮かび上がった文字。
『鍛冶師権限を確認』
「鍛冶師権限って……」
レオンは思わず目を細めた。
「俺のことなのか?」
『肯定』
アインが即答した。
「やっぱり……」
レオンは扉に近づいた。
表面は石に見える。
だが、工具を当てるように指先で軽く叩いてみると――。
カン。
「……金属だ」
ダインが驚いた。
「金属?」
「ああ。表面を石で覆っているだけだ」
レオンは腰の工具袋から小さな鑿を取り出した。
扉の端を慎重に削る。
ザリ……。
薄い石の膜が剥がれる。
その下から、黒銀色の金属が現れた。
「なんだ、この素材……」
普通の鉄ではない。
鋼でもない。
魔鉱石とも違う。
レオンのモノクルが、かすかに震えた。
『解析不能』
「解析不能?」
今まで、どんな素材でも何らかの反応を示していた。
それが――。
この金属だけは、何も読めない。
まるで。
「……壊れることを前提に作られてない」
レオンが呟いた。
その瞬間。
扉の文字が変わった。
『第二認証を開始』
「え?」
ドンッ!
地面が揺れた。
扉の中央から、細い光の線が伸びる。
そして、その光がレオンの身体をなぞった。
頭。
肩。
腕。
腰。
最後に――両手。
『鍛冶師適性を測定』
「ちょ、ちょっと待て!」
レオンが慌てて手を引こうとする。
しかし、動かない。
光が両手を包み込む。
すると。
レオンの脳裏に、見たことのない映像が流れ込んできた。
炎。
巨大な炉。
何人もの鍛冶師。
そして――。
壊れた武器。
無数の武器が、工房の床に並べられている。
折れた剣。
ひび割れた槍。
砕けた盾。
壊れた鎧。
そして、それらを一つずつ直していく人々。
「……修理工房?」
レオンは目を見開いた。
映像の中の鍛冶師たちは、武器を新しく作ってはいなかった。
壊れたものを。
何度も。
何度も。
直している。
その光景に、レオンは妙な既視感を覚えた。
「これ……俺と同じだ」
その瞬間。
映像の中の一人が振り返った。
顔は見えない。
だが、その人物が持っていた工具だけははっきりと見えた。
一本の細い銀色の針。
レオンの目が見開かれる。
「……あれは」
自分が魔狼の魔力回路を修復した時に使ったものと、ほとんど同じだった。
映像が途切れる。
――カチッ。
扉の奥から、小さな音がした。
『第二認証――完了』
そして。
巨大な扉が完全に開いた。
「開いた……」
ダインが息を呑む。
ブラックファングたちが警戒するように唸った。
アインは無言で扉の奥を見つめている。
「アイン?」
『……懐かしい』
「懐かしい?」
『記憶領域に反応あり』
アインの声が、わずかに震えた。
『ここは、私が作られた場所です』
「……!」
レオンは息を呑んだ。
「じゃあ、この奥に……」
『私の製造記録が存在する可能性があります』
ダインがレオンを見る。
「行くのか?」
レオンは少しだけ考えた。
怖くないと言えば嘘になる。
ここが何なのか。
誰が作ったのか。
なぜアインが壊れた状態で眠っていたのか。
そして――。
なぜ自分が、この場所に入ることを許されたのか。
まだ何も分からない。
それでも。
レオンは工具袋を握り直した。
「行こう」
「いいのか?」
「ああ」
レオンは扉の奥を見つめる。
「俺は鍛冶師だ」
そして、小さく笑った。
「壊れたものがあるなら、直す。それだけだ」
「……レオンらしいな」
ダインが笑う。
アインも一歩前へ進んだ。
『了解』
三人と魔狼たちは、遺跡の内部へと足を踏み入れた。
――その瞬間。
バシュンッ!
天井に埋め込まれていた無数の魔導灯が、一斉に点灯した。
真っ暗だった通路が、一瞬で照らされる。
「うわ……」
そこは、巨大な工房だった。
壁一面に工具。
巨大な炉。
素材を保管する棚。
そして――。
中央には、巨大な作業台が置かれている。
「これ……全部、鍛冶場なのか?」
ダインが呆然とする。
レオンはゆっくりと歩き出した。
一つ。
また一つ。
工具を手に取って確認する。
「……まだ使える」
別の工具。
「これも」
さらに別の工具。
「こいつも……」
レオンの目が輝いていく。
「すごい……」
ダインが苦笑した。
「お前、さっきまで命の危険がどうとか考えてなかったか?」
「今はそれどころじゃない」
「おい」
レオンは完全に鍛冶師の顔になっていた。
「こんな工房……何百年経ってるんだ?」
「少なくとも、普通の工房じゃないな」
ダインが壁を見る。
そこには大量の文字が刻まれていた。
『古代兵装製造区画』
『魔力回路修復区画』
『武器再生区画』
そして最後に――。
『完全修復権限――封印中』
レオンの表情が変わった。
「完全修復……?」
アインが近づく。
『反応します』
「何が?」
『私の内部に存在する、未使用の機能です』
レオンはアインの身体を見る。
「まさか……」
アインの胸部が淡く光った。
『機能名称――』
一瞬、声が途切れる。
そして。
『《リペア・オーバードライブ》』
「……!」
レオンは息を呑んだ。
「修理能力……なのか?」
『推定。破損した対象を、本来の性能以上まで復元する機能』
レオンの目が大きく見開かれる。
「本来の性能以上……」
それは。
レオンがずっと追い求めてきたものだった。
壊れた武器を。
ただ元に戻すのではない。
持ち主に合わせて。
素材の限界を見極め。
欠点を補い。
さらに一段上へ。
「……俺の修理と、同じだ」
レオンが呟いた。
その時。
工房の奥から。
――ガシャン。
何かが動いた。
「……!」
ダインが剣を抜く。
ブラックファングたちが一斉に唸った。
アインも腕を構える。
暗闇の奥。
巨大な影が、ゆっくりと立ち上がった。
二本の腕。
巨大な身体。
全身を覆う古代金属。
そして――。
その胸には、アインと同じ紋章。
「古代兵装……?」
レオンが息を呑む。
だが。
その兵装は動かなかった。
右腕が途中から失われている。
左脚も破損している。
胸部には大きな亀裂。
そして、その内部から。
大量の魔力が漏れ出していた。
『警告』
アインの声が響く。
『この個体は――』
一拍。
『破損率、九十二パーセント』
レオンはゆっくりと工具袋を開いた。
「……なるほど」
その顔には、恐怖よりも――。
鍛冶師としての興奮が浮かんでいた。
「じゃあ、まずはこいつからだ」
――古代遺跡の最深部。
かつて世界最強の兵装を生み出した工房で。
一人の追放鍛冶師による、本格的な「修理」が始まろうとしていた。




