#7 壊れた村を、もう一度
翌朝。
「……これは、ひどいな」
俺は村の中央に立っていた。
昨夜の戦闘で。
ベルグ村は、見るも無残な姿になっていた。
外壁の一部は崩壊。
門は折れ。
家の屋根にも、いくつか穴が空いている。
地面には。
ブラックファングの爪跡が残っていた。
「……」
村の人々も。
言葉少なに、壊れた村を見ている。
誰も死ななかった。
それだけでも幸運だった。
だが。
「このままじゃ、また魔物に襲われたら持たないな」
俺は壊れた防壁を眺めた。
「そうだな」
村長のグレイが頷く。
「今年は魔物の動きがおかしい。昨夜の群れも、今までこの辺りには出なかった種類だ」
「原因は?」
「分からん」
俺は山を見る。
昨日の巨大な魔狼。
そして。
山奥の遺跡。
「……調べる必要がありそうだな」
「遺跡をか?」
「ああ」
だが。
俺はすぐに首を振った。
「その前に」
足元へ視線を落とす。
「村を直す」
◆
「まず、防壁」
俺は崩れた壁の前に立った。
「材料は?」
「石ならあります」
村の男が答える。
「木材も少しなら」
「金属は?」
「昨夜ので、かなり使いました」
「なら」
俺は周囲を見る。
壊れた武器。
折れた盾。
魔狼に壊された装備。
「これを使う」
「武器を?」
「全部は使わない」
俺は一本の折れた槍を拾った。
「この鉄はまだ使える」
別の剣。
「これも」
盾。
「これも」
俺は次々に確認していく。
「捨てる部分と、使える部分を分けてください」
「全部ですか?」
「全部」
村の人々が顔を見合わせる。
「そんなに必要なのか?」
「必要です」
俺は答えた。
「この村には、まだ使えるものがたくさん残ってる」
「でも……」
「壊れたからって」
俺は折れた剣を持ち上げた。
「全部捨てる必要はありません」
◆
作業は朝から始まった。
石を積む。
木材を組む。
金属を加工する。
そして。
俺は金床の前に座った。
カン。
カン。
カン。
折れた武器を。
防壁を補強する金具へ変えていく。
「レオンさん」
ダインが隣で聞いた。
「それ、本当に強くなるのか?」
「なる」
「でも、剣の鉄だろ?」
「鉄は鉄だ」
俺はハンマーを振る。
「重要なのは、何に使うかだ」
カン!
「武器として役目を終えたなら」
カン!
「別の場所で働いてもらえばいい」
カン!!
金属が。
新しい形へ変わる。
「……なんか」
ダインが笑った。
「お前、物を捨てないな」
「捨てるのが嫌いなんだ」
「貧乏性?」
「違う」
俺は少し考えた。
「まだ使えるのに、使わない方がもったいないだけだ」
ダインは。
少しだけ黙った。
「……レオンさんらしいな」
◆
昼過ぎ。
防壁の補修は。
かなり進んでいた。
「これなら、前より強い」
俺は補修した壁を叩く。
ゴン。
「本当か?」
村長が聞く。
「ああ」
「昨夜より?」
「比べ物にならない」
俺は壁の内部を確認する。
古い木材。
石。
そして。
俺が加工した金属。
それぞれの魔力の流れを調整してある。
「次に魔物が来ても、簡単には壊れません」
「ありがたい」
村長が深く頭を下げる。
「いや」
俺は慌てて手を振る。
「まだ終わってません」
「まだ?」
「門と見張り台」
「……」
「あと工房の屋根も直さないと」
ダインが苦笑する。
「働きすぎだろ」
「壊れてるんだから仕方ない」
「それ、全部直すつもりか?」
「もちろん」
◆
夕方。
工房の屋根を直していると。
「レオン!」
ダインの声が聞こえた。
「何だ?」
「来てくれ!」
「今度は何が壊れた?」
「違う!」
ダインが慌てて走ってくる。
「昨日の魔狼だ!」
俺は屋根から降りた。
「どこにいる?」
「村の入り口!」
俺は急いで向かった。
すると。
そこには。
巨大な魔狼がいた。
昨日と同じ。
黒い毛皮。
巨大な身体。
青く光る目。
ただ。
昨日とは違う。
村の人々は。
誰も武器を向けていない。
魔狼も。
襲う気配を見せていなかった。
「……また来たのか」
俺が近付く。
巨大な魔狼は。
俺を見る。
そして。
ゆっくりと。
前足を差し出した。
「……」
俺は眉を寄せた。
「また怪我したのか?」
魔狼が。
小さく唸る。
「グル……」
「見せてみろ」
俺が近付くと。
魔狼は大人しく座った。
前足を差し出す。
俺は触れる。
「……傷はないな」
片眼鏡をかける。
魔力も安定している。
「じゃあ、何だ?」
魔狼が。
俺の服を噛んだ。
「おい」
そのまま。
ぐいっ。
「引っ張るな」
ぐいっ。
「痛い痛い」
さらに。
ぐいっ。
「分かった。行けばいいんだな?」
魔狼が離す。
そして。
山の方を向く。
「……やっぱり案内したいのか」
アインが。
俺の横へ歩いてくる。
《同行を推奨します》
「理由は?」
《この個体から、昨日と同じ古代魔力を検出》
「そうだな」
俺は山を見る。
《さらに》
「何だ?」
《村の地下からも、同系統の魔力反応があります》
「……地下?」
俺は村の地面を見る。
「それ、初めて聞いたぞ」
《本機の索敵機能が修復されたため、今まで検知できませんでした》
「また壊れてたのか」
《一部機能のみです》
「それを先に言ってくれ」
アインは黙った。
「……」
「まあいい」
俺は巨大な魔狼を見る。
「お前が案内したいのは、山の遺跡か?」
魔狼が。
一度だけ頷いた。
「……分かった」
◆
「レオンさん」
村長が近付いてきた。
「山へ行くのか?」
「ああ」
「危険だぞ」
「分かっています」
「なら、せめて明日にしたらどうだ?」
俺は村を見る。
修理途中の防壁。
直した門。
そして。
工房。
「……そうですね」
俺は頷いた。
「今日は行きません」
「そうしてくれ」
「その代わり」
俺はハンマーを持ち上げた。
「明日の朝までに、村の防壁を完成させます」
村長が目を丸くする。
「一晩で?」
「できます」
「無茶を言うな」
「大丈夫です」
俺は笑った。
「鍛冶師は徹夜には慣れてますから」
ダインが。
嫌そうな顔をした。
「俺、手伝わされる?」
「もちろん」
「やっぱり……」
◆
その夜。
工房には。
再びハンマーの音が響いた。
カン。
カン。
カン。
俺は金属を叩く。
ダインは木材を削る。
村の人々も。
交代しながら作業を続けている。
誰かが石を運ぶ。
誰かが縄を結ぶ。
誰かが食事を作る。
気付けば。
工房の周りには。
たくさんの人がいた。
「レオンさん」
一人の女性が声をかける。
「これ、使えますか?」
手には。
古びた金属板。
「見せてください」
俺は受け取る。
片眼鏡をかける。
「……使えます」
「本当ですか?」
「ええ」
俺は笑った。
「まだ十分働けます」
女性も。
笑った。
「じゃあ、お願いします」
「任せてください」
金属板を。
炉へ入れる。
炎が。
赤く揺れる。
俺は。
ハンマーを振った。
カン。
その音を聞きながら。
ふと思った。
王都にいた頃。
俺は。
誰かのために武器を直していた。
だが。
誰も。
俺の仕事を見てはいなかった。
今は違う。
目の前に。
使う人がいる。
喜ぶ人がいる。
俺の作ったものを。
大切にしてくれる人がいる。
「……ここも」
俺は。
工房を見回した。
「悪くないな」
アインが。
工房の隅に立っていた。
《技術者》
「何だ?」
《現在の村の戦力を算出》
「どうだ?」
《昨夜と比較して三十二パーセント上昇》
「そんなに?」
《装備性能、防壁強度、戦闘訓練を含む》
「……」
俺は少し笑った。
「なら、もっと上げられるな」
《可能です》
「やるか」
《はい》
◆
翌朝。
ベルグ村の防壁が完成した。
昨日まで。
崩れていた場所は。
綺麗に補修されている。
ただの修理ではない。
俺が。
魔力の流れまで調整した。
「これなら」
俺は壁を叩く。
ゴン。
「前より強い」
村長が。
目を細める。
「本当に。
たった一晩で……」
「みなさんが手伝ってくれたからです」
俺は答えた。
「俺一人じゃ無理でした」
ダインが笑う。
「ようやく認めたな」
「何を?」
「みんなの力が必要だってこと」
「最初から分かってる」
「本当か?」
「……多分」
二人で笑った。
その時。
森の方から。
巨大な魔狼が姿を現した。
昨日と同じように。
山を向く。
俺を見る。
そして。
歩き始める。
「……行くか」
俺はハンマーを腰へ下げた。
アインが隣に立つ。
《準備完了》
ダインが言う。
「俺も行く」
「危険だぞ」
「分かってる」
ダインは。
直した剣を腰に差した。
「でも」
少しだけ笑う。
「今度は、前より戦えるからな」
俺も笑った。
「そうだな」
村長が叫ぶ。
「気を付けてな!」
俺は振り返った。
「はい!」
そして。
俺たちは。
山へ向かって歩き始めた。
先頭には。
巨大な魔狼。
その後ろに。
アイン。
そして。
俺とダイン。
「なあ、レオン」
ダインが聞く。
「何だ?」
「山の遺跡に何があると思う?」
俺は。
少しだけ考えた。
「分からない」
「鍛冶師なのに?」
「鍛冶師だから分からないんだ」
「どういうことだ?」
「実物を見るまで判断しない」
俺は。
山の奥を見る。
「壊れたものがあるなら」
腰のハンマーへ手を置く。
「それを見れば分かる」
その瞬間。
巨大な魔狼が。
足を止めた。
「……?」
森の奥。
木々の間。
そこに。
巨大な石の扉があった。
苔に覆われ。
半分以上が土に埋まっている。
だが。
俺には見えた。
扉の表面に刻まれた。
青い紋章。
アインの胸部と。
同じ紋章。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「これ……」
アインが。
扉へ近付く。
《古代文明の遺跡》
「やっぱり」
《ただし》
アインの声が。
初めて。
わずかに震えた。
《本機の記録には存在しません》
「……お前でも知らないのか?」
《はい》
俺は。
石の扉へ手を置いた。
すると。
――ゴゴゴゴゴゴ。
長い眠りから。
何かが目を覚ます音がした。
扉の紋章が。
青く光る。
そして。
俺の片眼鏡に。
大量の文字が浮かび上がった。
《鍛冶師権限を確認》
「……鍛冶師?」
《第一認証、突破》
「何だ、これ……」
《第二認証へ移行》
扉の奥から。
低い音が響く。
まるで。
巨大な炉が。
再び火を入れられたような音。
ゴォォォォォ――。
俺は。
無意識にハンマーを握った。
「……この遺跡」
アインが。
扉を見る。
巨大な魔狼も。
黙って見つめている。
俺は。
ゆっくり笑った。
「鍛冶師を待ってたのか?」
その瞬間。
石の扉が。
ゆっくりと開き始めた。




